第4話 働かざる者食うべからず

公爵家に着くと、マティスにエスコートされて馬車から降りた。

目の前に聳える屋敷を見て感嘆を漏らす。


「維持費が大変そう。」


お金の心配をしていた。その言葉を拾ったマティスは大笑いした。


「維持費が大変そうとは、初めて言われたよ。今日からは此処がケニアの家だよ。」


「ありがとうございます。お義父様。あのぉ一番小さい部屋を間借りしてもよろしいでしょうか?」


間借り?マティスはケニアが言っている意味が解らなかった。

マティスの表情で何かを察したケニアは、


「部屋が広いとお掃除が大変ですし、私は婚約したわけでも結婚をしたわけではなく、候補の一人ですから。まだ婚約の契約書すら結んでおりませんので。」


「いや、ケニアには必ずランドルフの嫁になって貰うよ。候補ではないよ。」


そうですよね。とケニアが小さく呟いたが、マティスはその言葉を拾っていた。

ケニア以外にあんな息子の嫁になる人なんか、ごく潰し位しか居ない。それこそ私が生きているうちに没落まっしぐらだ。冗談じゃない!

ランドルフに婚約者が出来たというだけでも、ごく潰しがランドルフを言い包めて婚姻届けを出してしまったら。考えると恐ろしい想像ばかりしてしまう。


ダメだ!籍だけでも早めに入れてしまおう。


不用意な同意にマティスが極論に達してしまった事をケニアは知る由もなかった。


ケニアが連れて行かれた部屋は豪奢な客間だった。数日のうちには可愛い部屋を整えると言われたが、余りの広さに慄いて、侍女長達に涙ながらに訴えて、得た部屋は、メイド達の相部屋だった。そこはまだ子供だったせいか、一人は怖いと皆との同室を希望した。

同室のメイドたちは、初めは困惑していたが、話をしていく内に打ち解けて、仲良く就寝した。翌朝は、メイド達がケニアのベッドを覗くと居なかったので、ヴィヴィ辺りが、客間に寝静まってから移動したものだと思っていた。着替えて廊下を歩いていると、小さなメイド服を着ているというよりも服に着られています。というメイドが視界に入った、通り過ぎてから、二度見をすると、


「おはようございます。良い朝ですね。」


とケニアが窓ガラスを拭いていた。


「何をなさっていらっしゃるんですか!」


メイド達が、驚きの余り時間も忘れて叫んでしまった。


「何って….お仕事ですよ。働かざる者食うべからずです。働いた後のご飯は美味しいですよね。」


十二歳の少女がまぶしい笑顔を、向けてくる。

余りの眩しさに目を眇めて居ると、バタバタと足音が聞こえて来る。


「ねぇ!誰が芋の皮むきしたの?」

「パンが発酵終わっているんだけど誰がやったの?」

「玄関の掃除誰がやったの?」


メイド達が鼻を突き合わせて、探していると


「何か、間違ったやり方をしていましたか?嬉しくて調子に乗って自分勝手にやってしまいました。ごめんなさい。」


と泣き入りそうな、か弱い声が聞こえて来た。


「何をしているのですか。早く仕事に取り掛かりなさい。」


後方からの声にメイド達は振り返りその人物を確認する。


「おはようございます。ヴィヴィ様。」


メイド達が一斉に腰を折る。その先には、昨日侍女長だと紹介をされた女性が立っていた。

ヴィヴィ様と仰るのね。この時に初めて侍女長の名前をケニアは知った。


「お嬢様。その恰好はどうなさいましたか?」


ヴィヴィの低く威圧的な声が廊下に響く。


「あ、すみません。家では働かざる者食うべからずだったので、みんなと朝から働いていたので、こちらでは、ご厄介になるので、皆さんよりも働かなきゃと思ったのですが。勝手が違うようで…間違えてしまっていたようです。申し訳ありません。」


ケニアは腰を折って頭を膝に付ける勢いで下げた。


「ち、違うんですよ。色々とやらなければいけない事が、大体終わっておりまして…・」

「しかも、完璧です。」

「まさか、十二歳のお嬢様がされたなんて思えなくて…。」


侍女長はメイド達からの説明を受けると、ケニアに歩み寄った。何を言われるのだろうと身構えたが、頭を撫でて


「何時に起床をされたのでしょうか?」


と問うた。


「多分三時ごろだと思うわ。まだ日が上がっていなかったし真っ暗だったもの。」


メイド達は一同驚愕した。自分たちはまだ夢の世界に居た時に子のお嬢様は働いていたのか。と。


「お嬢様無理をする必要はありませんよ。お嬢様はこの屋敷の女主人なられるお方です。メイド達にはメイド達の仕事が御座います。お嬢様もメイドの仕事まで完ぺきに熟していては、疲れて熱が出てしまいますよ。」


「領地に比べると少し楽をしているような気がするの。山羊の乳絞りがないし、畑の収穫も免除されているし。しかも私はお客様じゃないわ。働かないとご飯が食べられないわ。」


メイド達は一斉に心の中で思った。


(此処は王都だから、山羊もいないし、畑の収穫もありませんから。)


侍女長は否定をせず、腰をかがめて目心線を同じ位置に合わせて、


「お嬢様の考え方は素晴らしいと思います。本来は許されることではありませんが。では、メイド達と分担をして無理をしない程度にお仕事をされて下さいませ。」


ケニアは喜んで、はい。と返事をして、メイド達にこれからは、仕事を振って欲しいとお願いをした。メイド達は


(なんて良い子なの。一生守ってあげるからね。坊ちゃまの毒牙から。)


と心に誓った。


朝食を広いダイニングでマティスと二人だけで座って摂った。

マティスからブランチの後に領地経営や投資の授業をすると言われて、目に見えて喜ぶケニアに公爵家全員が、


(坊ちゃまのせいでごめんなさい。)


と深く心の中で謝罪をした。


朝食が終わると、マティスは執務室へ赴き、アンゲルと未成年ではあるが婚姻を結ぶ方法を画策し始めた。あんな働き者の嫁なんか二度とお目にかかる事は出来ないであろう。この機会を逃すものかと1分1秒も惜しみ画策した。その甲斐があり、その日の夕方には、王家から特別措置として許しが出た。

アンゲルとマティスの脅しによって得た勝利である。


「後はカナガン伯爵の許しのサインを貰うだけだが…」


一昨日の自分がやってしまった所業を見る限り、簡単にはサインをして貰える気が全くしない。一歩間違えれば、誘拐とも捉われないやりかただった。


「誠意を見せなければ・・・まずいよな。」

「そうですね。」


二人は、深いため息を吐いた。


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