第7話  城ケ崎クリスの因縁

「さあ、みんなー。転入生のボン君よ!」

 ボンは、“みんな臆者を決める学園”の1-Aの教室内まで来ていた。

 隣には緊張した様子のククレアも立っている。

 担任の教師という、チャイコフは眼鏡をかけているが、

「こうして、臆者を決める学園に入ってくれて嬉しいわ・・・! さらに、ボン君はなんと、この学園の入学試験で始まって以来の全科目で0点での超落第点での合格なのよ!」

 うう、かなり恥ずかしい。

 しかし、

「ええー! あの簡単な問題を0点!?」

「その辺の幼稚園児でも解けるレベルだったはずだぜ? 噂通り、スゲエ駄目人間だ!!」

「しかも、相当な弱さだと聞くぜ・・・?」

 生徒たちは、興味津々という様子だ。

「そして、ボンくんと同時に、ククレアさんも入学しました・・・さあ、みんな。二人を迎え入れてね!」

 チャイコフはそう言う。

「ねえー、先生・・・ところでそのククレアちゃんは、国王様の娘なのよねえ?」

 と、ピンク色の髪をおさげにしている女子が言った。

 かなり日焼けした少女で、授業中だというのにお茶を飲んでいる。

 どこか、含みのある言い方だ。

「“こんがり”の城ケ崎クリスさん、その通りよ」

 城ケ崎クリスは“こんがり”という異名のようだ。

「じゃあ、どういう点数だったの? ねーえ、ククレアさあん。クスっ、国王の娘なんですから、さぞ凄い落第点だったんでしょうねえ?」

 城ケ崎は棘のある言い方をする。

「城ケ崎さん・・・ここは点数を公にする場所ではないわ」

 チャイコフはそう止めるが、

「あれあれえー? どうしてかなあ? そおんな、立派な国王の血筋ならとんでもない落第点を取りまくりなんでしょうね? ククレアさん?」

 城ケ崎は、ボンにとって(やれやれ、またこのタイプか)と見慣れた女子である。

 学校だろうと会社だろうと、一人はこの手のタイプがいるものだ。

「いいんです、先生・・・城ケ崎さん・・・。よくぞ聞いてくれました。私は、実は全科目満点を取ってしまったんです・・・! さらに、問題の中の設問のミスまで見つけてしまいました・・・!」

 ククレアは肩を震わせながら言う。

 一気にザワつく生徒たち。

「ええー? それじゃあ、ククレアさんは天才・・・?」

「聞いた話じゃあ、すでにS級神官って聞くぜ? それじゃあ、どうしようもない最高クラスの生徒じゃんか」

「いくらなんでも、ここにそんな天才サマが来られてもなあ・・・」

「そ、そうよねえ。私たちは、みんなで駄目駄目になろうと日夜頑張っているのに・・・」

 すると城ケ崎は、

「あらあら? そんな天才的なマヌケ様が、よくもこの駄目エリートの学園に来れたものねえ? 親が国王だと、何かと便利ねえククレアさん」

 ククレアは羞恥心でいっぱいのようだ。

 チャイコフは、

「城ケ崎さん! そのような言い方は慎みなさい・・・!」

と言うが、

「けど、先生・・・私たちも“臆者”となるために来たんですよ? そんな天才的なククレアさんが一緒じゃ、授業がどんどんはかどってしまってどうしようも無いわあ。私たちは、物凄く堕落してみんなで“臆者”を狙っているというのに・・・S級神官の天才サマが?」

 城ケ崎はククレアを認めないようだ。

「ククレアさん、そんな強いんじゃあ、モンスターなんて瞬殺してしまう。というより、着ぐるみ魔王イイコイイコでさえ、秒殺なんじゃないのオ? 折角、メチャメチャ弱くなって、みんなで臆病に振舞っているこの学園の目的はどうなるのかしら? 私はクラスのためを思って言ってるんだけドオ?」

 ボンは(予想以上の駄目さ加減の人だな、城ケ崎さんは)と思っていた。

「いいえ! 最近は私もかなり奇跡の抑制が効くようになりました・・・! 昔は、金剛級モンスターでも、“聖なる壁”の奇跡一発で退けていましたが、今ではどうにか銅級モンスターが相手でもかろうじて三十秒は持たせれるようになりました・・・!」

 ククレアはそう言う。

「金剛級モンスターって言ったら、一振りで山をも砕くようなバケモノじゃん! そして、銅級モンスターもトップ級の強さ・・・そんなS級の天才神官サマに、このE級の駄目授業に入ってこられてもねえ」

 城ケ崎はククレアを目の敵にしているようだ。

「私も“臆者”になりたい・・・! その覚悟があります・・・! 今は圧倒的に強いけれど・・・いつか、ボンさんのようなとんでもない弱さを身に着けたい・・・!」

 ボンは、

「あのうククレアさん、そこまで強いのなら、その方がいいんじゃないですか?」

と言うが、

「ボンさん・・・慰めはよしてください! 私はあまりの天才的な強さで、いつもこういう目に遭ってきました。王宮の侍女ですら、時折私を馬鹿にするのでいたたまれなくなって、地下王宮を飛び出して、そして地上六十階のビルへ・・・けれど、そこでも私は人を助けまくり、たまに冒険者からの助っ人の依頼を受けてモンスターを倒しまくり・・・貯金が一億円もあるんですよ?」

「はあ・・・」

 凄い立派なことだ。

「そんな自分を変えて、弱くなるためにここに来たんです。慰めはよしてください」

「何故、そんな変な志を・・・?」

「・・・?ボンさんこそ、いつもおかしな事を言いますね。弱さを極めたボンさんにとっては、私のような強者の気持ちなど分からないでしょう・・・!」

「弱さを極めた・・・?」

 チャイコフは見かねて、

「さあさあ、みんな喧嘩はよして! さあ、二人は座りなさい」

 ククレアは、

「すいません、先生。取り乱しました」

と言い、城ケ崎の席の前に座った。

「ふうん、国王の娘の上に、最弱のボン君とも仲良しなのね? あーあ、王族って羨ましいわあ」

 城ケ崎はとことんまでこの性格のようだ。

「いい加減にしなさい、城ケ崎さん! 折角の転入生なのよ?」

 チャイコフも少し怒っているようだ。

 しかし、城ケ崎も負けじと、

「先生・・・私も村の期待を一身に背負って“億者”となるためにこの学園に来たんです。私の村は、私を学園に入れるため貯金を500万円も背負ってしまった・・・さらに、成績が悪く見えるために、日焼けサロンで毎日こんがり焼き続けてきたのよ!? そこに、ただのコネだけのククレアさんが来られてもねえ。そのボン君のような、見るからにドジで弱くてだらしなさそうな人となら一緒にやっていけそうですケド」

 ボンは、

「酷い言われようだね。けれど、僕はどれだけ駄目でも、もっともっと頑張るからね」

と決意を口にした。

「僕は確かに駄目人間さ・・・借金は一千万円、しかも四十肩で腕も上がらないんだ」

「な、なんですって!? その若さで借金が一千万円で四十肩に?」

城ケ崎は驚愕している。

「木の剣も持ち上げれないよ」

城ケ崎は、鋭い眼を光らせ、肩をふるふると震わせている。

「あ、あり得ないわ! 四十肩で借金一千万円!? 面白い・・・! 噂でも『最弱で“臆者”に一番近い』と聞かされていただけはあるわ!」

「は・・・?」

 城ケ崎は颯爽と立ち上がり、ビシリと指を突きつけてきた。

「しかも、自分のことを『駄目人間で借金だらけ』とそこまで言うほどの自信・・・! 流石に超小物は器が違うわね! ボンくん、あなたこそ私のライバルよ・・・! そのチンケなプライドをいずれ叩き壊してあげるわ!」

 周りの生徒も、

「スゲエ、あの転入生、『虚弱女王』とまで言われた城ケ崎クリスからいきなりのライバル指名かよ!」

「城ケ崎に睨まれたら、逆にやる気が出てソイツは割と人生が前向きになるってことで有名なんだぜ? 別名『逆張りの優しさ』とまで言われる女・・・!」

「臆者を守る“虚弱七柱候補”の一人と言われる城ケ崎クリスが、すでにボンを認めている・・・?」

 生徒たちも、城ケ崎のことを認めているようだ。

「おい、スゲーなボン!」

 と髪を逆立てた少年から声をかけられる。

「俺は森」

と森は言い、その隣の眼鏡の少年は

「俺はアガ李」と名乗った。

「うん、僕は平凡人・・・ボンと呼んでくれ。君たちの名前は?」

と問いかけたが、

「え? だから森とアガ李だって」

「苗字でしょ? 名前は?」

と聞くが、二人は「なんのことやら」と言った風体だ。

 この逆世界には苗字と名前が無いケースもあるのか。

「ボンよう、俺たちが盛り上がりまくるから、お前は“臆者”を狙ってくれよ」

と森。

「そうそう、実は俺らはそこそこ強い生まれでさ・・・到底“臆者”になんて、なれそうもねえ・・・情けない話、俺は以前・・・三秒でナカナカを倒しちまったことがあって、後でエライ目にあったんだ・・・」

とアガ李。

「勝てたんならいいことじゃんか」

「おいおい、慰めはよせよ。あのナカナカに秒殺KOを食らうお前こそが“臆者”だ・・・けれど、城ケ崎には注意した方がいいぜ。あれもかなりの弱者・・・脆弱なスキルも持ってるらしい」

 城ケ崎は小麦肌の美少女だが、眼光鋭くボンを射抜いている。

 チャイコフが、

「さあみんな! とはいえ、これからみんなは世界を滅ぼして叩き壊す、“臆者”になるんです! 風で木が揺れるだけでおびえて逃げ出し、全てを投げ出してしまう臆病者の弱者・・・! そのための、実習のためにこれから“おとなりさんの山”まで向かいましょう!

そこには、実地訓練のための教官、キャワーさんという方が来てくれているそうです! みんなの力で、着ぐるみ魔王軍に負けるのよ!」

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