第23話 取調室から1

ルーベンスは、王宮内の取調室へと連れて行かれていた。お茶を出されて、ありがとうとメイドに笑顔で応えて、衛兵たちは、額に手を当てていた。


「それは、酔い覚ましの為に用意されたお茶ですよ。質問には、きちんと正常な状態で応えて欲しいので。」


お茶を出した意味が解っていないだろうと言う意味を込めて、説明をされた。


「そうなんだ。ありがとう。」


公爵家で躾をされて来たであろうルーベンスの人柄を醸し出した。しかし、本当に理解をしているのかという疑問は残る返答の仕方だった。


「先ず。ラビィ・ハント嬢の宝飾品からお尋ねします。ランドルフ・オルゲーニ小公子殿はラビィ・ハント嬢に証文を理解した上でお渡しになられました?」


「知らなかったよ。そもそもどうしてラビィが僕のサインを持っているのかが不思議だよね。」


動揺もせずに淡々と話すランドルフに衛兵は、困り始める。


「ランドルフ・オルゲーニ殿がサインをしなければ、存在しませんよね?サインを求められたことはございませんか?」


ランドルフは、天を仰ぎながら顎に人差し指を添えて思案し始めた。

頸を傾げながら、


「ラビィにサインを求められて。その時に書類がいっぱい在って、・・・エメにもサインしてって言われてサインをして・・・って言うことがあったかな?」


何故か最後が疑問符で終わっている。


「それですね。どんな状況だったか覚えていらっしゃいますぁ?ランドルフ・オルゲーニ殿。」


ランドルフは、眉根を寄せた。


「さっきから、ランドルフ・オルゲーニ殿って言っているけど、堅苦しくない?もっと砕けて行こうよ。ランドルフとか、ランドで良いよ。」


ランドルフは、笑顔を見せながらあどけなく応える。その物言いに困った衛兵は、首を横に振りながら、


「そう言う訳には参りません。これは、ご友人達との語らいではありません。事情聴取です。」

ランドルフは目に見えてシュンとする。

これから事情聴取を始めるという所で扉をノックする音がして、扉を開けると、宰相のガストが入って来た。その代わりに衛兵は外に出されてしまった。


「お久しぶりですね。ランドルフ殿。」


父親のマティスとガストは仲が良くガストが宰相になる前には良く公爵家にも遊びに来ていた。


「ガスト公爵様。お久しぶりで御座います。お元気でいらっしゃいますか?」


ガストは苦笑をしただけで、自分に対しての伺いの挨拶に対しての返答はしなかった。


「君には話をしておかなければいけないことが有ってね。」


ランドルフは、笑顔を浮かべて、何でしょうか。と短く応える。


「貴族がお金を使って経済を回すことはとても重要だけれどね。」

「はい。僕も友人達からそう教わってから、貴族の務めと思い貢献させて頂いております。」

「成程。では君は働いたことが有るのかな?」

「いいえ。領地経営は父マティスの仕事ですし、僕には出来る事はありませんから。」

「そのマティスは、君の結婚式の後から寝込んでいて、領地経営は行っていないよ。」

「では、代わりに家令のアンゲルが行っていたのでしょうね。」


何も知らなくて、自信満々に応えるランドルフがガストは哀れになって来た。


「家令が代わりに領地経営はしないよ。君の奥方が行っていたんだよ。じゃぁ君の愛人たちの買い物のお金はどこから出ていたんだろうね。」


愛人という言葉にランドルフは、首を傾げる。


「僕は、愛人なんて厭らしいものは作っていませんよ。エメもラビィも恋人ですよ。」


その言葉に、ガストは額に手を置いて溜息を吐く。


「君が独身であったならば、恋人で片付くが、奥方がいる身分では、愛人なんだよ。君の周りにいる友人たちは本当にろくでもない奴らばかりだな。」


初めて知った現実にランドルフは頭が回らない。

そこでさらにガストは言葉を募る。


「結婚式を境にマティスの具合は悪くなったが、原因は君だ。君の奥方は、国王ですら第二皇子の嫁に欲しいと願っていた人物で貴族たちは目を付けていた。それこそデビュタントを待っていたんだ。それなのに、君は・・・・花嫁のヴェールも上げることはしないで誓いのキスをしなかったことで、籍は入っていても、白い結婚を皆に示唆してしまった。お前のような醜女には手を出しません。と宣言をしてしまった。そんなことをされて、マティスの立場はどうなる。」


ランドルフは、自分の結婚式を思い出す。確か…エメに自分を大切に思うなら、kissはしないで欲しいと言われて実行したような。あれ?ラビィに言われたんだっけ?


それすらも記憶が曖昧になっていた。ただ、kissはしなかったことは覚えている年齢を聞いたら、十二歳と言っていたので、まだ少女の彼女にキスなんか出来ない。そう思ってヴェールを上げなかった。


「僕は奥さんになった少女がまだ可哀想で、キスをしなかっただけですよ。」

「君はそれで良いだろうね。でも実際にはそういった話ではないんだよ。醜い女。性格が悪い女。顔も見たくはない女。お前との結婚は誓うことが出来ない。それが一般的な反応だ。可哀想ならヴェールを上げて額や頬にキスをすれば良いだろう。何故それをしなかった?」


そう問われて、その時の事を必死に記憶の箱の中を開けて引っ張り出す。

彼女たちが望んだし、友人達も男気だとかカッコいいとか言ってくれた気がする。


「恋人達・・・。」


ランドルフがそう言うとガストはすかさず訂正をした。


「愛人たちだよ。」


そう人から言われると、社交界で噂になっていた伯爵や侯爵の中で愛人を囲っているという男性達を思い浮かべる。自分は友人達と一緒に彼らを笑っていなかったか?


愛人というものを侍らせている貴族は結構いた。しかし、本人の前では誰もかれもが、賞賛をするが、本人が居なくなると皆が蔑んでいた。よく考えれば、自分だって友人達とだらしがないと言っていた。でも、実は自分も友人達から笑われていた?

なんとなく周りの友人たちの目を思い出す。


「僕は・・・馬鹿にされていたのかな?」

「やっと気が付いたか。君の結婚式は、貴族が大聖堂に押しかけていただろう。それは君が結婚式で宣言をした通りに花嫁に誓いのキスをするかしないかで賭けの対象になっていたから、勝敗を見るために押しかけていたんだよ。花嫁の親族はどんな気持ちだっただろうね。」


今までエメやラビィの気持ちを考えることが有っても、花嫁の気持ちを考えた事なんか無かった。エメやラビにするなと言われたことをやらずにやって欲しいと言われたことはやって来た。


「結果、無理やり花嫁にされた伯爵家からは、恨まれて、親族からも侮蔑を受けたマティスに心労がなかったと思うか?披露宴にも出ないで花嫁を一人ぼっちで残した君はその後花嫁を顧みることが有ったのか?」


今回のデビュタントがなければ,その存在すらランドルフの中から消えていたのに顧みる事なんか無かった。


「僕って・・・最低じゃない?」

「うん。そうだよ。社交界では最低の男として有名で、デビュタントの子供を持った父親たちは君には近付けないように警戒をしていた位だからね。今の社交界ではランドルフ・オルゲーニ程馬鹿な男はいない。と言われている位だよ。」


ランドルフは衝撃を受けた。自分は父親のように清廉潔白な人物になりたいと思っていたのに現実は真逆を生きて来たのだ。

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