最弱ランキング~駄目なヤツほど褒められる世界へようこそ~

スヒロン

第一章 駄目なヤツ程褒められる

第1話 無能な僕と、弱い魔物


「人は生きてるだけで立派なんだよ」といくら切り抜き動画から聞かされても、本当に死にたくなった人間には効果がないんだ。

 そういう状況になったら「名言集」とか「人生相談系の動画」とかを見るんじゃなく、ましてやハートフルな小説を読むのでもなく、心療内科で安定剤を処方してもらった方がいいよ。

 僕は平凡人。

 いや、名前だよ。たいらぼんじん、というんだ。親は「平凡な幸せを手に入れてくれれば」と思って名付けてくれたらしい。

 ところが、僕は能力が平均をかなり下回る感じで生まれついたらしい。

 僕の人生のミスは二つ。

 大学で割と仲のいい先輩が、「就活に困ってるなら、ウチに来いよ、凡人。お前はいい奴だしな」と地方雑誌社の面接を勧めててくれた。

「内定が決まってる面接だからな、ナイショだぞ」

と先輩は笑ってくれた。

 そして、そこで先輩方は「学生のみなさん、このままでは、経済の空白の十年間はとんでもないことになる。そして、政治とカネ・・・これは途方もない闇を抱えているんだ。さらに原発ムラとその利権・・・このままでは日本は壊滅します!」と説明会場で言った。

 集まった学生たちは、「どうしようか?」と心配そうだ。

 さあ、面接だ。

「どうだ、凡人・・・この令和、もはや経済の空白の十年間は、いよいよ二十年になろうとしてるんだぞ? みんなでよく考えていかなければな」

 先輩はそう宣言した。

 僕は以前から疑問に思っていたことを聞いてみることにした。

「あのう、その『空白の十年間』というのはどういう意味なんですか・・・? 何をもって『空白』と言ってるんですか? そして、お金のことをなんで『カネ』とカタカナで書くんですか?」

 すると、先輩は今までの自分の文章を全て否定されたような顔になって、

「そんなことは考えなくていいんだよ! 馬鹿が考えるんじゃない!」

と怒鳴って僕を追い出した。

 けど、先輩じゃなくて僕が悪かったのかもしれない。

 そして、仲がいいのではなく、能力が低い僕なら逆らわないと思っていただけなのかもしれない。

 ともかく、僕はどうにかこうにか商社からの内定を勝ち取った。

 けれど、そこは『ブラック』などと言うワードでは表現できない程の暗黒の会社だったのだ。

 これが二つ目のミスだ。

 僕は十年間を時給220円で働いて、そして最後の最後になんとかして辞表を提出した時、上司から「初めて役に立ったな、これで来月分の14万円が浮く」と言われてしまい、今までの友達が「ボンはいい奴だなあ」とか「いい奴だけど、その内騙されそうだぞ」「もう少し頑張れば成績もよくなるって」とかの台詞を思い出しながら、「うわあああああ」と叫びながら階段を駆け上がって、(僕は、良い奴ってこと以外になんの取柄もないのか?)と考えながら会社のビルから飛び降りたのだ。

 ブラック会社だけど、業績はいい。

 三十階建てのビルの屋上からだ。

 間違いなく死んだはず。

(そして、よく考えたら死ななければ良かった。

 というかクソ会社を辞めれて、これから本当の人生が待ってるはずなのに、なんであんなクソ上司の台詞で死んだんだ・・・)

(あれ? 死んだにしては、色々考えてるなあ)

(・・・・まだ生きてる?)

 けれど、どこかが微妙に違う。

 東京の街・・・しかし、何故かピサの斜塔顔負けのとんでもない傾度の塔がある。

 僕が飛び降りたのは真夜中だったけど、昼間に変わってるみたいだ。

 それに、街ゆく人たちは、中世の斧を持っていたり、剣を下げている。

「あなた。二度と自殺なんてこと考えちゃ駄目よ! どんなことがあっても、人生を諦めることほどバカなことはありません!」

 ククレアさんが言う。

 ここは、都内のビルなはずだが、ククレアはドラクエだとかFFだとかの世界の神官のような恰好だ。

 高さ六十階建ての僕が働いていたはずの、そして屋上から飛び降りたはずの会社、その最上階。

 けれど、部屋の中は杖や宝玉、そして羽根には“せかい自由の羽”と書かれている。

「“せかい自由の羽”に残りがあって良かったです! この羽は、私たちの逆世界でなんでも自由に叶うという羽根・・・一度は死んでいたあなたを蘇らせたのですよ」

 どうも、ウソを言ってるワケじゃなさそうだ。

 僕は本当に生き返った?

 この中世ファンタジーと東京の融合したような世界で?

 そして逆世界という名前だそうだが、どういう意味なんだろうか。

「僕は平凡人です。どうも、すいませんでした・・・! 僕なんかのために、貴重な葉を」

「いいんですよ、ボンさん! これを使うたびに、借金が百万円も増えるんですから!」

 ククレアはにこりと笑うけど、かなりの出費だったのに、僕に気を使わせまいとしてくれているんだろう。

 とんでもなく端正な顔立ちで、しかも優しい。

 当然、僕はすでにククレアが好きになっていたんだ。

 美人で優しい、しかも金髪で神官の衣服を着ていてコスプレだろうか?

 これで好きにならないワケがないよ。

「ボンさん。私は神官のククレア・エクレア・・・この“人と夜風が温かい塔”の六十階を任されているしが無い身ですが・・・あなたは、投身自殺を図ったんですよ! 何故、そんなことを・・・?」

 僕のことはボン、と省略されているらしい。

「すいません・・・あまりにお金に困って・・・」

「お金なんて! どれだけの貯金でもどうにかなるわ!」

 うん?

「どれだけの貯金だったの? 私で良ければ相談に乗るわよ。町からの『補助借金』もあるんだから」

 何やら、現世とは言葉遣いが違うようだ。

「ボンさん、どんなに辛くても人生を諦めることほどバカなことはありませんよ」

 ククレアはいかにも神官らしいことを言う。

「ハイ・・・・」

 ボンは情けない思いだ。本当は僕は33歳、ククレアは半分くらいの年齢なのに、こんなに諭されて。

「ハイ・・・なんせ、ブラック企業のしがないサラリーマン・・・一日二十時間労働で」

「ええ!?」

 ククレアは青い瞳を閃かせる。

「ど、どういうことなの?」

「はい・・・なんせ、Fラン大学の後でブラック社畜・・・体の病気は十を超えて胃潰瘍で三回入院しました・・・」

「ウソでしょ!? ど、どういうことなの!? そんな・・・まさか・・・」

「それで、借金がなんと・・・一千万・・・!」

「!!」

「それで・・・こんなダメ男じゃ、一生彼女もできやしない。もはや生きていても無意味だと・・・会社の屋上から身を投げて・・・」

 ククレアはしばしポカンとして、

「フフっ、アッハハハ! そんな冗談が言えるくらいには元気なんですね!」

と言った。

「はい・・・?」

 僕は首を傾げる。


「そこまで駄目で借金が一千万もあれば、どんな可愛い子でもよりどりみどりでしょ? この教会も、この頃かなりの黒字続き・・・なんせ、一億円もの貯金があるのよ! なんとかして赤字にして、少しでも借金をこしらえたい所に、ボンさんが変な冗談を言うものですから、おかしくって、つい笑ってしまいました」

「はあ・・・?」

 ククレアは大まじめのようだ。

「さて、そういう冗談が言えるくらい、また借金を作るために頑張りましょうよ!」

 ククレアはそう言う。

「さあ、街で散歩しませんか? このダメジャン街は何もない町ですが、みんな優しくて温かいんですよ」

“ダメジャン街”と名付けられたその町。

(なんだか、いい人が多そうな町だな・・・)

 ボンはそう考えていた。

 ブラック社畜としてコキ使われ、契約の取れない月は、『牛小屋』と名付けられた狭い部屋で住まされる・・・そんな生活からすると、この異世界はのどかで陽気な人たちが多い。

村人たちが豪華な衣装や鎧を着て、

「ガハハ、おいら今月も百万円も貰っちまって、黒字で死にそうだぜ」

と冗談を言っているようだ。

 村の鍛冶屋はガンガンと槌を振り下ろし、豪華な剣を砕いていた。

 僕は声をかける。

「随分と、豪華な剣ですね」

「なんだい、兄ちゃん。奇妙な服を着て、まるで貴族にでも成り下がっちまったみたいだなあ、ワッハハハ!」

 鍛冶屋は陽気な男のようだ。

「僕はどうせ、“何もできない”んですよ」

 今でも上司から植え付けられた、“無能社員”の烙印は消えていない。

「何…? 兄ちゃん、何もできない・・・?」

 鍛冶屋は槌を少し止めて、

「ワッハハ! こんな豪胆な奴は初めてだぜ!? “なにもできない”と自分で言うたあ、なかなかキモが座ってるじゃねえか! ガッハハハ!」

 鍛冶屋は何故かおかしそうだ。

「はあ・・・?」

「そうなんです、ボンさんはなんだかおかしな冗談を言って面白いんですよ!」

 ククレアもそれに続く。

「いえ・・・僕は冗談は・・・」

「鍛冶屋さんは何をしてるんですか?」

「いや、この『聖剣ボルニア』を叩き壊して、普通の“てつのつるぎ”として売りに出そうかと思ってな」

 見れば、鍛冶屋が叩き壊しているのは、見事な装飾品のついた豪華な剣だ。

「『聖剣ボルニア』・・・? なんとなく、名前からすると立派な剣なのでは・・・?」

 ボンは恐る恐る聞くが、

「おうよ、『世界七大剣』の一つで、このままじゃ軽く振るうだけで大地を切り裂いちまう!」

「そんな強そうな剣を・・・?」

 ボンは訝るが、

「それでは強すぎます、鍛冶屋さん! もっと弱めにしなければ・・・」

ククレアは慌てている。

「ああ、なんとしても“てつのつるぎ”かできれば“木のつるぎ”にまで弱めたいとこだ。このままじゃ売り物にもならんぜ」

 ボンには訳が分からず、

「弱くていいんですか? それだったら、誰でも成れるじゃないですか」

と言った。

 現世では学校生活からして、ひたすら「努力して鍛えて強くなれ」で会社に入っても「結果を出せ」というだけだった。

 すると、鍛冶屋は高笑いし始め、

「ガッハハ! 弱いなら、誰でも成れるって? そんな豪胆な奴は初めてだぜ。あんた、ひょっとして・・・“伝説の臆者”になれるんじゃないのかい!? 最弱ランキングの一位を狙ってるのかい、あんた」

 鍛冶屋は豪快に笑った。

 ククレアは、

「まあ、鍛冶屋さん・・・ボンさんが、あの『風で枝が揺れただけで、全てを投げ捨てて逃げ出す』とまで称えられた臆病者の“臆者”に・・・? そして最弱ランキングで魔王を抜いて一位に・・・?」

 ???

 本当に、どういうことだろうか?

 ククレアさんたちは、時折ヘンなことを言う。

「けれど、ボンさんなら、ひょっとして成れるのかもしれません・・・ボンさんは、一見するとどうしようもなさそうに見えて・・・実はとんでもなく弱くて臆病な人です・・・ひょっとすると、この世界の光の全てをどん底に突き落とすという、臆者に・・・ボンさんの弱さを一度図ってみましょうか。きっと、かなりの順位ですよ」

「酷い言われようだね・・・アハハ」

 僕はここでも一目ぼれのククレアからも駄目だしされるのかな。

 折角、どこかの世界に生まれ変わったのに。

 しかし、そこに魔物が現れた!

 それは、狼の着ぐるみをかぶった恐るべきモンスターであった!



                               続く

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