第2話 最弱にして最強

「ナカナカだー!!」

「ナカナカが出たぞー、みんな逃げろー!!」

「最弱六公とされるナカナカが!! もう終わりだあ!!」

 町人たちは逃げ惑っていた。

 ククレアは、毅然として、

「さあ、ボンさんは逃げてください!」

「ええ? あんなの、強そうに見えないけど?」

いかにも温厚そうな着ぐるみを着た少年である。

「ここは、神官である私が! 生まれた瞬間から、才能によってS級神官となってしまった私です・・・恐らく、奴を瞬殺してしまいますが、ボンさんまで奴らを倒す必要はない・・・!」

「瞬殺できるんでしょ・・・?」

「そうなれば町は終わりです! さあ、逃げて!」

 しかし、恩人のククレアを放っていいのか・・・?

 狼のような着ぐるみを着た魔物は、その顔や腕はどう見ても人間だが、この世界ではモンスターということらしい。

「ワッハハ! このナカナカはその辺の小学生でも倒せる絶妙な弱さ! この街はいただいたぜ!!」

 魔物のナカナカは、『鼻息を子供にかける』というような悪逆を尽くしていた。

 さらに、通りがかりの子供が美味しそうにキャンディーを舐めていると、

「おお、旨そうだなあ。おらあっ」

 べろん、と信じがたいことにキャンディーを横から舐めてしまった!

「ウワーン、僕のキャンディーが、べちょべちょに! ウワーン!」

 泣き叫ぶ子供!

「グッハハハハ、うめえうめえ! キャンディーの横舐めは最高だぜえ? こんなうめえキャンディーが舐めれるなら、いくらでもズタボロに負けてやるぜ? ガッハハハハハ!」

 ナカナカは哄笑していた。

 ククレアは肩を震わせながら、

「なんという非道! よりによって、子供のキャンディーを横から舐めるとは!」

と憤っている。

「くっ、私が超天才でなければ・・・あんな最弱のナカナカなんてすぐに負けてやるのに・・・! S級神官の私では、軽く触れただけでヤツは失神KO・・・」

 ククレアは悔しそうだ。

「ガッハハハ! おお、武器屋があるぞ? おい、親父よ、この『聖剣ボルニア』はいくらだ?」

と聞いた。

 鍛冶屋は、

「くっ、これは一万円で売りに出している所だ・・・」

と言うが、

 ナカナカは、

「へっ、じゃあこれだけだ。おら、払ってやるぜ!」

 と、千円札を九枚、五百円玉を取り出した。

「おらあっ、受け取れ! 鍛冶屋!」

 鍛冶屋は頭を抱えてうずくまり、

「なあ!? 一万円の『聖剣ボルニア』を、九千五百円だけ!? これでは、商売あがったり! 店は終わりだ!」

 鍛冶屋は悔しそうに呻いていた。

 ククレアは、

「なんて残虐なモンスターなの!? 一万円の『聖剣ボルニア』を・・・たったの九千五百円の支払い・・・? おお、神よ! 哀れみたまえ! この残酷無慈悲なモンスターを! どうすれば、このような行為ができるのでしょうか!?」

 ククレアは大袈裟に空中で印を切った。

「グッハハ、神は死んだ! 神はロック音楽と一緒に死んだんだ!」

「いいえ、神もロックも死んでいません! おお、神よ! 哀れみたまえ!」

「ガーッハハハハ! このナカナカ様こそ、世界最弱の一人! 俺様は誰でも倒せる! 俺相手に負けるザコなんぞ、いねえ! つまり、この国は俺のものだ!」

 それは、阿鼻叫喚の地獄絵図であった!!

 それ以外の何物でもなかった!!

「・・・・待ちなさい、魔物よ!」

 そこには怒りに燃えるククレアがいた。

「さっきからなんだあ、てめえは?! 相当に天才的な魔力を感じるぜえ? そんなに俺を瞬殺してえか!?」

「ナカナカよ、ちゃんと一万円を払いなさい! 子供にキャンディーを返しなさい!」

「へっ、なかなかいい女だなあ。なんなら、『スカートをめくる』みてえな遊びをしてやるぜえ!? おい、俺様に『スカートをめくる』ってことをされたくなきゃ、失せな。ワーッハハハハ! お前がスカートをめくられた時の恥ずかしそうな顔が楽しみだ!」

 群集は一気にザワつく。

「ま、まさかこんな場所でスカートをめくられれば、ククレアはもう生きていけねえ!」

「ククレア! 早くそいつを瞬殺しろ!」

「ククレアー、あんたのスカートがめくられるなんて・・・それじゃ十年前の惨劇『ケンタがエリーゼに振られた』事件並の惨劇じゃ!」

「そ、そうだ! あの時はケンタ君がなんと幼なじみのエリーゼに告白したのに・・・・撃沈! なんという惨劇だったのだ!!」

「ククレア! この町や国のメンツより、あんたのスカートの方が心配だ!」

 ボンは怒りに震えていた。

 まさかとは思うが、奴はククレアさんのスカートをめくろうとでもいうのか・・・?

 ククレアさんの肌は白く艶やかだ。

 そのパンツとなれば、とんでもなく神々しいものだろう。

 ククレアは、声を上げた。

「この町はみんなのものよ! 私はあなたを瞬殺できるけれど、けどなんとかして負けてみせるわ!」

 ククレアはそう言っていた。

(そこまで狂暴なモンスターに、『瞬殺できる』となんとか勇気を振り絞ろうとしているのか・・・)

 ボンはそう考えていた。

「見るからに、超強そうな神官だぜ! へへっ、あんな天才的な神官、俺を瞬殺するに決まってらあ!」

 ナカナカは余裕で歩いてくる。

「よすんだ、ククレアー! 天才のお前じゃ、そいつを倒すのに三秒もかからん・・・! そうなれば町は終わりだ!」

 鍛冶屋がそう怒鳴っている。

(鍛冶屋さんも、ククレアさんを励ますために、そんなことを・・・)

 ボンは思っていた。

(ここで逃げれば、現世と同じだ・・・)

 ククレアの肩に手を置く。

「ボンさん!? まだ、逃げていなかったんですか!?」

「ここは・・・僕が戦います・・・!」

 ボンはそう言っていた。

「まさか! あなたでさえ瞬殺できる弱さなのよ、ナカナカは! 私なら一秒、ボンさんでも十秒もかからない程に弱いのよ、ナカナカは! 意地を張ってなんになるの!?」

 ククレアはそう言う。

「意地のためなんかじゃない・・・!」

 ボンは毅然として言った。

「え・・・?」

「僕は・・・あなたのパンツを守ります・・・!」

 ククレアは気丈な表情を、一瞬だけぽかんと呆けさせて、そしてその台詞の意図に頬を桜色に赤らめていた。

「まあ・・・私のパンツのために・・・? クマさんのアップリケのついた、私のパンツ・・・それを守るために・・・?」

 まるで、初めて男子と会話する乙女のように恥じらうようにうつむいていた。

「く、クマさんのアップリケがついているんですか!?」

 ボンは勢い込んで彼女の肩を掴んだ。

「・・・はい。五歳の時に、少しすりむいて破れてしまって・・・クマさんのアップリケを・・・! はっ、私ったらなんて恥ずかしいことを! ボンさんの前だと・・・つい、全部をしゃべってしまう・・・?」

「な、なんて可愛いんですか! ククレアさん! 僕はあなたのパンツを見る・・・いや守るためにならなんでも!」

 鍛冶屋は、うむうむと頷き、

「なんという下世話な男気だ! 最近ではあまり見ねえぜ、ここまでの下世話さの男は」と絶賛している。

 街の人々も、


「あのヨソ者・・・ククレアのパンツのために戦おうってのか!?」

「守る、と言いながらパンツが見たいだけなのがミエミエだぜ! やるねえ!」

「イマドキ、ここまでの見上げたパンツ男がいたとは・・・!」

と一気に色めきだっているようだ。

「ククレアさん・・・ここは下がってください」




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