第5話 ヨワイコと姉
「オーッホホホ! お姉さま、そのようなバカげた伝説を信じているのですか? 相変わらず、天才的なオツムですねえ」
そこには可愛らしい幼子がいた。
六、七歳くらいであろうが、金色の髪を美しく束ねており、見るからに王族だ。
「あのナカナカに負ける・・・? そんな弱い男がいるはずがありません! なんせ、ナカナカは七歳の私でも容易に倒せるんですからね・・・ねえ、この大ウソつきの旅芸人! お姉さまに取り入ろうとしているの!?」
その少女はかなり気位が高いらしく、ボンを睨みつけている。
少女はもうかなり大きいのに、まだ安心毛布代わりにぬいぐるみを手放せないようだ。
「ヨワイコ!! あなたはとんでもなく弱いわ・・・いずれ、このトウキョウ国の柱になる程の弱さと甘えん坊っぷり。まだ、そのぬいぐるみを手放せないのね?」
ククレアはにこりと笑い、クマのぬいぐるみを持つヨワイコに問いかけた。
「オーッホホホホホ! お姉さまのことだから、その天才的な頭脳で、また騙されているのよ!」
「私は騙されてはいないわ!」
「ボンと言ったわね・・・?」
「はい」
「どうせ、ウチが借金だらけなのを知った上で、お姉さまに取り入ろうとしているのね! そうはさせないわよ!」
ククレアは、
「ヨワイコ! なんという口の聞き方! ボンさんは“臆者”かもしれないのに!」
「はっ、“臆者”? 風が吹くだけで逃げ出すというあの臆病者・・・? そんな弱い奴がいるはずがないわ!」
「ヨワイコ!! いい加減にしなさい! 客人に向かって・・・!」
「お姉さまなんかに何が分かるの!? 私を放って地上60階の教会なんぞで貯金を蓄えて・・・!」
ヨワイコの目に、少し雫が溜まっていた。
(ヨワイコ・・・?)
ボンはそれに気づいた。
「私との約束も守らず・・・」
「ヨワイコ・・・ごめんね・・・私が勝手に出て行って寂しかったよね?」
この姉妹には何かが隠されているのか?
「本当にバカなお姉さま! あんたがいなくなって、逆にせいせいしてその日から一週間泣き続けた程よ! 寂しくなんかなかったわ!」
ヨワイコはそう叫ぶ。
「ともかく、この国の跡継ぎは私よ! 姉さんは地上六十階のしょうもないビルで、せこせこ一億円を稼いで、みんなから称賛されていればいいわ! フン、S級神官がお姉さまだなんて、私は恥ずかしくて王宮にいれないわ!」
ヨワイコは叫ぶ。
「ヨワイコ・・・そうよね。私みたいな天才がお姉ちゃんじゃ、イヤよね・・・? 強いお姉ちゃんで、ゴメンね・・・」
ドンガメも見かねて、
「いい加減にせい、ヨワイコ! 自分の姉に対して『天才』などと、なんという暴言じゃ!
普段から甘やかしていたが、許さんぞ!」
「お父様のせいで、お姉さまはなんでもできる超優等生なのよ! だから、家を出ることになったの!!」
ククレアは昔を後悔するように、
「ごめんね・・・! ヨワイコ、許してね・・・!」
と涙ぐんだ。
ヨワイコはボンを睨み、
「ボンと言ったわね・・・お姉さまに手出しすれば、私も容赦はしないわ!」
ヨワイコは敵意剥き出しの視線をボンにぶつける。
「ぐ・・・ヨワイコちゃん。一体、何をするつもりだい?」
ボンはヨワイコからの王宮へのただならぬプライドと姉のククレアへの執着心を感じていた。
「もし、お姉さまを騙すようなことがあれば・・・」
「あれば・・・?」
拷問でもしようというのか?
「この私が、ソッコーで結婚してあげるからね・・・!」
ヨワイコはビシリと指をつきつけた。
「け、結婚・・・?」
「さあ、結婚されたくなければ、とっとと王宮から出て行きなさい!」
「ヨワイコ、客人のボンさんに失礼よ! 結婚だなんて・・・!」
???何かの冗談か・・・? この国、いやこの世界はずっとずっとみんなおかしい・・・・
「お姉さまこそ、お人よしにコイツに騙されているのよ! いいこと、結婚されたくないなら、お姉さまには手を出さないことね・・・!」
ヨワイコは怒りながら出て行った。
「け、結婚・・・?」
どうも、ちぐはぐな世界観である。
「フン、お姉さまと王宮に手出しすれば、ソッコーで所帯を持つわよ?」
「しょ、所帯を・・・? 僕と?」
ボンは戸惑うばかりであったが、ヨワイコは階段を上がっていってしまった。
ドンガメは、
「すいませんな、ボンさん。末っ子と甘やかしすぎてああなってしまった。あれでも、王宮を守ろうとしているのじゃが・・・結婚して所帯を持つ、などとなんという暴言・・・許してくだされ」
ククレアも、
「すいませんボンさん。ヨワイコは本当はいい子なんですが」
と言う。
「い、いえ・・・・」
どうもみんなでヘンな冗談を言う世界である。
しかし、ヨワイコのただならぬ殺気と“臆者”への思いは尋常ではない。
「しかし、ボンさん。やはりわしとしても、まだまだあんたが本当に“臆者”なのかは図りかねております。・・・そこで、“みんなで臆者を決める学校”へと通われるのはいかがですかな?」
「“みんなで臆者を決める学校”・・・?」
「この人口二億人のしがない国ですが、“臆者”については非常に文献が多く、毎回“臆者”はこの国の“みんなで臆者を決める学校”から選ばれているのです。きっと、あんたなら魔王に負けることもできる・・・! そうじゃ、明日から入学してみればいい。手続きはすぐに済むじゃろう」
「はい・・・!」
この異世界に来てから、何を目標にしようかと考えていたけれど、そんな学園があるなら入ってみたい。
ククレアも、
「ボンさんなら、一気に落第点取りまくり! “臆者を決める学校”では、五教科+剣やスキルの修行が待っており、『誰が最弱か?』を決めるためのよりすぐりのエリート教師が集まった駄目学園なんですよ! ボンさんなら、間違いなく『最弱』になれるに違いありません!」
ククレアは勢い込んでいる。
「僕がそんな伝説になれると・・・?」
「ボンさんこそ、伝説の駄目駄目男、“臆者”に違いありません! 私は今までここまで弱い人を見たことがない!」
ククレアは断言する。
酷い言われようだが、その眼は、伝説の勇者を見上げるかのようだ。
「ボンさんほどの弱さ、だらしなさ、駄目さは他にはいません!」
かなり手酷い言われようだが、一応褒めてくれているらしい。
「では、ククレアさん・・・お願いがあります」
ボンはそう言う。
「なんなりと」
ボンはにこりと笑い、
「ククレアさんも、その学園に入学しませんか・・・?」
「え!? 私が?」
「僕には、ククレアさんの方が凄いように思う。億者というのは分からないけど・・・ククレアさんなら、なんにでも成れますよ!」
「まさか・・・私のような強者が、臆者にだなんて!」
「どうして、そうやって自分の道を決めるの? ククレアさんは」
ボンは諭すように、
「億者とかなんだか凄いのか駄目なのか、さっぱりだけど・・・けれどククレアさんもその“億者”になりたいんだよね?」
「ええ・・・それはもう・・・国中の憧れの職業ですから・・・けれど私が成れるはずがない」
子供の夢はみんな「野球選手」「歌手!」とかだが、年が経つにつれてみんな分かっていく。
努力したからって、野球選手や歌手になれるってものじゃないことを。
ククレアの目はちょうど、そうして現実に自分の才能を悟り始めた少女のようだが、
「私は完全な超天才なんです! 五歳の頃にはほとんどの神秘魔法をマスターしていました・・・こんな私にできることなんて、何もありません」
嫌味や皮肉ではなく、本気で言っているようだ。
ボンは五歳の時に「サッカー選手になりたい」と思い、けれど八歳の時に自分の才能の無さで諦めるようになった。
なんせボンは八歳の時でもまだリフティングが二回以上できなかったのだ。
「ククレアさん、この世界は不思議だよ・・・けれど、僕に言ったことを忘れたの?
『人生を諦める程バカなことはありません』ってそう言ったよね?」
「あ・・・・」
ククレアは思い出したようだ。
「神官が、教えを忘れていいの?」
ボンはにこりと笑う。
「がっはは! 流石はボンさんじゃな! ククレア、お前も神官なんじゃ・・・人様に教えた道は、自分でも守らんとな」
「お父様・・・ボンさん・・・」
ククレアは少し目に雫を溜めながら、
「はい・・・! では、無理でしょうけど・・・私もボンさんを見習ってみようと思います・・・!」
その瞳の色は、ボンが出会った時の、優しくも勇敢な少女のそれだった。
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