第3話 ナカナカへの敗北

「本当に分かっているんですか!? 相手は、最弱級のモンスター、ナカナカなんですよ!? ボンさんでも、普通に木の剣とかで戦えば勝てる相手・・・! というより中学生でも頑張ればどうにか倒せるくらいに弱いのがナカナカなんです! そんなモンスターを相手に、あなたが・・・?」

凡人はククレアの前に立った。

「モンスターよ、かかってこい」

もう、僕は逃げない・・・!

折角、生まれ変わったこの人生だ・・・!

ナカナカは哄笑し、

「ぶあっははは! このナカナカに、余程の嫌がらせをされたいらしいな。お前は魔王軍に逆らったバツだ・・・! 『靴の紐をほどいて川に捨てる』という罰を加えてやろう!」

群集から悲鳴が上がった。

「ば、バカな!? 靴の紐をほどくだけでなく、川に捨てる・・・?」

「なんという悪行!! そんな仕打ちをされれば、もはやあのボンは歩くたびに靴がスッポンスッポン抜けてどうにもならねえ!」

「ボン! 意地を張らずに、さっさと倒せ! お前の靴がスッポンスッポン抜けるとこなんぞ、見たくねえぜ!」

ワーワーと騒ぐ群集。

(何か・・・おかしな世界だな)

ボンは首を傾げながら、ともかくその辺に落ちている『聖剣ボルニア』を拾った。

「ボンさん、ナカナカはあなたでさえ瞬殺できるほどの弱さなんです! 意地を張らないで! あなたの靴がすっぽんすっぽん抜けてしまう様子なんて、誰も見たくない・・・! 靴がスッポンスッポン抜けては、永久に走ることもできません! このままでは・・・ボンさんの靴が!!」

 ククレアは涙をこぼしながら叫んでいた。


「俺の靴がスッポンスッポン抜けるなんて、どうでもいい!」

「え・・・? 靴がスッポンスッポン抜けることが・・・? まさか・・・歩くたびに靴がスッポン抜けてしまうんですよ!?」

「そんなことより、ククレアさんのクマさんのアップリケがついたパンツです!」

 ボンは断言していた。

「あ・・・なんと、ボンさん!?」

 ククレアは叫ぶ。

「・・・もし、本当にククレアさんのパンツにクマさんのアップリケがついているなら、そんなものは、可愛すぎる・・・!」

「そこまでして、私の・・・パンツを?」

「そんなものを他人に見せる訳にはいかない! それが答えです!」

「そ、そこまでして、私のパンツを・・・? クマさんのアップリケをつけたパンツを・・・?なんという崇高で下世話な人・・・! そのためなら、靴がスッポン抜けることも厭わないとは!」

 ククレアは感動し、瞳を潤ませていた。

「ボンさん・・・男児であるあなたがそこまでして、ナカナカに負けたいというのであれば・・・私も、その背中をいつでも攻撃して、倒されるサポートをします!」

 ククレアさんは、僕を攻撃すると言っているようだけど、やはり告白するといっても「パンツを守るため」というのに怒っているのか?

 ナカナカは苛立ったように、

「へっ、カッコつけやがってよお! その余裕の顔が、勝利で引きつる所が楽しみだぜ!?」

ナカナカはニタリと笑い、

「この俺の圧倒的な腕力の低さを思い知るか!? 俺は握力八キロ! その辺の子供並だぜ!?」

「・・・ワケの分からんことを言って煙に巻くつもりか、魔物め! 僕にはこの聖剣があるんだ!」

 ボンはしかし、『聖剣ボルニア』があまりに重すぎることに気づいた。

「ぐ・・・? 重い!?」

「ボンさん! その『聖剣ボルニア』の重量は、あなたでは無理です! あなたは恐らく、その辺の小学生二年生くらいの握力・・・さあ、これを!」

 ククレアは必死で木のつるぎを差し出した。

 ボンは、“木のつるぎ”を手に取った。

「ボンよ! その“木のつるぎ”で戦う気か・・・?」

 鍛冶屋は心配そうだ。

「丈夫そうな木のつるぎだ・・・!」

 ナカナカは、

「へっ、女の前で恰好をつけて、知らねーぜ? 俺の『トロトロパンチ』に当たったヤツはいねえ!」

 ナカナカは腕をぐるぐると振り回している。

「来い・・・モンスターめ」

 ボンは吠えた。

 もはや、逃げていた臆病な自分はいない。

「でやあああ!」

ナカナカは突進してきた!

その腕は太くもなく細すぎもせず、ごく標準的な成人の腕。

そこに、物凄くゆったりした動きでナカナカは躍りかかってくる!

(うん・・・? 随分と遅いな・・・)

ボンはそう思っていた。

というか、この逆世界はそもそもみんな変である。

ナカナカは、

「ふりゃあああ! トロトロパーンチ!」

と、物凄く大振りで誰でもガードできそうなパンチを放ってきた。

 それは、パンチの肘の部分だけに物凄い竜巻のような風が巻き起こっているが、肝心の拳にはなんの変哲も起きていない、という技であった。

「うおおお!? 物凄い竜巻が、肘に・・・?」

 ボンは驚いていた。

(ともかく、木の剣でガードだ)

ナカナカは、笑いながら

「ワッハハハ! 俺のパンチの遅さは、『振り始めてから、色々解説していてもまだ当たらない』という程の遅さっぷり! おっ、今ようやく腕が半分まで伸びたぞ! ガッハハ! こんな遅いパンチに当たるザコがいるはずがない!」

と高笑いしていた。

ククレアは、

「ハエが十匹は止まるわ! あんなもの、当たりようがない! ボンさん、あの肘の竜巻はパンチの速さにはなんの関係もない! ただの見せかけよ!」

と悲鳴を上げている。

「その通りだ! これは見せかけだけの大技よ! ふりゃあああああ! だが、それが分かった所で、この遅いパンチを食らうはずがねえ! ジ・エンドだ、ボン!」

「これだけ会話していても、まだ当たらない・・・なんという遅さ! ・・・もう無理よ、ボンさん!」

 ククレアは悲痛に叫ぶ。

(かなり遅い・・・)

ボンは木の剣を持ち上げようとしていたが・・・

しかし・・・!

「うぐ!? 肩が!?」

 ボンは三十二歳。

しかし、ブラック労働での酷使により、その肩は医者から『四十肩を通り越しすぎている』と称される程に弱まっていた!

「うぐっ!? 肩が、微妙に関節痛で!? 木の剣すら上げることができない・・・・!?」

ボンは叫んでいた。

ナカナカは、

「な? このスローパンチで、まだガードすら固めていない・・・? バカな!! まさか、こいつ・・・このトロトロパンチを顔面に食らうつもりか!?」

と唸っていた。

「うぐっ、肩が・・・!」

 ボンは激痛に身をよじっていた。

「ちくしょおお!! こんな遅いパンチをガードもせず、どういうつもりだ、てめえ!?」

「いや・・・肩が・・・上がらないんだ!」

 ククレアはショックを受けて、

「まさか! ボンさんは、四十肩であの木のつるぎすら持ち上げれない!?」

 ナカナカも驚愕しながら、

「クソが、ボン! こんなもんに当たるバカがいるかあ!」

「そんなこと言ったって・・・ガードもできないんだ! うぐっ、肩が悲鳴を?」

 デスクワークの時から痛んでいた肩だ。

「じゃあ、横に避けろバカめが! 後10㎝で本当に当たるぞ!? 実は当たるとそれなりにダメージがあるんだ! 早くよけろって、痛いんだぞ?」

 意外に優しいナカナカ。

「いや・・・僕はもう逃げない、そう決めた!」

「そんなムダな精神論を言ってる場合か!!」

そして、すでに実際に羽虫が数匹止まっているナカナカの剛腕が、ボンの顔に炸裂していた。

生まれてからずっと運動神経は全国最下位で、メンタル的にも肉体的にも打たれ弱い。

 がくん、と顎に命中し、膝が抜け落ちていた。

「ぐばはっ!?」

 ボンは地面に伏していた。

 確かに遅さの割にはなかなかの威力。

 目が回る。

 視界が暗転していく。

(だ、駄目だ・・・やっぱり、僕はこの世界でも誰にも勝てないんだ・・・)

しかし、周囲の反響は、

「ボンさん!? まさか、一ラウンド二十秒失神KO・・・? あ、あのナカナカに負ける男・・・!」

ククレアは、だっと凡人に駆け寄る。

「やりました! 凡人さんの敗北です! これで、町は救われたのです! 私・・・こんな弱くて駄目な人は見たことも無い! まさか・・・あなたは伝説の・・・」

「な、何を言ってるんです、ククレアさん・・・? 僕は負けたんですよ?」

「そう! あなたは敗北し、そして国を救ったのです!」

ナカナカは、ガックリと膝をついた。

「あり得ねえ! こんな弱い奴見たことねえ! こんな奴に負けれるはずがねえ!ま、まさかコイツは伝説の・・・!? だが・・・あの虚弱パンチを経然と受ける・・・!」

「一体、みんな何を・・・?」

 ボンは青空を見上げていた。

「信じられねえ、こりゃキャワキャワ姉さんに報告だあっ! ちきしょうめ、覚えていやがれ!」

 ナカナカは逃げ去っていった。

 ダメジャン街は救われたのだ!

 群集は、

「弱い・・・! あのナカナカに秒殺・・・!?」

「最弱だ! 最弱の男・・・! それだけじゃなく、全体的になんて間の抜けたヤツなんだ・・・!? まさか、“臆者”・・・?」

「風で枝が揺れるだけで、逃げ出すという・・・さらに、地上最弱で全ての光をどん底に落とす、臆者・・・?」

「ウオオオオ! 最弱の臆者、ボンに栄光あれ!」

 今まで受けたことのない大歓声だ。

 まるで世界を救う勇者のような・・・

「ボンさん・・・きっと貴方なら、魔王にも負けれる・・・! 世界でも、一番弱いとされる着ぐるみ魔王に負けることも可能・・・! 私がお手伝いします!」

 ククレアは目に涙を溜めながら、ボンの治癒のために魔法を唱えていた。

ボンは思っていた。

(まさか・・・この逆世界は・・・?)

「ボンさん! 共に逆世界を滅ぼしましょう! 私も超強力ながら、お力になります!」

 世界を滅ぼす?

 救うんじゃないの!?


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