終わりの始まり——①

 伊織が【カロン】での初仕事を終えた頃、【祝い酒】では何かが軋む音が響き始めた。

チーム唯一のマネージャーが消えて一週間弱。逆に良く持った方だと言えるだろう。


「おい!明日の打ち合わせ用の動画どうなってるんだ!」


「リーダーがやるって言ってたじゃねえっスか!」

 

 部屋全体が薄暗く、満遍なく服やらが散乱している。人が歩いているであろう痕跡が辛うじて床を晒している。

そんな中足音と共にイラつく声を発していた。


「うるっせぇよ!!静かにしやがれ!音が乗るだろうが!」


をれっとは相も変わらず乱雑に扉を開けて更なる怒号を投げつける。


「うるさいのはお前だをれっと。お前らももう少し落ち着きを取り戻せ」


タブレットを片手にこめかみを押さえる一号の顔には分かりやすく疲れの色が浮いて見える。ヨルとをれっとの怒号に挟まれれば、自然とこめかみに手をやりたくなるのだろう。


「なんでこんなことになってるんだ!」


分かりやすくイラつきを露わにヨルは毒を吐く。


「一週間ほど前からスケジュールが更新されてないからっスね」


「今まで自動更新されてただろうが!」


怒りを露わにする面々とは裏腹にaceは淡々と澄ました表情で言葉を投げる。


「あ゛?バグか?」


実のところ、そのツールは自動化を行うことができず、完全に手動で行わなければならないのだが...そのことを知るのはまだ当分先だろう。


「原因は伊織だろうな」


毎度言葉足らずにものを言う一号が正しくも間違っている指摘を溢した。


「あのクソガキを口にするんじゃねぇ!」


チームの中で最も伊織に対する嫌悪感が強いをれっとが先ほどよりも刺さる角度で、先ほどと変わらぬ声量で言った。


「それはすまない。ああ、俺はこれから打ち合わせがあるので失礼する」


をれっとの声をさらりと受け流し一号は抜けるようにその場を後にする。


「ああ、そうだ!そういうことか!」


ワンテンポ遅れて反応したヨルは拳で掌を叩いた。


「あいつだ!あいつが外から操作しているんだ!」


 確かに伊織は【祝い酒】で使用されているツール類の殆どのログインIDとパスワードを知っている。しかし、それについてのデータが入ったPCはヨル自らが破壊している。仮に記憶していても、関わりを絶ちたい伊織からすると無用の長物どころか災いの元なので、関連アカウントから作り直している。それに付け加えると、伊織の性格的にもあり得ない話だ。


「あ、あー…、なるほどっス」


微妙な表情が隠せていないaceは半分呆れつつもヨルに合わせて返事を返す。


「原因が分かったならやることは一つだ!」


「どうするんスか?」


「全端末ログアウトだ!」


 SNS等でよく見かける被害の中にはアカウントの乗っ取りと言うものがある。自分ではない第三者にアカウントを使われているときの対策として、全端末からログアウトというものがある。書いて字のごとくで、そのアカウントへログインしている全ての端末から強制ログアウトさせ、パスワードを変更するというものだ。


「あいつは俺たちのアカウントも全部知っているから、本当に全部のアカウントのパスワードを変える」


「わかったス。それじゃあ、他のメンバーにもそう伝えておくっス」


そう言って行動に移ろうとしているaceに待ったをかけた。


「それは俺がやっておく。俺が一括管理した方が効率が良いしな」


「そ、それはちょっとどうかと思うんスけど...」


 確かに企業や事務所に所属している人は万が一に備えてマネージャーや運営陣にSNSのパスワードを共有している場合がある。


 しかし、それは本人が設定した後に報告するものであって、運営側から決められる事は基本的にありえないのだ。


「俺はリーダーだぞ?従ってもらう」


会話がうまく成立していないことを補うように権力でゴリ押すヨルの姿に呆気に取られたaceは、了解した旨を伝えるとその場から離れた。


その後ろ姿はまるで両手を軽く上げ、呆れているように見えたのは気のせいではないだろう。


反対する者が居なくなった事に口角を上げたヨルは本格的な崩壊を招くトリガーを引くのだった。



 あれから少し経った頃、別室にてaceは打ち合わせに励んでいた。


「申し訳ないのですが、納品の延期をお願いしたいのですが...」


「またですか?これで3回目ですよ?」


「機材がまだ届がなくてですね...」


伊織がいた頃に請け負っていた案件動画についての打ち合わせだ。

 ヨルが殴った伊織のPCから回収したハードディスクは破損してしまっていた。つまりはこれまで使用していた動画素材やプリセットが全て失われたのだ。

 

今まで伊織に任せっきりだった事もあって、編集スキルは初心者に毛が生えた程度。以前の動画と同じクオリティなんてものは作れるはずがない。


技量が違えばスピードも違う。並行して行われていた案件のどれもが頭打ちとなり、現在何とか納期を伸ばせないかと頭を下げ回っている状態だ。


「どの機材ですか?何でしたらお貸ししますよ?」


呆れと苛立ちが感じられる声音がスピーカーから聞こえて来る。


「えっと、それはですね....」


変なプライドが邪魔をして「機材トラブル」と言い訳してしまったことがここにきて弊害となっている。


なによりも、今までの延長の仕方が一日二日単位だった事もあり、印象は最悪一歩手前と言えるだろう。


「答えれないですか...はぁ、最後に一つお聞きしますね。以前まで担当してくださっていた伊織さんはどうされたのですか?」


話題が逸れたのを好機と見たのか、妙に声が元気になった。


「アイツは一週間程前にクビになっていますよ」


「...理由をお聞きしても?」


「リーダーやメンバーへの悪態、勤務態度といったところでしょうか?リーダー曰く「無能を切り捨てた」と」


「あれほどの方が無能とおっしゃるのですか!?そ、そうですか、」


相手側は驚きの声を上げた後、この話に終止符を打った。


「申し訳ないのですが、依頼の続行は困難であると判断させていただきます。契約通り、今回送らせていただいた製品は一週間以内に返送をお願いします」


「ちょ、ちょっと待って下さいよ!」


抗議をしてみるも結果は変わらず、また一つ案件が消えてしまった。


会議ツールに表示されている名前が自分だけになっているのを見て溜息をつき、肩が下がる。


時間を見てみれば次の打ち合せが迫っている事に気づき、次はどうにかなるよう願いながら会議ツールを切り替えるのだった。



ーーーー

皆さんあけましておめでとうございます。

新年早々投稿遅れて申し訳ございません。

本年も面白いお話をお届けできるよう頑張りますので応援のほどよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る