第49話 不機嫌

食堂へ行くと朝食のバターや焼きたてのパンの香りが鼻孔をくすぐる。香りだけでもみんなの表情は緩んでいるのに、屋敷の主であるケニアの表情は、不機嫌極まりない。

テーブルについても、目をつむって誰の顔も見ない。


「ケニアどうしたの?」


こんな時のケニアに声を掛けることが出来るのは、ルーベンスしかいない。

しかし、ケニアは何も発しなかった。ルーベンスも戸惑いヴィヴィ達の顔を順に見て行くが、全員が首を横に振るだけだった。


「ハン料理長。」


テーブルに料理を置いているハンは驚いてトングで掴んだパンを落としてしまった。

「はい。どうかなさいましたか?」

「私の分の食事は、私が良いというまで私の部屋に運んで頂戴。」


ハンは、驚いている皆の顔を横目で見ながら、


「いつもお仕事のお話をこの場でされていらっしゃるのに。宜しいのですか?」

「宜しいも何も、此処の屋敷の持ち主は私だから。私が良いと言えばいいのよ。しかも、此処にいらっしゃる皆さんは、私の事はそんなに重要には考えていないから。」

「そんな事あるわけないだろう。」

「ハンよろしくね。」


ルーベンスの言葉も無視して食堂から出て行ってしまった。


「なにこれ。どうした?」


ヴィヴィもアンゲルもサボも呆然としていた。ケニアがこんな態度を取ったことは今まで一度もなかった。


「こんな事、一度もありませんでしたわ。昨日何かありました?」


ヴィヴィの言葉に、全員が昨日の行動を思い出す。そして同時にたどり着いたのはダンヒル子爵親子の来訪だった。


「だれか、ケニア様に伝えました?」


「僕はアミに呼ばれてケニアには告げずに応接室へと向かった。」

「私は、来訪時は外へ所用で出かけておりました。」

「私は、メイド達の仕事の割り振り変更で、キッチンに居りました。」

「私はランドルフ様を呼びに・・・・」


そこでやっとケニアに誰も何も告げていないことを知った。


「やばいな。ケニアは自分が蚊帳の外だと思っている。」

「そうですね。主であるのにもかかわらず。」

[

大体慰謝料って何でしょうね。あのバカ親子。」


ルーベンスの発言にヴィヴィとサボが応えた。そして、全員の視線がランドルフに向けられた。しかし、誰もランドルフを攻める言葉は発しなかった。その代わりに大きな溜息を全員が付いた。当の本人であるランドルフは、ナイフとフォークを持ち食事を摂る体制に入っていた。


「お食事ですか?」


嫌味を込めて、ルーベンスがランドルフに笑顔で告げると、


「だって、僕たちが今、すべきことは、ケニアに謝る事だけど、少しケニアが冷静になる時間も必要じゃない?そのためには、食事を摂って、僕たちも誠意を持ってケニアに謝るためにはどうすべきか考えるべきだし、その為には、頭を働かせる為に栄養は必要だから、早く食べて、ケニアの元へ行かなくちゃね。」


ルーベンスは、テーブルに視線を戻して、


「今回の原因は、貴方の考えなさ過ぎた過去が原因ですけどね。」

「それも過去とも言えない程最近の話ですけどね。」


ルーベンスとアンゲルが言った言葉はランドルフには届かなかった。

皆黙々と食事をしてからケニアの部屋へと向かった。

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