第3話 この子が欲しい2
馬車からオルゲーニ公爵が下りてくると、ケニアはカテーシを取り、伯爵は胸に手を当てて腰を折った。
マティスは、手でその行動を制して笑顔を見せた。
「急な訪問を受け入れてくれて心より感謝をするよ。カナガン伯爵。」
勿体ないお言葉です。と額から汗を流しながら応える伯爵は緊張が表に出ていた。
「公爵様。此の度はお越し下さり、恐悦至極でございます。わたくしのような者の持て成しなので、公爵様におかれましては、拙く思われる事もあるかと思いますが、ご容赦くださいませ。」
「ほう。貴女が用意をしてくださったのか。それは楽しみだ。おや、いかんな。私は接待を受けに来たわけではなかった。今日はよろしく頼むよ。」
はい。と屈託のない笑顔にマティスも釣られて笑顔になってしまった。
応接室に着くと、テーブルにはお茶の用意がされていたが、壁際にはネックレスや指輪イヤリングと云う装飾品が綺麗に歩いて見られるように並べられていた。
見栄を張る貴族は応接室にここぞとばかりに、骨董品やら獣の剝製やらを置きたがるが、カナガン伯爵の応接室は質素ではあるが、その分交渉するための商品が見易くなって居た。
「この石は初めて見る石だね。」
公爵の言葉に伯爵が答える
「この石は、我が領地の山岳から最近新たに採れた石でございます。光の当たり具合によって色が変わります。他にはない石でございます。隣はサファイアにございます。こちらの色は他と比べて深い藍色となっております。」
順に石とデザインの説明をしていき、最後のテーブルには細かい宝石が置かれていた。
「この石は何だね。」
「それは、ドレスに縫い付けるように小さな穴を開けてある石です。夜会や舞踏会に行かれる令嬢たちのドレスが光を浴びてその光に医師が反射したらすごく綺麗だって聞いたんですの。だから、カットにも拘りましたのよ。」
父親に代わりケニアがうっとりとしながら説明をした。その表情が堪らなく愛らしいので皆が笑顔になる。
「では、貴女もデビュタントでは、そういったドレスを着るのかな?」
すると、途端にケニアの表情は陰りのある笑顔が浮かぶ。
「私は、領地にいますから。デビュタントには不参加ですから、着ることはありませんわ。閣下。」
その表情にマティスは胸が締め付けられる気持ちになった。
「どうして領地にいるんだい?一生に一度だろう。」
「うちの領地は大きくはありません。だから、何かあった時には領民と私たちは共倒れになります。一時の為にそんな豪奢なドレスを着る身分ではないんですよ。ドレスにお金をかけるなら、私は領民の為に違うことをしたいです。そのお金を生きたお金にしたいんです。ドレスや髪飾りにかけてしまうのは、私は死んだお金の使い方だと思ってしまうんです。」
昔ランドルフは、領民の為に質素倹約と言っていたが、トーニアと馬鹿な友人たちによって、真逆に変わってしまった。この少女もそうなるかも知れない。
「ご友人たちに男性たちとの交流会に誘われたらそういった考え方も変わるんじゃないかい?」
少し意地悪な物言いをした。しかし、ケニアは
「領民を顧みないで男性達との時間にお金を使ったり、見栄を張ったりすることは愚かです。そして、それらを私に推奨する人たちは友人ではありません。その時点でご縁は切らせて頂きます。もし、そんな時間があるならば、私は…投資を学んでみたいと思います。先生がいないのですけどね。」
ケニアは苦笑した表情を浮かべたが、それは卑屈な感じではなかった。
この少女は、友人達や男性によって意見を変えることはない。しっかりとした子だ。この子を他に渡すには勿体ない。一番勿体ないのは息子の伴侶となる事かも知れないが、自分が生きているうちにランドルフを変えれば良い。この少女となら出来る気がする。
マティスは確信を持った。
「この宝飾品を家の商会で扱わせて頂きたい。今回はカナガン伯爵の言い値で構わない。ただし、頼みがある。」
伯爵は、虚を突かれ呆然としていた。やっと出た言葉が、
「私どもに出来ることでしたら。」
これは正にマティスが待ち望んだ言葉だった。
「そちらの令嬢を我が家の息子の嫁に是非とも頂きたい。嫁に来てくれるのであれば、令嬢には私が、投資などを教えてあげよう。」
伯爵は、言葉に詰まった。何故なら、遠い領地アフィトに居ても公爵の一人息子ランドルフの噂は聞こえていた。そんな女にダラシがない男の元に嫁にやりたい親なんかいない。幾ら公爵の頼みでも聞ける話と聞けない話がある。
しかし、ケニアは親の心を考えずに即決してしまった。
「私、喜んでお嫁に参ります。」
カナガン伯爵家は、使用人達の甲高い悲鳴の後、一気にお通夜のように静まり返った。
その様子にマティスは悟った。此処にいる者たちはランドルフの行いを知っている。と。
伯爵にも歓迎をして貰わないと、後々に遺恨を残すことになってしまう。マティスが口を開こうとしたときにケニアが先に言葉を放った。
「大丈夫ですよ。お父様だって、あの有名なランドルフ・オルゲーニ様でしょ。結婚後数年したら、私帰ってくるわよ。だってこれだけ浮名を流した人が片田舎の娘なんかに目もくれないわ。白い結婚って、教会が認めてくれたら離婚出来るんですってよ。ポーニャが言っていたわ。しかも、戸籍には傷がつかないらしいわ。」
ケニアが紡ぐ言葉にはかなりの破壊力があり、全員が青い顔色になった。勿論マティスも。
「十二歳の子供にまでこんな風に言われる位になってしまったのか。」
小さく呟きながら、マティスは項垂れた。そしてその呟きは誰の耳にも届かなかった。
「それで、私は十四歳になったら嫁いだらよろしいのでしょうか?」
ケニアの中ではみんなが黙ったことで、了承と見做してしまったらしい。カナガン伯爵が正気に戻る前に畳みかけてしまわなければ、もうランドルフは普通の令嬢と結婚をすることは叶わないと悟ったマティスは早かった。
「貴女が良ければ、早々に我が家に花嫁修業に来てはくれまいか?」
「そうですか。では、すぐに用意をして来ますね。」
ケニアは、応接室を出て行くとすぐにバックを持ってやって来た。
「まだ、到着したばかりで荷解きしておりませんでしたの。では公爵様参りましょう。あ、これからは、私の事は貴女ではなく、ケニアとお呼びくださいませ。」
「そうかでは、ケニア私の事は、お義父様と呼んで欲しい。」
「解りましたわ。お義父様。」
現実を受け止め切れないカナガン伯爵や使用人たちをそのままにケニアはあっという間にマティスと馬車に乗り公爵家へと行ってしまった。
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