22ページ,フェイ

───三日目、昼、キャル宅リビング、ラーゼ・クライシス?───


「キャルから話は聞いているのよ~私はね~あなたのこと……」


 と、饒舌に話すキャルのお母さん?ほんとにキャルのお母さん?めっちゃフワフワしてるわ。なんか話の中身があまりないせいで右から左へと横流しにしているわけだが……


 ずっとオラの話してない? いや恥ずいわ!


「あ、あのー……」


「ん? なに? クーラーちゃん!」


「クーラーはやめてください。恥ずかしいです。」


 私がそう冷酷な表情で返すが、キャルママはずっと変わらずにニコニコで言葉を返す。


「じゃあケラケラちゃん?」


 もはや自分の名前の原型が留まってない……


「もうクーにしてください……」


 半ばあきらめたような声色で手で顔を埋める。多分赤面してる。


「そんな手で埋めたって、全然顔赤らめてないわよ?」


 気のせいだったか。それにしても、なんなんだよこの人。全然掴めねえ。〈読心術〉を使ってないからだと思うけど。


「そういえば、キャルは何処に行ったんですか?」


 話を逸らすため都合のいい奴キャルメルの話をする。あれ? どっからか怒気がきた気がするんだが……気のせいか!


(一方、女の勘キャルはクライシスが悪口を言ったような気がしたため、一応クライシスに怒気を放っていた。)


「キャル? キャルはね~お父さんと迷宮ダンジョンに向かったわよ」


迷宮ダンジョン? なんで迷宮ダンジョンなんか……」


 私が疑問の顔を浮かべると直ぐにキャルママが答えてくれた。


「あの子のトレーニングだからね。強くなるっていつも言ってたから……」


 言葉が進むごとにキャルママの顔が沈んでいく。なにかあったのは明白なようだな。


「そういえば、お母さんの名前ってなんですか?」


 唐突に発せられた私の言葉にキャルママは呆気にとられる。


 呆けていても、すぐに元通りになる。しかし、顔の緩みは止められず、苦笑しながらも僕の問いに答える。


「私の名前はフェイ・ファスト。旧姓はファストじゃなくてキャッシュね。これで満足?」


「ありがとうございます。では、フェイさん呼ばさせてもらいます」


 そして暫く静寂が続く。しかし、不思議と気まずさはない。向こうもそうだろう。


 目の前にあったコップに目を向ける。コーヒーが注がれていた。私のために用意してくれたのだろうか?


 まあいいだろう。私は机にあったコップを拾い上げコップの縁に口を付けようとすると───


「そのコーヒー、キャルの奴じゃない?」


 瞬間、私は脊髄反射というレベルを超えた光の速さで手を止める。……あぶなかった。もう少しで口をつけるところだった。


 するとフェイさんが「嘘よ。貴方のだわ」と笑いを堪えながら衝撃の事実を伝える。


「……」


「そんな恨みを込めた目でこちらを見つめないでよ。ただ試しただけよ」


 一体、なにを試したのだろうか。切実にやめてほしい。


 それにもう少しで今世はじめてのキスをするところだったんだぞ! ほんと危ない。


 いやそれでも間接キスなんだけど。それでも、自分の貞操は守りたい。でも、間接キスって貞操を破ることになるのだろうか、知りたい。


 一回、乱れた気持ちを落ち着かせ息を整える。再度、コップに口を付けコーヒーを喉に流す。


 何度も体験した味が体に染み渡る。懐かしさを感じる味だ。まるで故郷のような───


「……そういうことか」


「あら、もうわかったのね」


 不思議なことだ。私の故郷のコーヒーはこんなとこにはない調味料などを使っているし、それに属する調味料はこの世界に存在しない。


 つまり───


「貴女の固有技能ユニークスキルだな?」


「正解よ。私の固有技能ユニークスキルは〈郷愁味想起タタヲラララ〉。どんな見た目であれ、どんな作り方であれ、私がこのスキルを使えば全部、故郷の味を思い出させるのよ」


 恐ろしいスキルだ。味覚を変えるというのは脳に直接、干渉するということだ。


 あのスキルをうまく使えば洗脳できる、ということだ。末恐ろしい……この人はまだそんな使い方を知らなそうだから一生教えないどこ。


 ちなみに固有技能ユニークスキルというのは一人のオリジナルスキルという感じだ。


 まあでも他のところでも説明されてると思うから別にここで説明しなくたって……いや、なんでもありません。


 ていうか、なんでコーヒーのことでこんな心理戦みたいになってるの?俺から始めたことだからなんも言えんけど。


「あと貴方、結構興奮しているわよ。あなたの癖?」


 人差し指を立て、注意される。ほんとになんも言えねえ……


「それについてはすいません」


「私は全然いいんだけどね。他の人にそれをやったらなに言われるか分からないからね」


「よく、言われます……」


 体を小さくして反省する。郷に入っては郷に従え。


 ここではのはタブーな世界だ。気を付けないと。


「そういえば、昨日はどこに行っていたんですか?」


 気になった疑問をぶつける。昨日はどこにも見かけなかったからな。


「昨日はママ会があったのよ~いや~楽しかったわ~」


 めちゃ普通だった。あ、そう、ママ会ですか。それにしても随分と長かったですね。そんなに話しきれるもんなの?


「じゃあ聞かせてもらいましょうか」


 私が唐突に放った発言に少し察しながらもフェイさんは尋ねる。


「なにを?」


「おわかりでしょう?」


 その一言にフェイさんは溜息を吐く。もう白ける必要はなくなったのだろう。


 なにしろ、それはキャルパパのことなのだから。


「そうね~、いつのことだったかしら。もう三年と五か月だったかしら。ちょうど、今と同じで冬が始まろうとしている頃かしら」


 明後日の方向を向き、またこちらに振り返る。俺は黙ってフェイさんの顔を見つめる。


 フェイさんはニコリと笑っているが目は冷めきっている。


「なにかあったんですね?」


 フェイさんはなにも答えないがその目が語っていた。


 それで俺は十分に伝わった。背を正し、話を聞く姿勢をする。


 聞かせてもらいましょうかと覇気で伝えフェイさんの方も準備をしていた。


「では、話しましょうか。コーヒーでも飲んで聞いてください」


 これから話す内容は酷なのか、落ち着いて聞いてくださいという意図を含ませている。


「まず最初にキャルには親友と呼ばれる人がいたわ。フレアという子ね。いっつも二人で楽しそうに遊んでたわ」


「あっ、ちょっと待ってください」


 そこで、俺は語り始めたフェイさんを止めた。


 もちろん、フェイさんは少しだけ怪訝けげんな顔をして「なに?」と聞いてきた。


「いや、少しだけ僕のスキルをさせて欲しくて」


「?」


 僕の言いたいことがわからなかったのか、フェイさんは小首をかしげる。


「あー気にしなくていいです。ただ、その時のことを脳内で思い出させてほしくて」


 俺のその一言でわかったのか、あーっという顔をした。


 そう、俺が使う今から<法>は『想念脳内映像化キュラマス・ツァルル』という<法>で相手の思っている思想を自分の脳内で映像化して視れるということだ。


「早速、使いますがいいですか?」


 私の一言に「うん」と二つ返事で返された。


 すぐさま『想念脳内映像化キュラマス・ツァルル』を使う。


 そして、フェイ───否、キャルが体験した過去が私の脳内に映し出された。

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