タッグイベント——②
あれからは完全別行動となった。他のマネージャーさんたちへの挨拶も終わり、僕はスタートの瞬間から盛り上がりを見せる大会をいつもと同じように、特別に設置された関係者席で眺めている。
マネージャー始めたての頃はこの席に着くと眉間にしわを寄せられたけど、最近だとそれは大分減った。一人前とは口が裂けても言えないけど、半人前からは少しずつ脱却できているのかな?
「大丈夫ですか?」
隣の席に座っていた【カロン】のマネージャーから声を掛けられた。
「急に声を掛けてすみません。さっきから体を揺らしていらしたので、それに顔色も少し悪く見えますよ?」
「そ、そんなにですか?」
「ええ、ひょっとしてあまり寝れていないのでは?」
「お恥ずかしながら...実はそうでして」
照れ隠しに笑うとそのマネージャーはとある提案をしてきた。
「対戦表だと後半にマッチがあるはずですよね...少し寝ますか?試合が近くになったら起こしますから」
「いえ...さすがにお世話になるわけには...」
「そうですか?なら、その気になったら言ってくださいね」
そんな話をしているうちに会場がさらに大きな盛り上がりを見せる。どうやら試合が始まったようだ。
会場には大きなモニターがいくつか設置されており、そこに各選手の視点が実況者の裁量で映し出されることになっている。
『すばらしい!綺麗にグレネードが刺さった!そのあと迅速に突入!第一ラウンドは2-0で決着となりました!』
『いや~これは突入するタイミングが絶妙でしたね。二人ともしっかり頭に弾を当てています。しっかりと練習を重ねたことがここで生きていますね』
実況者と解説が先ほどの戦闘シーンを振り返る。
この辺りは他のスポーツでも一緒だろう。
戦闘が終わった瞬間の観客たちの盛り上がりも凄まじい。まだ初戦なのにこれだけ盛り上がれるている。これはいい大会になる予感がする。
そう考えてはいるものの、僕は音が遠くなっていることに気付かず、そのまま瞼を下ろしたのだった。
◇◇◇
「...ん!.....りさん!.....伊織さん!」
次にはっきり目に映ったのは【カロン】のマネージャーさんの顔だった。
「あ、あれ?もしかして寝ちゃっていましたか?」
「ええ、それはもうぐっすりと」
「あ~....ご迷惑をおかけして申し訳ないです...」
段々と眠気と入れ替わる様に意識が戻ってくる。どうやら僕は寝てしまっていたらしい。大事な大会本番にこんなことをやってしまうなんて....情けない。
「本当にお疲れだったようですね。そうそう、あと少しで私たちのチームの試合ですよ」
「わざわざ起こしてくださり、ありがとうございます....以後気を付けます」
寝起きでしっかりと働いていなかった頭を占めていた焦りが段々と申し訳なさに代わっていく。
「いえいえ、元々は私の方から提案したことなんですから、ね?只でさえこの業界は大変なのに、おひとりでチーム全員のマネージャーを務めているのでしょう?あまり年齢を出すことは良くはないのですが...その若さで本当に良く頑張っていますよ」
「...ありがとうございます」
いつも挨拶の様に”お疲れ様です”と口にするし、言われるので労いの言葉は聞きなれているが、純粋に言われたのが久しぶりなせいか、少し照れくさくなる。
僕がどう言うべきか迷っているときに、会場の雰囲気が変わった。どうやら次の試合が始まるみたいだ。
『それでは次の試合に出場するチームをご紹介しましょう!まずは、レッドサイドから!先日行われた同ゲームの大会で見事連続優勝を果たした【ヴィクトリービール】!そして、ゲーム配信界隈の新世代筆頭!【カロン】のタッグチームだ!』
呼ばれた【カロン】と【祝い酒】のメンバーはオーディエンスに向けて手を振りながら入場して、あらかじめ設置されているデスクに座る。
『対するブルーサイド!こちらは多くの言葉はいりませんね!今大会三度の優勝経験を持つ【ラド】と【ガルドル】のタッグチームだ!』
対戦相手はかなりの強敵、【ラド】と【ガルドル】のチームだ。
【ラド】は様々なジャンルのゲームを広く扱っている半ゲーム実況者のようなチームとなっている。メンバーのほぼ全員が”なんとなく”で新しいゲームをを触っていることがチーム名である【ラド】、ルーン文字で旅を意味する言葉になった由来だそうだ。
次に【ガルドル】はアクロバティックな操作、所謂”魅せプ”を得意とするチームだ。
単なる映像栄えを狙った動きなだけではなく、しっかりと実力がある恐ろしいチームだ。リスナーから魔法のようだと言われたのがチーム名の【ガルドル】北欧神話で魔法と言う意味の言葉を使う元になったらしい。
『それでは両チーム、準備が完了次第”ready”をお願いします!』
各選手たちが武器のカスタムを終えて続々と”ready”にカーソルを合わせる。
『全選手の”ready”を確認しました!それでは試合スタートです!』
この日一番盛り上がるであろう試合が今、始まる。
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