動画撮影——②

「ね、サクラ」


「...ハイ」


先ほどまで胸を張っていたサクラだが、その影が見えなくなるほど縮こまっていた。


「ここが伊織の部屋なの?」


「...ハイ」


腕を組み、仁王立ちでサクラの前に立つみのりは、さながら子供に説教をする母親の様だ。


「随分と綺麗な部屋なんだね」


「...掃除頑張りました」


「家具も掃除したんだ」


伊織の部屋だと言って移動した先に待っていた景色は、全体的に白を基調にした部屋。残念ながらこれ以上他に特筆できるものは置かれていない。正真正銘、ただの部屋である。


「す、すごく綺麗で広いお部屋が貰えるんですね!」


「ん、何もないから反響も綺麗だね」


 動画を撮影するにあたり気を付けないといけないことは多々あるのだが、その中には音の反響も含まれる。後に編集で付け加えるエフェクトのエコーとは異なり、自然に発生する反響はとても耳に違和感を覚えさせるのだ。

通常だと家具を設置することで音を吸収してもらうことが多いのだが、それでもモニターからなどの反響が気になるクリエイターは吸音材を壁に貼っている事もあるぐらい重要な問題なのである。


「だって昨日の今日で届く家具なんて聞いたことないですもん」


「ぼ、僕、床でも作業できますよ!」


「伊織、無理しなくていいよ」


家具が一つもない部屋に三人、さながら新居の内見に来ているようだ。


「物は後から揃えていくとして、伊織の仕事はどうするの?」


「伊織さんのPCが届くまでは、私が余らせているサブPCを使ってもらう形に成りますかね。デスクとかの家具は...どうしましょう」


「注文したんじゃないの?」


「まだ発注かけてないんですよ、だって使うのは私じゃなくて伊織さんなので、私の主観で選ぶのはちょっと」


「ん、賢明な判断。サクラが選ぶとピンク一色になる」


「さすがにそんな事にはなりませんよ!白とピンクです」


先ほど紹介したサクラの部屋を思い返してみると、確かにできる限り白とピンクで纏まっており、清潔感と女性的な可愛らしさが良く映えていたのが印象に強い。


「私の環境と同じように構築してもいいんですけど、伊織さんの意見を聞かないことになりますし、下手に騒がれても面倒ですからねぇ....」


 同じデバイスや環境で揃えることはカップル系のストリーマーに多く見受けらえる印象がある。同じ環境だと設定を同じにしておけば良かったりとメリットはそれなりに多いが、やはり異性となるとカップル系のそれと噂立てられることも少なくないのだ。


「じ、実は僕、あまりデスク周りには詳しくないんですよね」


伊織がポロリと溢した言葉にサクラはそれだ!と言う幻聴が聞こえるレベルで食いついた。


「それじゃあこうしましょう!この動画のコメント欄でオススメのデスクアイテムを募集します!SNSの公式アカウントにも募集箱を設置しておくので皆さんのオススメアイテムを教えてください!」


「ん。一から決めるのは大変。だからリスナーに頼る」


「...あってますけど、言い方どうにかなりません?」


その後、家具を決めるに必要な部屋の広さなどの情報と、全てを採用することはできないので寄せられたコメントから選ぶということを伝えて動画は締めに入る。


 ルームツアーと名付けておきながら紹介したのはサクラのデスク周りが殆どなので本来ならデスクツアーに改めるべきと思うが、文字通りに伊織の”部屋”も紹介したのであながち間違っていないのだろう。


「はい、と言うことで今回の動画は以上になります!次回は多分完成された伊織さんの部屋紹介になるのかな?」


「ん、私も良さげな物があったら買ってみる」


「動画の締めは伊織さんにお願いしましょうか」


「ええ!?」


「ん、それがいい。私喋るの得意じゃない」


 基本はカメラに向かって話すのだが、初出演で締めの挨拶を任せられるとは露も思っていなかった伊織は、衝動的にサクラの方へ振り向く。


「え、ええっと...改めまして、新人マネージャーの伊織です。まだまだな箇所は多々あると思いますが、精一杯メンバーの皆さんを支えていきたいと思います!応援のほどよろしくお願いします!」


さっきの反動で取れかかった仮面を抑えながらカメラに分かりやすくお辞儀をする。


「ん、いい言葉が聞けた」


「ふふ、最後までご視聴いただきありがとうございました!」


サクラが締めの文言を口にすると伊織は気が付いたのか口を小さく開けた。


「チャンネル登録と高評価もよろしく」


ニヤリとした笑みを浮かべたみのりがサクラの言葉につづける。


「つ、次の動画に出れたらまた会いましょう!」


負けじと言葉を繋げた伊織を挟む二人はにこやかな表情でまたねと言いながら手を振った。


サクラがもう一度カメラのシャッターを切るとRECを知らせる赤いランプが静かに消えた。


こうして伊織の初仕事はなんとか終わったのである。




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また更新が空いてしまい申し訳ございません!

ようやく今年にやるべき課題が片付いたので更新再開です。


また今週中に更新する予定ですので、楽しみにしていただけると幸いです。


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