マネージャーの午後(改稿)
お昼のお弁当を食べ終わったらすぐに作業デスクに戻る。
【祝い酒】のメンバーはそれぞれyootubeチャンネルを持っており、ほとんどが動画投稿をするスタイルで運営している。
その動画を編集するのも僕の業務だ。
「えっと、次の動画は確か...aceさんのやつだ」
預かっているUSBメモリーから素材データを読み込んで...
編集用の軽量化版に変換出来たら作業開始。
基本的に作業中は無言になるからまばらにタイプ音とクリック音が静かに響く。
「この部分はいらないな...あ、最近流行ってるエフェクト入れてみようかな...」
しっかりと細かくデータをセーブしながら編集を進めていく。
編集を始めて大体一時間、午後の打ち合わせの時間が近づいて来た。
「ちょうどキリがいいし、先に入室しておこうかな」
Zoomoと言われるテレビ会議ツールで基本的には打ち合わせをしているのだが、これから使用するツールはゲームとか配信とかでよく使われるTelCode。なんでもそこのグループではTelCodeが基本ツールらしいのでそちらに合わせている。
『おつかれさまです。伊織です。先に入室しておきますね』
そうチャットルームに書き残してボイスチャットに接続して待機する。
すると一分も経たずに入室音がイヤホンに聞こえてくる。
『お疲れ様です、伊織さんいつも早いですね!もっとゆっくり来ても大丈夫なんですよ?』
凛とした綺麗な声で労いの言葉を掛けてくれる。
彼女はよく【祝い酒】とコラボしてくれる、女性配信者グループ【カロン】のリーダー、サクラさんだ。
『全然大丈夫ですよ?今回はこっちの用事が早く終わっちゃったので』
『あまり無理はしないでくださいね?それじゃあ打ち合わせの方を進めていきましょう』
『了解です。まずはこないだ撮ったコラボ動画の編集が終わったので確認お願いしますね』
僕はそう言ってデータ共有用のドライブに動画をアップロードする。
『データ確認できました。この動画のクオリティ...さすがです!予定よりずいぶん早くできたんですね、驚きましたよ』
『ははは、平行する作業が少なかったからできたことですよ』
『でもその声色からして、睡眠不足じゃないんですか?』
彼女は【祝い酒】と違い、配信や動画をメインに活動している。だからなのか、よく話すようになってから段々と声色から推察されることが増えてきた。しかもそれが綺麗に的中しているのだから本当にすごいものだ。
...ちょっと怖くもあるけど
『じ、実はきのう大会がありまして...それが長引いてしまって家に着いたのが日付が変わるこれでして...すいません』
『なんで私に謝っているんですか?本音を言えばちゃんと寝てほしいですよ?でもそれは私が勝手に思っているだけなんです。だから伊織さんが謝る必要はないんですよ』
『ありがとう...ございます』
彼女が持つ綺麗な癒しボイスで優しくそう話してくれる。
彼女ら【カロン】との打ち合わせの枠を他よりも大きめに取っているのは、単なる人数の差ではなくて、話の脱線がかなり頻発するからである。
本来であればあまりよろしくないことではあるのだが、それがとても心地が良くて...心が休まるからつい、話を長引かせてしまう。
『そろそろ、本題にもどりましょうか。丁度一週間後にあるタッグイベントの最終調整をやっちゃいましょう』
『了解でーす』
ここでそのタッグイベントについて軽く解説しよう。
とあるゲーム運営会社が主催したこの大会は、他にある二人で一チームになる物とは違う。
それは”単一のチームではなく、二つのチームを合わせた合同チームとして戦う”という点だ。
因みに、このネーミングは二つのチームが混ざり合うという意味での”タッグ”らしい。
このややこしい名称のおかげでデュオイベントと勘違いする人もいるくらいだ。
勿論最初はかなりの反対意見が出た。
運営の発表文では、
『最近では所属グループやチームで一丸となり、競う事がとても増えてきた。それはこの業界の発展の結果として大いに喜ばしい。しかし、それはある種の閉鎖的になってしまったのではないかとも思えてきた我々は、あの頃の、古き良きゲーム業界のフリーダムさを全面に押し出した大会を開きたい』
と書かれている。因みにこれはチーム同士の交流も目的の一つだったりする。
『いまここでいうのもあれだと思うんですけど...』
『ん?どうかしました?』
『本当に【
ネットで活動している人間として恐ろしいことはたくさんあるが、その最たるものが炎上だろう。
原因は色々あるが、中でも多いのは同棲や恋愛疑惑。
別に恋愛禁止などは大方の事務所やチームは発表していない。しかし、リスナーたちがアイドルのようなイメージを持って彼ら活動者たちを見ているのが現状だ。
それの対策の一つとして、異性での絡みは基本行わないのが暗黙の了解になっていたりする。
最近ではその風潮は消えつつあるが...彼女たちのようなグループにはまだ、そのような風が残っている。
『確かにそのことはメンバーたちと何度も話し合いました。その結果、普段からコラボをしている【祝い酒】となら大丈夫だろう。ってことになりましたので、心配ご無用ですよ~』
『変に考えちゃってすみません...』
『私たちを心配して言ってくれたんでしょう?ありがとうございます』
今日の打ち合わせは通話のみ、だから彼女の優しい声音に反応して思わず緩んでしまった口角を見られることは無かった。
◇◇◇
【カロン】との打ち合わせも無事に終わり、僕はまた動画編集に戻った。
集中しているとすぐに時間は立ってしまうもので、窓にふと視線を向けると全体が綺麗なオレンジに染まっていた。
『あ!洗濯物!』
洗濯も本来僕の仕事なのだが、朝はなんとaceさんがやってくれたので、今日は取り込むだけで楽ちんだ。
それでも7人分の服はとても重い。取り込むだけでちょっとした運動だ。
『えーっと...これはヨルさん...これは一号さん』
服の分別が終わったら夕食の準備を始める。
『あ、今日は僕以外外食だっけ...なら簡単でいっか』
朝の残り物を温めてそれを今日の夕食とする。
普段から一人で食べているから慣れているんだけど、今日はやけに寂しい。
ああ、いつも夕食のときに書類とかを確認しているからだ。今日はそれがない。
ここまでくるともう病気なのかな?仕事がないと寂しくなるってさ。
◇
使った食器を洗って、ほかの些末事を済ませて僕は布団に入る。
『あー...疲れたなぁ』
昨日から今日にかけて作業をずっとやっていたから、疲れ方がいつもとは違う。
ほら、まるで布団に吸い込まれてるみたい。
『...いたい』
長年使い続けてきた布団だから所々羽が逃げている。つまり床の感触がダイレクトに伝わってくるのだ。
『...まあいいや....もう眠い....もん....』
寝る前になると余計なことを考えだすが、それを凌駕する睡魔が伊織を襲った。
そしてその睡魔に身をゆだねる。
明日の仕事に備えるために
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