第9話 脅威! 早歩き!

その間も、キャワキャワはぐるぐると前回りを続ける。

「ククレアさん、落ち着いて聞いてくれ・・・! キャワーさんは、恐らくキャワーさんじゃない!」

 ボンはそう言った。

「ええ!? どういうこと!?」

「彼女の名は、恐らくはキャワキャワ・・・! キャワーと偽名を使って、俺たちの中に潜入していたんだ・・・!」

 ボンの台詞に、城ケ崎は

「そんなまさか!? けれど、確かに『キャワキャワ』という名前を、『キャワー』に変えれば、私たちはすぐに気づかない・・・! これは盲点だったわ!」

「よく考えてみるんだ! キャワキャワの特徴・・・それは、恐竜の着ぐるみで親切なお姉さんである、とのこと・・・残念ながら、キャワーさんの特徴とソックリだ!」

「そんな、キャワーさんが!?」

 ククレアはショックを受けたように膝をついていた。

「恐るべし、キャワキャワ・・・! 流石は“潜入”の着ぐるみ魔物といったとこかしら?」

城ケ崎も、手をポキポキと鳴らして臨戦態勢に入っているようだ。

 キャワーは、さらにぐるぐると前回りを続けている。

 いや、かなり前回りをしている。

 ここは山道だ。

 キャワーの前回りは止まる気配がない。

「あの、キャワキャワ? いくらなんでも前回りしすぎじゃ・・・」

 とボンが心配すると、キャワキャワは、

「オッホホホ! 止まらない、とかそんなんじゃないわよ! 勘違いしないでよね! 止まらないってことではないの! か、勘違いしないでよ!」

「・・・・止まらないんでしょ・・・?」

 ボンは冷静にそう言う。

 坂道なので、かなり前転に勢いがついている。

「姉さん、ストップだ!」

 そこに、ナカナカが現れてどうにかキャワキャワを制した。

 恐竜の着ぐるみのキャワキャワは、ナカナカにぶつかってから「もう、あんたこそ大丈夫なの!?」とかなりナカナカを心配してから、えっほえっほと坂道を駆け上がってきたようだ。

「姉さんは体型が丸いんだから、そうすぐに前回りをするなよ」

「私は丸くはないわ! ナカナカ、あんたは家に戻ってなさい! ああもう、すぐに靴紐がほどけてるんだから」

 キャワキャワ、ナカナカの靴紐を丁寧に結び直してやってからフウと一息ついてから、

「キャワッハハハ! まんまと私の変装に騙されていたようね!」

とビシリとボンたちに指を突きつけた。

「酷いです! よくも騙してくれましたね・・・! 私は、『素敵な指導教官だなあ』と思って、後でお手紙でも書こうと思ったのに!」

「キャワッハハハ! 騙される方が悪いのよ」

「というより、もう事実上の『運命の教官』で、ここからキャワーさんとの人生の共同作業で頑張っていこうとしていたのに!」

「キャワハっ・・・そこまで・・・?」

 キャワキャワは少し狼狽える。

「なんなら、この後で王宮に呼んでパジャマパーティーまでしようと思ってたのに、サイテーです! 人を騙すなんて、サイテー!」

 ククレアは厳しく攻め立てる。

「う・・・ごめんなさいね・・・そこまで思ってくれていたなんて・・・」

 キャワキャワは胸が痛んでいる様子だ。

(噂通り、随分とデリケートな心の人のようだ・・・)

 ボンはそう考えていた。

「おい、よせよククレア!」

 ナカナカが慌てて仲裁に入る。

「キャワキャワ姉さんは、本当は凄く優しくて“潜入”みたいなのはほんとはガラじゃねえんだ! そこまで責めないでやってくれ!」

 ナカナカは慰めるが、

 キャワキャワはぽろぽろと涙をこぼしていた・・・

「ご、ごめんなさいね・・・私も仕事で潜入するたびに思うの・・・もうこんな仕事止めて、ナカナカと一緒に農家を継ごうかなって・・・人様を騙すなんて、よくない仕事だって分かってはいるけど・・・やっぱり、私お金が欲しいから・・・ナカナカに良い服を買ってあげたいし」

「姉さん、泣かないでくれ!」

 しかし、ククレアは

「悪いと思ったのであれば、すぐに辞めるべきです! それは盗人の理屈です!」

と容赦しない。

(ククレアさんは、思い込みがかなり激しいし、これはそうそう収拾がつかないぞ・・・)

 ボンは焦っていた。

「ねえククレア。そこまで責めなくても・・・キャワキャワも着ぐるみ魔王の仕事でやったことで・・・」

 城ケ崎までもが、泣き崩れるキャワキャワをかばおうとするが、

「騙すなんてサイテーです!」

とククレアは収まらないようだ。

「くうっ! ご、ごめんね・・・私ったら、なんてことを・・・!」

「姉さん、立ち直るんだ! ともかく、ボンを止めないと!」

「う・・・そうよね、グッスン・・・これも着ぐるみ魔王イイコイイコ様のためよね・・・!」

 目から零れ落ちる綺麗な雫を、必死に堪えながらキャワキャワは自分を震い立たせていた。

「そうだ、カムバック姉さん!」

「う・・・よし・・・!」

 ボンも、

「そう気にすることはありません。お互いに立場が違えば、行動も変わるワケですから」と励ました。

「そ、そうよね・・・! ボンくんはいいこと言うわね!」

「姉さん、まずは一戦やってからだ!」

「そ、そうよね・・・私も仕事でやっていることだし・・・」

 キャワキャワは再び、

「アッハハハハ! 見事に引っかかったようね、ボンとそのお仲間さんたち! この“潜入”のキャワキャワにね!」

と言った。

 その眼光には自信が蘇っている。

「・・・私は許しませんよ! 立派な教官だと思ってたのに・・・!」

 ククレアはまだ憤りが収まらないようだが、

「ククレアさん、ここは落ち着いて!」

ボンがなんとか止めた。

「キャワッハハハハ! いい感じのお姉さんだと思ったかしら? その正体は、“潜入”のキャワキャワよ! あんたらこそ、よくもナカナカを勝たせてくれたわね? ナカナカはこの十五年、全敗・・・! 最弱六公の一人にまで数えられる、私の弟よ!?」

「確かに、負けた僕がいうのもなんだけど、かなり弱かったなあ」

ボンは圧倒的な大振りの『トロトロパンチ』を思い出す。

「ここからは、私が相手をしましょうか! さあ、ボン、勝負ヨ!!」

 キャワキャワは自信の笑みを浮かべている。

「ボン! あれは、“最弱六公”の一人、キャワキャワ・・・! 恐らくはナカナカよりもさらに弱い・・・! 現在“O級弱者”に位置する、とんでもない弱者だよ!」

 城ケ崎はそう警告する。

「ううん、戦うのは気が進まないなあ」

 ボンにとっては、キャワキャワはどう見ても“親切なお姉さん”であり、そんな悪人のようには見えない。

(というか、ナカナカもそこまで悪い事をした訳でもないし・・・)

「もはや、この勝負は避けては通れません・・・!」

 ククレアはそう言う。

 ともかく、木の剣を構える。

「私と戦う気のようね? けれど・・・一つ忠告しておくわ・・・!」

 キャワキャワはそう言う。

「あなたでは・・・私の姿を『ゆっくりと目で追う』ことしかできないでしょうね。キャワッハハハハハ!」

 すると、キャワキャワは少し速めに歩き始めた!

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