第8話 脅威! キャワキャワの変装

ボン、ククレア、そして城ケ崎は“おとなりさんの山”まで歩いていった。

「ここで会ってるよな?」

 ボンは地図を見回す。

「大きなのっぽの木が三本立っている場所、きっとそうです、ボンさん」

 ククレアは、ルーズソックスに金髪を三つ編みにして、そしてビン底のような眼鏡をかけてきていた。

「ククレアさん、なんていうか。その恰好は・・・?」

 ククレアは普段は淑女らしい神官の衣服で、金髪もかなりしっかり結えているはずだが、なんというかかなり古い90年代のギャルのような恰好で、ルーズソックス、ビン底眼鏡、そして三つ編みと言う風に意味不明な感じだ。

「少しでも駄目な感じに見えるように・・・! 思い切ってイメチェンしてみました!」

「うーん」

 それでも、元が美人のククレアなので可愛いのだが、どう考えてもファッションとして変だ。

「ククレアさん、あなたのような天才で美人で心も優しい人が、その程度のダサファッションで駄目になれるとでも!? オッホホホホ! 考えが甘いのよ!」

 城ケ崎は哄笑する。

「私なんぞずうっとE級弓師のままで、才能はほぼゼロ! 十年間、弓の練習をしているのに、未だに五メートル先の的にも当たらないわ!」

「なんつうか、最悪だね城ケ崎さん。そこまで自虐しなくても」

「褒めてくれるの、ボンくん? あなたのような最低駄目男に褒められて光栄だわ」

「・・・」

 どうも噛み合わない人だ。

「ククレアさん、あなたの美貌では、そのビン底、ダサ三つ編み、イマドキのルーズソックスでも、自然と人の注目を引くから無駄よ!」

「城ケ崎さん! 私だって、これでも必死で成り下がろうとしているんです・・・!」

「はっ、あなたなんて十年に一人の美貌よ! 私のような、年中カサカサ肌で手入れに毎日十時間かけている者こそが“臆者”にはふさわしいわ。あなたのようなツヤツヤ肌が“臆者”ですって!?」

 ボンは首を傾げながらも、ともかく木の付近でリュックを降ろした。

 山登りなんて久しぶりだ。

 ブラック労働ばかりで、自然の美しさなんて気にもかけなかったけど、この「い。」の世界は本当に綺麗だ。

「はっ、ククレアさんのような、みんなを引っ張るリーダーがいて、演習ができるのかしらネエ・・・?」

「城ケ崎さん、君もいい加減にするんだ。ククレアさんは、本当に立派な人だぞ・・・?」

「ボンくん、私にもある程度の情報網があるのよ。なんでも、着ぐるみ魔王軍は、ナカナカの姉のキャワキャワを派遣するつもりらしいと」

「ええっ、あのナカナカに姉が・・・?」

 ククレアは驚く。

「噂では“変装”のキャワキャワ、“潜入”の達人とまで言われている女よ・・・! 着ぐるみ魔王軍の中でも、途方もない親切さであると!」

「・・・そんなに親切な人なのか・・・?」

 どうも、この逆世界の魔王軍は、ボンの知るファンタジー世界とは違うようだ。

「そんなに親切な人だったら、別に大丈夫じゃないか」

とボンは言うが、

「何を言うんです!? ボンさん、親切なことほど恐ろしいことはありません!」

とククレア。

「あまりに親切なので、普段は保育士のバイトをしている・・・そんな女が来た時、この天才のククレアさんがいれば、どうなるのかしらね・・・?」

「私も、もっともっと頑張って負けます・・・!」

「はっ、あなたのようなS級神官が、どうやって負けるというの・・・? キャワキャワはひょっとすると、今にもここに潜入しているかもしれないのよ!?」

 そこに、木の後ろで、

「さあ、ナカナカ。あんたはここで隠れていなさい。後はお姉さんに任せなさい」

と声がした。

(ナカナカ・・・?)

 ボンはその声に訝った。

 そして、唐突に木の後ろから大きな影が現れ、

「はーい、みんなあ。元気かな? さあ、今日も頑張って、お姉さんと武術演習しよー!」

 とんでもなく親切な雰囲気で、恐竜の着ぐるみを着たお姉さんがそこにはいた!

 何故か、恐竜の着ぐるみ。

 しかし、しなやかな肢体となかなかの美貌までは隠せないでおり、美しい黒髪が着ぐるみの中から覗いている。

「どうもー、みんなと一緒に実施演習の訓練にきたお姉さんでーす」

 元気一杯で優しさ一杯。

 そういう雰囲気のお姉さんであった。

「え・・・・?」

 ボンは思わず呻いていた。

(恐竜の着ぐるみで・・・スゴイ親切そうな女性・・・?)

 いや、まさか・・・

 そんなバカげたことがあるはずがない!

(けれど、“変装”のキャワキャワという名前だったはず・・・)

 まさか・・・そんなバカげたことが・・・?

「はーい、みんな。こんにちはー!!」

 お姉さんは耳に片手を当てる。

「あれれえ? 声が聞こえないぞお? “みんなで臆者を決める学園”の生徒くんたち! はーい、こーんにーちはー!!」

 ククレアは少し照れながら、

「こんにちはー」

と返した。

「はーい、今日は雇われてきました。武術演習の教官、キャワーでえす! 今日は、お姉さんも、こんなに立派な生徒さんたちと遊べてワクワクしちゃうなー。はーい、挨拶が重要なので、もう一度―。ほらほら、男の子のボンくん」

「はい・・・いや・・・」

 ボンは驚いていた。

(名前がキャワー!?)

(しかも、着ぐるみを着て・・・)

(そんなまさか!?)

「もう一度いくよー、こーんにーちはー!」

 ボンは恥ずかしそうに「こんにちはー」と言った。

「いいね! さあ、今日はなんと、お姉さんと一緒に武術、山岳、そしてスキルアップまで学んでいきましょうねー!」

「へーえ、キャワーさん。スキルアップまでやってくれるの? 助かるわあ、私も自分の『弓矢の弦のほつれ』のスキルをそろそろアップさせたかったから」

 城ケ崎はそう言う。

「もっちろん、お姉さんに任せれば、どんどん弱くなれるわ! けど、強さや弱さよりも何よりも重要なこと・・・それは、みんながお父さんとお母さんの言う事を聞くいい子であることだぞお?」

 キャワーは、指でボンたちを指しながら、にんまりと笑う。

「はいっ、キャワーさん! 本当に素敵な教官で嬉しいです!」

 ククレアは喜んでいるようだ。

「いや・・・ククレアさん、城ケ崎さん・・・この人が恐らく・・・いや、間違いなく・・・着ぐるみ魔王軍の・・・」

 ボンはたどたどしく言うが、

「ほら、ボン。何を言ってるの?」

 城ケ崎もククレアもキャワーを信用しきっているようだ。

「さあてと、その前にボンくん。君はまだ『スキル』を持ってないようねえ。早速、君に固有スキルをプレゼントしましょう」

「えっ、僕の固有スキル・・・?」

「ええ、さあこの『スキルボール』を持って」

 スキルって、かなり重要なんじゃないのか?

 それも、固有スキル・・・

 キャワーは、青白く光り輝くボールを取り出し、ボンに握らせた。

「これで、キミの固有のスキルを授かることができるわ! さあ、念じて! キミのスキルを!」

 僕のスキル・・・?

「固有スキルとは、格個人だけが天から授かったスキルのこと・・・! キミの一生を左右するような重要なものよ! さあ、念じて!」

 僕だけの固有スキル。

 そんなものを授かる事ができるのか・・・

『ボン、十六歳。転生者。これより、逆の世界における、あなたのスキルを決定します』

 スキルボールは唐突にしゃべりだした。

「うわっ?」

『離さないで、ボン。さあ、逆の世界を生き抜くためのあなたの固有スキル・・・』

 スキルボールは語り続ける。

『決まったわ』

 スキルボールからの光のオーラで体を包み込まれる!

『決定、まずあなたの【四十肩】のスキルが【六十肩】へと進化しました』

 えええ?

 四十肩はスキルなの・・・?

 そして、六十肩への変化って・・・

「スゴイわ! ボンさん・・・ただでさえ、腕が上がらないあなたが、さらに腕が上がらなくなってしまい、なんて駄目駄目なの!?」

 ククレアは驚いている。

「くうっ、思ったよりも強力な駄目スキルね・・・」

 キャワーも呻いているようだ。

「えっ、キャワーさん、どうしたの?」

「い、いえ、なんでもないわ! スゴイじゃない、ボンくん! 【六十肩】なんて、そうそう出ないわよ!」

「はあ・・・」

 スキルボールは、

『さらに、【めまい・強】の固有スキルを得ました。あなたは、重要な戦いの時、非常に強いめまいに悩まされることでしょう』

 こんなの、駄目ダメのハズレスキルばっかりじゃないか!?

 キャワーは、

「んな!? 固有スキルが二つ・・・? しかも、両方とんでもないダメさ加減・・・?」

 キャワーはさらに驚いているようだ。

「へーえ、やっぱり伝説の“臆者”候補とまで言われるだけはあるわねえ・・・いきなり【六十肩】に【めまい・強】だなんて、これじゃあその辺のゴブリンにもすぐに負けてしまう程の弱さ・・・」

 城ケ崎はどこか戦慄を覚えているようだ。

「フン! 認めてあげるわ、あなたを“億者”の候補としてね・・・!」

「いやあ、こんなに駄目駄目じゃあどうしようもないよ・・・」

 やれやれ、折角異世界に来たというのに、僕はやっぱり駄目人間のままなのか?

『さらに、ボン。あなたには、【駄目スキル覚醒】のスキル与えられます』

 スキルボールが言う。

「まだ、あるの!?」

 キャワーは驚愕していた。

「そんな、スキルボールさん! この壮絶ダメ人間のボンさんに、これ以上どんなスキルを・・・?」

 ククレアは狼狽えながら聞くが、

『簡単に言うと、ボンは次々に“駄目スキル”が覚醒していくということです。それに応じて、ステータスなども下がっていきます。まず、ボンのステータスを見ると、

レベル10

HP 20  MP  15

力 11 すばやさ 12  わざ 8 メンタル 7

という風にダメな感じに整っていますが、スキルアップするたびに、どんどんと下がっていくし、さらなる固有スキルを受け取ることも可能です』


 トホホ、こんなの完全に大外れじゃないか・・・

 けど、何もやってないのになんでレベル10なんだ・・・?

 しかし、ククレアは相変わらず“伝説の勇者”を見るような眼でこっちを見て、

「凄いです! 来たばかりでいきなりレベル10なんて!! 私なんて赤ん坊の頃からレベル999で、最近ようやくレベル995まで下がった所だというのに・・・!」

「ようやくレベル995まで下がった・・・?」

「やはり、ボンさんは“臆者”・・・! ここまでの駄目スキルを引き当てるとは・・・! 私ももっと頑張ります!」

 ククレアは何故かそう言う。

「ここまでのダメっぷりは見たこともない・・・! 私のライバルとして認めてあげましょう!」

 城ケ崎もそう言う。

 キャワーは少し青ざめた表情で、

「コホン、いやボンくんのスキルは予想以上だったわね・・・! けれど、ここからがみんなの実習よ! これから、とんでもなく弱いモンスターが出てくるわよお?」

 キャワーがそう言う。

「みんなも知ってるわよね? 魔王イイコイイコは、“Z級弱者”とされる世界最弱の着ぐるみ魔王・・・」

「ええ・・・私にも信じられないわ。Z級弱者だなんて、そこまでの弱さがあるだなんて。

私も苦労に苦労を重ねて、ようやくのG級弱者になれたばかりだというのに・・・」

 城ケ崎は戦慄を覚えたように言った。

「今の世の中に、“Z弱者”はイイコイイコただ一人・・・そこまでの弱者に負けなければいけない・・・! ほぼ不可能だわ!」

 城ケ崎はそう言う。

「けれど、着ぐるみ魔王イイコイイコに負けねば、世界はどんどん発展していってしまいます・・・!」

 ククレアは続ける。

「そうだわ、ボンさん。ボンさんは今、どれくらいの弱さなんでしょうか・・・? スキルボールならそれも図れるはず・・・」

「ええ・・・一度、ボンくんの弱さを測ってみましょうね!」

 キャワーはそう言い、スキルボールを手にした。

「ボンくんはあまりの弱さだし、ひょっとするとお姉さんよりも弱いかもなあ」

 ボンは再びスキルボールを手に取った。

「さあスキルボール、ボンくんの今現在の“弱者等級”は?」

 キャワーはそう言った。

 すると

『ボン。弱者等級は現在・・・X級弱者。世界でも五本の指に入る弱者です』

とスキルボールは言った。

 キャワーは、

「X級!? そんなまさか・・・!? それじゃ、イイコイイコ様の身も危うい・・・?

あの最弱のイイコイイコ様でさえ、このままでは勝ってしまうかも・・・?」

 恐怖におののきながら、キャワーはそう言った。

「あのキャワーさん? どうかしましたか・・・? ボンさんが弱くて、どうして困るんですか?」

 ククレアは不審げにそう聞く。

 城ケ崎も、

「それに『イイコイイコ様』って・・・キャワーさん・・・?」

 不穏な視線を送る。

「く・・・」

 キャワーは狼狽えたように顔をしかめ、不意に笑顔になった。

「アッハハハハ! まんまと騙されたわね! ここまでのようね・・・! 着ぐるみ魔王に仇を成す者たちよ!」

 キャワーは急に身を翻えし、可愛らしく前回りで一回転して転がってから距離を取った。

「ああっ、キャワーさんが前回りを・・・? なんという可愛らしいフォーム!! 少し丸っこい体型だから、物凄い回転だわ!」

 ククレアは呻いていた。

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