動画撮影——①

「あ、あー、マイクテストー」


ピンマイクをつけて音の確認、動画撮影の最終チェックだ。


「ん、全部音拾えてる」


音の強弱を示す表示が元気に3本とも伸び縮みしているのをしっかりと確認すれば、撮影準備完了だ。


「前回みたいな無音動画は勘弁ですからね」


「あはは…」


動画を撮ったことがある者なら一度は経験する音声トラブル。例に漏れず伊織にも経験があり、それを思い出して苦い笑みを浮かべた。


「二人とも準備はいいですか?」


「はい!」


「ん」


◇◇◇


「はい、どうも皆さんこんにちは!カロンのサクラです!」


「朝っぱらから叩き起こされたみのりです」


「連絡したのは昨日ですよ?」


「そうだっけ?」


 ちょっとした雑談を交えたあいさつから動画が始まる、最初から本題に入ることが望ましいところだが、尺の問題や視聴者が追いつけなかったりするので、最初は自分達の助走も兼ねてこのスタイルにしている。


「早速ですが、本日の動画は、“新人マネージャーとルームツアー”!」


「そのマネージャーがいないんだけど」


テンションを上げて手を叩くサクラに冷静にツッコミを入れるみのり。


「そうでした、伊織さん!こっちですよ〜」


手招きを合図に伊織はカメラの前に姿を現す。

 まだ初出演と言うこともあって、一旦は顔出ししないということになっているので狐の仮面を被っての出演となる。


「えっと、新人の伊織です。よろしくお願いします!」


軽く腰を曲げて礼をする。あまり大きく礼をしてしまうとカメラに映りづらいし、影が大きくできてしまうのでその配慮だ。


「ん、よろしく。てか、なんでこの時期に新人?」


「ふっふっふ、やっぱりそこが気になるますか!」


みのりが視聴者の疑問を代弁するように質問をするに対して、サクラはなぜか得意げな表情を見せる。


「実は伊織さん、元は某プロゲーマーチームのマネージャーさんだったんですが……」


「ん、わかった。警察行こっか」


みのりが目を伏せてポンポンとサクラの背を叩く。


「なんでですか!?」


「攫って来たんでしょ?」


「違いますー!」


「以前お会いした時に見た時の手腕の高さに感心して」


「誘拐したと」


「ヘッドハンティングですぅ!」


配信でも度々起きるサクラ弄り。ややあってそれが治ると、ちょっと満足げなみのりと少し疲れたサクラの出来上がりだ。


「そ、それじゃあ、早速ルームツアーやっていきましょう!」



ここで一旦メインカメラのRECを止める。ここからは手持ち撮影に切り替えるためだ。

 先ほどまでの一眼レフカメラは画質がいい代わりに本体重量が片手で持てないほど重い。なので重量の軽いハンディカメラに切り替えるのだ。


カメラを切り替えると同時に部屋も移動する。移動した先は勿論サクラの部屋だ。


「まず最初はやっぱりここ、私の部屋です!」


「クローゼット開けていい?」


「だめです」


当たり前のようにクローゼットを開けようとするみのりを軽く制しながら部屋紹介は続く。


「まずはPCデスクですね、デスクはコメットさんのBK00UDという物で、奥行き50幅120センチのものを使っています。昇降機能は…正直使ってないです」


「ん、下手に意識高い人を真似すると宝の持ち腐れになる」


「い、いちいち刺さること言ってきますねぇ…本当だから言い返せませんけど!」


「続いてモニターはベルさんの27インチを3枚使ってます。そしてキーボードとマウスはWalküreさんのトリプルゼットシリーズを使ってます。私が求めるもの全部出してくれるんですが、デザインが無骨すぎるのがちょっと残念です」


順調にデスク紹介を続けていく。自分の使っているデバイスの長所と短所を簡単に言いながらテンポ良く進めていく。

 ゲーム配信をしている人なら高確率で聞かれる質問に的確に答えていくサクラ。みのりも自分と同じデバイスがあれば同調したり、別の不満点を言ったりしていた。


「因みに、PCのスペックは言うと長くなるのでこの辺に載せておきますね〜」


そう言ったサクラは空中を指差す。これは後から編集で表示させるための位置どりとなる。


「だいたいこんな感じですかね〜念のために言っておくと、ゲームや作業をするときにこの部屋を使っていて、寝る時やプライベートはこことは別にありますからね?」


「じゃあ次はそこを見に行こ」


早速と言わんばかりに扉のほうに向かうみのりだが、サクラの行かせないという強い意志でその肩をガッシリと掴んでそれを阻止する。


「なんでさ」


「プライベートだって言ってるでしょう!」


「みんなはそう言うところを期待しているんじゃない?」


「そ、そうかもしれないですけど…」


「ん、じゃあこうしよう。この動画の高評価が10万超えたら続編的な感じで公開!」


 何か秘密があるような様子を見せるサクラにズイズイと公開を迫る。

普段と変わらない表情でいるみのりだが、その背中はいつも以上に活き活きとしている気がする。


「まあいいでしょう!ただし、公開から3日間以内に高評価が10万を超えたら未公開の部屋をお見せしましょう」


 尺の問題で今回紹介しなかった分を何本かの動画に分けて公開することはよくあることだ。こうやって優先度があまり高くなかったものを高評価に応じて公開すると言うのは、今後の動画制作にも影響するので広く使われる手段だったりする。


「伊織、黙っちゃてるけど大丈夫?」


「あ、なんて言うかその〜…女性の部屋に入るって言うことは今回が初めてで…」


「伊織、顔赤くなってる」


「え、えっと…」


「前々から思っていましたけど伊織さんって可愛いですよね」


「ふぇ!?」


可愛いと言われた瞬間伊織は口元を手の甲で隠しながら後ずさる。


「今見ている皆さんには分かりづらいと思うんですが、伊織さんって可愛いんですよ」


「どう言うことですか!?」


「同意、以前現場で一緒になったときにちょこまか働いてて可愛かった」


みのりは袖を余らせた腕を組み同意する。


「み、みのりさん?それ褒めてます?」


「褒めてる。だってあの場の誰よりも働いてた」


新しい記憶の中に褒められたものは少ない伊織はどう反応していいか分からず、耳も少し赤くしながら視線を泳がせた。


「……ぅ」


「ん、可愛い」


何も言えなくなってしまった伊織をみのりは余らせた袖から手を出して撫でる。


少しして、これ以上してしまうと収集がつかなくなることを予感したサクラが話を戻した。


「それじゃあ次の部屋にいきましょうか」


「!そうですね!次はどこにいくんですか?」


「気になりますか?だって次は伊織さんが主役ですからね〜!」


自分が主役と言われてもあまりピンときていない様子の伊織。それをみのりがニヤニヤと眺める。


「次の部屋は伊織のだよ」


「え!?部屋がもらえるんですか!?」


「マネージャーとしての作業をしてもらいますからね、作業部屋です!」


テンションを上げてづいづいと次の部屋に伊織を押すサクラ。しかしその眉が一瞬寄ったことをみのりは見逃さなかった。


「……ま、後で聞かせてもらお」


そんなことを思いつつも、目を輝かせながら伊織を引きづるサクラを追いかけるのだった。


ーーーーー

大変長らくお待たせしました。

自分で決めた更新頻度を守れず申し訳ございません。

なるべく更新できるようにします……

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