第22話 許さない

オルゲーニ邸は、医師とケニアがマティスの傍に付き添っていた。マティスの部屋は静寂に時が一秒進むごとの秒針の音のみが響いている。しかし、この部屋を出ると、外は騒然としていた。エメ・ダンヒルが使用人たちを広間に集めていた。その中には、ルーベンスとアンゲルの姿もあった。ヴィヴィをはじめとした、メイド達はエメの来ているドレスを見て顔色を変えた。ルーベンスとアンゲルは全く表情を変えなかった。今マティスの生死が掛かっているさなかに一人で乗り込んで来たエメの思惑を図っていた。


「これで全員かしら?」


エメの手には、封筒が握られていた。

ヴィヴィは、封筒も気になったが、それよりも、ケニアから盗んだドレスを着てここに来たエメを許すことが出来なかった。


「貴女は、坊ちゃまの愛人エメ嬢ですわね。この屋敷は今大変忙しく、こんな所に集まっている時間はないのですが。愛人の分際でよくもまぁ敷居が跨げたものです。」


エメは、片側だけ口角を上げて、声を張った。


「あら、いやだわ。私にそんな態度を取るなんて。これが目に入らないの?」


封筒から紙を抜き出して、見えるように掲げた。


「今この時より、重篤の公爵様に代わって本来はランドルフが指揮を執るものですが、今ランドルフは忙しいので、全権を私に委ねるというランドルフからの指示です。よって、今この時より私はお前たちの主人になりました。歯向かうものは、クビにするから。それで、先程の貴女なんでしたっけ?」


ヴィヴィに訂正を促すように、此処での権力者は自分出ると見せつけるようにエメは強気な態度をした。しかし、オルゲーニ公爵家の使用人は誰も屈しなかった。


「さぁ、時間がもったいないわ。皆仕事に戻って頂戴。」

ヴィヴィは、使用人達を仕事へと促した。

自分を蔑ろにするヴィヴィに対して、エメは顔を歪めて、怒鳴り出した。


「ちょっと!勝手に指示を出さないでよ!今この屋敷での最高責任者は私なのよ。」


使用人全員が、エメを睨め付けた。

今度は、執事長のサボが答えた。


「今このお屋敷で公爵様の次に指示が出せるのは、ランドルフ様では御座いません。奥様でいらっしゃいます。ですので、貴方がいくらランドルフ様の代理人だと申されても、誰も指示には従いませんよ。」


淡々と述べられたその言葉に、エメは眉間に濃い皺を作った。そして普段の愛らしい顔とは真逆の地獄からやって来た悪魔のような表情に低い声で告げた。


「なんなのよ。使えない使用人達ね。だったら、お前たちはクビよ!今すぐに出て行きなさい!」


先程、エメには何の権限もないと告げられたばかりだというのに、エメは、使用人全員の解雇を告げた。


「ようございます。此方から御免被りますわ。こんなバカ女の下でなんか、仕事する気はありません。此方から辞めさせて頂きます。48時間以内には、この屋敷から出て行きますが、その時間は自分で決めさせて頂きます。」


ヴィヴィの反撃に使用人全員が同意をした。アンゲルとルーベンスは、静観していた。


「ダメよ!今すぐに出て行きなさい!」


エメが先程よりも大きな声で怒鳴ると、静かに開いた扉から覗き込んだ人物が反論した。


「今、皆が去ってしまうと困ります。お義父様を温かい中でお見送りの準備をしたいのに勝手なことはなさらないでください。」


ケニアがしっかりとした口調で告げた。ヴィヴィとアンゲルに向かってケニアはゆっくりと首を横に振った。それを見た使用人たちは、声を殺しながら静かに目じりから雫を零していた。ヴィヴィは手を叩いて全員に事細かに指示を出して、サボも慌ただしく駆けて行った。エメはジロリとケニアに視線を移した。


(この女が、ランドルフの奥さん?)


ケニアは、エメを後回しにして、アンゲルとルーベンスに歩み寄り、今後の話を始めた。その態度に憤慨したエメは、ケニアに


「貴女がお飾りの奥さん?私エメ・ダンヒルよ。あなたのご主人であるランドルフ様からこの屋敷の全権を委ねられてやって来ましたの。いつ出て行って下さるの?」


先程まで使用人達を怒鳴り付けていた時とは違って、優しく問うものではあるが、棘はしっかりと存在していた。


「それは、これからこの者たちと相談の上で考えて行きます。」


あっさりと応えられて、エメは余計に腹が立った。自分を馬鹿にしてと。そして、この者たちとケニアが告げた相手を見てエメは、先程とは打って変わって微笑みを浮かべる。


「貴方は先程の使用人のように私に楯突かなかったわね。貴方は今後も此処で雇ってあげるわ。貴方の顔、キレイね。私の恋人に格上げしてあげても良いわ。」


アンゲルはルーベンスを横目で見て恐ろしいものを見たように震え出した。


「エメ・ダンヒル嬢。残念だけど僕はこの家の使用人ではなんですよ。だから、先程は何も言わなかったんです。」


エメは、ルーベンスに近づいて、不思議そうにルーベンスの顔をじっと見つめた。


「此処にいるのに、使用人じゃないの?だったら恋人として付き合ってあげるわよ。」


ルーベンスは微笑みを浮かべて、


「僕は、好きな女性がいるから、お断りします。」


と即答した。ケニアはエメとルーベンスを交互に見て、場違いな自分がちょっと居ず辛くなって、この場を去ることにした。

「それでは、お願いしますね。私はお義父様のところへ行きますので。」


ケニアが部屋を出て行くと、エメはルーベンスに外に出されてしまった。

ルーベンスの綺麗な顔は、ランドルフの比ではなかった。彼は恋人だったら自慢が出来るわ。ランドルフには、愛人がいて当たり前を教えて来たから、ランドルフと結婚をしても、私が愛人を作ってもランドルフは、怒ったりしないもの。使用人を追い出した後に彼をゲットしてやるわ。エメは新たな野望を胸に秘めた。

ドアから廊下に目線を移すと、先程エメに反発をしたメイドとケニアが話をしているところが目に入った。場所は、玄関前に大きく作られている階段前。階段は大理石で出来ている。


(あの女をあそこから突き落としたら、邪魔者は消えるんじゃない?)


メイドがケニアとの話を終えて歩き出すのを見て、エメは早歩きでケニアに近づいた。人が来る気配を感じ取ったケニアはエメの方に体を向けた。その瞬間エメは駆け出して、こちらに身体を向けているケニアの胸を両手で突き飛ばした。その瞬間ケニアの体は宙を舞って、階段途中から頭を階段側に勢い良く滑り落ちて行った。鈍い音が階段に響いたのでヴィヴィが振り返ると滑り落ちて行くケニアを見て悲鳴を上げた。その悲鳴を聞いて、ルーベンスとアンゲルが先程の部屋から出て来て、ヴィヴィが見ている階段下へと視線を向けると、頭の下に血溜りを作って意識を失っているケニアを見て


「ケニアー!」


と叫びながら、駆け寄った。アンゲルは、私設騎士を呼びに行かせて、その間エメを拘束し

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