第44話 買い物
「ねぇナナ食事これだけなの?赤ちゃんの栄養には程遠いわ。」
「申し訳ありません。何せ、食糧庫にはほぼ何もない状態でして。保存が利くものしかなったもので。」
「では、商会に持ってこさせたら良いではないか。」
「オルゲーニ公爵御用達の商会が解らなくて。」
保存用の干し肉を酒に一晩漬けて、少しでも柔らかくしてから調理をしたが、ダンヒル子爵とエメの口には合わなかった。
「オルゲーニ公爵家なら、御用達商会は町はずれのK・R商会じゃない?」
「あそこか!最近他国のとても高いブランディーが入荷したらしいじゃないか。それも一緒に葉中してくれ。」
「かしこまりました。では、お掃除が済みましたら商会へ行って参ります。」
その後も食事を出す度にダンヒル子爵とエメは文句を言って居た。ナナは、二人の食事の後始末をしてから、食事を摂り公爵邸の中を掃除してからK・R商会へと向かって行った。
商会前に立つと、どれだけこの会社が儲かっているのかを示すように大きな造りとなっていた。今までこんな大きな商会へ来たことがないナナは、一瞬竦んでしまったが、拳を握って、一歩を踏み出した。
扉を開けて顔を覗かせながら、
「ごめん下さいませ。」
と小さく声を掛けた。普通であれば、誰も拾わないであろうその声を拾った若いエメ位の女の子が笑顔で迎え入れてくれた。
「いらっしゃいませ。何をご所望でしょうか。」
「私、主に頼まれて注文をお願いしに参りました。」
「左様でございますか。何をお届けいたしましょうか。」
ナナは必要なものを書き出した紙を店員へと渡した。
「お肉に、キャベツ、ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモ、トマト、卵・・・・本日中にお届けが出来る商品で御座いますね。どちらのお屋敷へお届けいたしましょうか?」
「ありがとうございます。では、オルゲーニ邸までお願い致します。」
女性が一瞬黙ってしまった。笑顔も先程の自然の柔らかい笑顔ではなく、引き攣った笑顔に変わっている。
商会を間違えたのかしら?ナナは不思議に思って聞くことにした。
「此方はオルゲーニ公爵家御用達の商会ではないのですか?」
「・・・・・そうでしたね。新しく入られた方ですか?」
「ええ、この度私の主が、オルゲーニ公爵様に輿入れなさることになり、付いて参りました。でも、食糧庫はほぼ空で。メニューに困ってしまって。主はお肉が食べたいと申しまして。あっ!忘れておりました。他国から入荷された最近話題のブランディーも発注を頼まれておりました。」
「まぁ。オルゲーニ公爵家は随分と羽振りがよろしくて。」
女性店員は引き攣った笑顔に怒りを滲ませた。
「まぁ仕方がありません。主様がうちのお嬢様にお子様をお作りになってしまうから。」
困惑の表情で応えるナナに女性店員は
「はぁ?子供?嘘でしょう!」
と怒鳴り出した。その勢いにナナはたじろぎながら
「でも、オルゲーニ様は公子のころからお嬢様と一緒にお暮しだったことは国で知らない人はいないくらいだと思いますよ。」
ナナは自分が嘘を言って居るとは思われたくはなかった。しかし、女性店員の怒りはそこではなかった。
(あのクズ。そこまでうちのお嬢様をこけにするのか。許すまじ!)
「そのうちベビー用品も注文させていただくと思います。それとも今日注文していった方が良いかしら?ベビーベットとベビー服とおむつも必要ですね。」
ナナは女性店員の顔を見ずに天井を見ながら赤ちゃんに必要な用品を思い出しては口にする。」
「そちらはまだ、よろしいのでは?お子様もどちらか解りませんし。」
「絶対に男の子ですわ。お嬢様の気持ちを汲み取って、宿ったお子様ですもの。公爵様とお嬢様の良いところを併せ持った素晴らしいお子様が誕生すると思うんです。私。」
ナナは子供を自分の中でイメージして頬を赤らめる。もう今から楽しみで仕方がないことが伺える。しかし、女性店員は冷気を発している。ナナは気が付かないが。
「とりあえずベビー用品は後という事で!食料は以上でよろしいでしょうか?」
「そうですわね。また参りますわ。では食料を先にお願いします。」
「お支払いはどのようになさいますか?」
支払いをどのようにと言われてもナナはオルゲーニ公爵家の代理で買い物に来たのは初めてで、過去がどのようにされていたのかは解からない。
「どうした。何かあったのか?」
奥から男性が出て来た。
「サントン様、こちらはオルゲーニ公爵家から、いらっしゃった新しい奥様付の方らしくて。食料品のご注文に。奥様は妊婦らしく。」
そこまで言うとサントンの顔が微妙に陰を纏った。
「それはおめでとうございます。ただ、オルゲーニ公爵家とは今は取引をしておりませんので、もし御入用の場合には現金払いのみとなります。」
「えっ。後程まとめてご請求ではありませんの?」
「無理ですよ。此処は元奥様の商会なのですから。まとめては出来ません。現金の身となります。」
「では、どちらの商会と今はお取引をされているのでしょうか?」
「わたくし共では存じ上げません。」
サントンは、冷たく言い放った。元奥様の商会で新しい奥方となるエメに係るものを調達するのもおかしな話だ。と考えたナナは商会を後にした。
ナナを見送ってからサントンは女性店員に
「塩を持って来い!塩をまいとけ!」
と強めの声で指示を出した。女性店員は力強く頷いて実行した。
気持ちはどうやら同じだったようだ。
商会で商品を調達出来なかったナナは、市場に近い商会で数日分の食料を注文した。オルゲーニ公爵家という名だけでその商会は請け負ってくれて、つけ払いになった。
公爵家へ帰るとダンヒル子爵にK・R商会で断られた事やほかの商会で注文をしたことを告げた。その為にブランディーが手に入らないことも。
「なんだと!俺は楽しみにしていたのに!」
父親の怒鳴り声をドアに耳をくっ付けて聞いていたエメは口角を上げて部屋へと乗り込んでいった。
「お父様!元奥方に請求をしましょう。」
「・・・・何を言って居るんだ?」
「なにって、私たちは元奥方によって精神的苦痛を味わったのですから、慰謝料の請求ですわ。K・R商会が現金ならというなら、頂いた現金を持って購入しに行けばいいのでしょう。」
エメの自信たっぷりの言葉にダンヒル子爵は乗ってしまった。
「そうだな。よし!善は急げだ!あの女の家に行くぞ! 馬車を用意しろ!」
「旦那様オルゲーニ公爵家の馬車はランドルフ様がご使用の為に今は馬車がありません。」
ダンヒル子爵とエメは顔を合わせて、眉間に皺を寄せた。そして外出の準備を終えると辻馬車に乗って、ケニア邸を目指した。
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