23ページ,攻略済みのラビリンス

 ───数刻前、【永久の迷宮ラビリンス】、キャルメル、ファスト───


 私は、とある日の事を思い出していた。


 なにを隠そう、フレアとのことだ。今朝、夢を見ていたからだろう。仲の良かった、私の妹といっても過言ではない幼馴染。


 ───いつものように元気になれなかった。最近は、よかったのに。これじゃあ、また逆戻りだよ……


 目頭に溜まりつつある雨を拭き取る。


「大丈夫か?」


 そんな私の姿を見た父が心配する。そんなに心配してないくせに。


 実は、あの後お父さんと迷宮ダンジョンに行くことが急に決まった。


 いつも、私一人だけだったのに今朝、いきなり「今日は私も迷宮ダンジョンに行こう」と言ってきた。もちろん少しは驚いたが、お父さんが迷宮ダンジョンに付いてくるのは今日だけではないので渋々ではあるが、了承した。


「うん、大丈夫」


 力のない笑顔で返す。父はやっぱり「そうか」と、ある意味、期待を裏切らない返答をした。


 私とお父さんの関係はあんまりよくはない。ある日、フレアが死んだあの日からお父さんは人が変わったように、私とだけあまり話さなくなったし、関係を薄めてきた。


 いや、よく見たら、癖も少しだけ変わっているように見えた。


 そこまで大きな癖の変化はないが、日常の一部分を切り取ると前と少しだけ変わっていた。


 私のせいなのかな? 私だけが生きていたからフレアの御家族になにか言われたのか? そんなこと何度も何度も考えたが、もう昔のことだ。


 コツ、コツ、と迷宮ダンジョンの中を歩き出す。


 ちなみに、迷宮ダンジョンに行くのは冒険者ギルドに申請が必要だけど、お父さんはギルマス(ギルドマスター)だからその必要はない。


 ここは迷宮ダンジョン地下一階奥部。もう少しで地下二階のところだ。


「そうだ、お父さん。あの話してよ。迷宮ダンジョンの話」


 昔からよく聞いていたお話だ。最近は聞くことが無くなったが、今は昔を思い出したかったのか無意識に言ってしまった。


「うん? そんなことをいうなんて珍しいな。でも、いいぞ、お父さん優しいからな」


 お父さんは噓つきだ。こうやって、私から踏み込もうとしても、すぐに離れて同じ距離感を保ち続ける。 ……そう、お父さんから違和感を感じるようになったあの時から、全てが崩れ去る音がしていたのだ。


 そして、お父さんが今からするお話は、童話や物語ではなくてただの解説だ。


 私はその話が気にいっていた。最近はまるっきり聞くことはなくなったけど。


「──この星には迷宮ダンジョンが36個、存在が確認されている」


 静かに、父の声が周りの岩にこだましたかのように響く。


「その内、迷宮ダンジョンとしての機能が停止しているのは35個。迷宮ダンジョンの機能が停止しているというのは迷宮ダンジョンの地下100階にいる『迷宮統率皇ダンジョンマスター』を倒すと迷宮ダンジョンそのものの機能が停止し、普段無限に湧いてくるモンスターたちが湧いてこなくなる───有限になってしまうことをさす」


「その機能は未だ解明されてないんだよね?」


「ああ、そうだ。そして、ここの迷宮ダンジョンは過去48000年もの間、機能が停止することがなかった。それが、ここには『迷宮統率皇ダンジョンマスター』の存在が確認されていない。地下100階へ行ってもだ」


 本来、『迷宮統率皇ダンジョンマスター』は必ず存在しなければならない。その存在が、迷宮ダンジョンの機能を支えているからだ。そして、過去の『迷宮統率皇ダンジョンマスター』はその役割を知られる前に殆どが倒されてしまった。


「また、ここには地下100どころではないく、更に下の<奈落>というのが続いている。<奈落>は他の迷宮ダンジョンにはなく、ここにしか存在しないという」


 この迷宮ダンジョンには地下深くの<奈落>の最下層に『迷宮統率皇ダンジョンマスター』が存在するのではないかと言われている。


「研究者がこの迷宮ダンジョンを調べたところ、<奈落>はこの10000年間で形成されたものであり、『人工物』なのだと。だが、<奈落>は誰がどのような目的で作られたのか痕跡は一切として謎に包まれたままだと。迷宮ダンジョンは、一つ一つに【称号】があり、例えば砂漠に生成されている迷宮ダンジョンは、【砂海の迷宮ダンジョン】と呼ばれていたり。そして、ここの迷宮ダンジョンの称号は、【永久の迷宮ラビリンス】」


 ダンジョン、とは一線を画すラビリンス。それはこの迷宮が他とは違うという意味も込められている。


「───これで十分か?」


「うん、久しぶりにその話聞けた」


 久しぶりに父の話を聞いて、懐かしさがこみあげてくる。だが、その思いも一瞬にして切り替え、心を鬼にする。


 目の前にいる粘液魔物スライムをノーモーションで切りつけ、次の地下二階へ行く。ここも変わらずにモンスターが湧くので目の前に現れる敵を切り刻む。


 ただ、これを続けてきた。何年もの間。だから迷宮姫プリンセスなんて呼ばれるように強くなった。それも、クーが現れたからその称号の威厳もなにもなくなったけど。


  ───しばらく進み、私たちは十階の迷宮番ボス部屋に着いていた。迷宮は十階ごとに一匹の迷宮番ボスがいる。その迷宮番ボスがいる部屋が迷宮番ボス部屋と言われている。


 ギギギと扉の軋む音が鳴り開かれる。


 ───刹那。私は真正面にいる迷宮番ボス火雷巨人デメラルトの首めがけ、〈不可視飛刄インビジブル〉を発動させる。Dランクの魔物ならこの程度のスキルでも十分に効く。


「よくやった。キャル、自己最高速度だ」


 お父さんには、ここにくるまでの時間を計ってもらっている。前の自己ベストを教えこうやって伝えてもらっている。


「お父さん、先、行くよ」


「ああ」


 私は止めに離れている魔物の生首をつぶし、次の階へと足を運ぶ。


 ───さらに時が進み、私たちは四十階のボス部屋に着いていた。


「はあ……はあ……はあ」


 自身ですらその異様とも言えるスピードに体が付いていけず、私は息を切らしていた。


「急ぎすぎだ。確かにここまで着くのが早かったが、それでも、おまえが大丈夫でなければ本末転倒だ」


 お父さんの言っている通り、私は急いでいる。慌てている。だけど、私は急がなければいけない理由があるんだ。


「もっと、早く、強くならなきゃいけないんだよ……!」


 息を荒げているがそのことなんか関係なしに重い扉を開ける。


 そこにいるのは死霊召喚使役王リッチ・ドメイド。この魔物は魔法使いであって、賢者だ。だけど魔法を使うのに若干のラグがある。その隙を狙えば───


「よくここまで鍛えられたものだ」


「ありがとう」


 ここまでは余裕だ。問題は、ここから。次にいこう。


 次の階へ行っても、ただひたすらにモンスターを倒していく。そして、無我夢中へ進み、気づけば七十階まで足を進めていた。


「よ、ようやく……」


「いや、今日はここまでにしよう。流石にもうお前は限界を超えている」


 そんなつもりはない、そう言おうといたが意識が朦朧もうろうとしてきた。フラフラとしている。扉の前に立つも足がガクガクでまともに立てていなかった。


 足がもたつき壁にもたれかかる。瞬間、壁に埋もれている鉱石が光り輝き、私の真下にある床が───消えた。


「えええぇぇぇぇえええええええええ‼‼‼‼‼‼??????」


 落ちて、落ちて、落ちる。最初は明るかった穴も今はどんどん深淵に暗くなっていっている。


「くっ!」


 なんとか落下を止まらせようとするがスピードは穴に進むたびに早くなっていっている。


 だが、このままいけば、いつかは床に到達する。そのときは運動エネルギーによってバラバラにされてしまうだろう。


「『負勢力翼浮遊マイナスエネルギー』ッッ!」


 急いで聖法を使い自分を浮かせようとする。だが、この落下スピードだとすぐには調和されないだろう。聖力もガンガンと削られていく。


「!?」


 目線の先には地面が映された。さらに聖法陣に聖力を注ぎ込み自分を浮かせようとする。そうして私と地面がくっつかれようとするその瞬間に私は浮いた。だけど、私が浮いているのはようやく聖法陣が間に合ったのではなく、他人の聖法陣によって私は浮いていた。


「『完全浮翔操作ディスパレス』」


 静謐でとても綺麗な声が聞こえた。声がした方に私は目をやる。そこにいたのは真っ白な服を着た可憐な美少女だった。そして、クーによく似ていた。


 瓜二つなほどに。


「大丈夫? 落ちたみたいだけど」


 彼女は私に白く、温かい手を差し出す。私はその手を握手するように握り、立ち直す。


 私はここが<奈落>だということが本能的でわかり、もっともらしい質問を冷静に彼女へと尋ねる。


「貴方は、『迷宮統率皇ダンジョンマスター』なの?」


 私の問いに少女はすぐに答える。


「いいえ。もう倒した」

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