第七章 本当にこれが、最後の戦いなのか、マジで?

 俺たちが“試練の洞窟”を抜けて階段を上ると、そこは少し広い部屋になっており(感覚からするとまだ地下のようだったが)、男が、――やつが待っていた。



「貴様なら、きっと来るだろうと思っていたぜ、シュ・ジーン・コウ!」

「ワーキヤーク・ダ・ヨネー!」



 呼応するように、俺はやつの名を叫んだ。


「まさか、わざわざ俺のことを待っていたのか?」

「貴様とは個人的にいつぞやの決着をつけたかったのでな」


 剣を抜いたヨネーが俺に剣先を突きつけてくる。……そいつは好都合だな。このまま城内に突入されたら止めようがねーが、やつが俺との勝負にこだわってくれるなら、少し時間を稼ぐだけで事態が好転するかもしれねー(街に散っていた兵士たちが帰ってきて王の守りが増強されるだろうし、ここに兵士たちが送り込まれてくる可能性だってある)。


「決着ねえ。……って、だいたい、お前、たったそれだけの手勢でどうする気なんだ?」


 俺は少しでも時間を稼ごうと言葉を探し、……ヨネーの背後に控えている五名の男たち――いずれ劣らぬ屈強な者たちのようだ。やつら全員でかかってこられたら、俺たち二人じゃ正直、勝てないだろうな――を認めた俺は、バカにしたようにヨネーに言ってやる(挑発に怒って全員で攻撃してくるなら、その時はその時、だ)。


「知れた事よ、選りすぐりのこの精鋭だけで王を討つ。街が混乱し、警備が手薄な今なら可能なはずだ」

「……無理だろ、それは。王を護る近衛騎士は、数こそ少ないかもしれないが、屈強の強者ぞろいだぞ?」


 呆れたように俺は『そんなことも知らないのか?』と指摘してやる(……実はよく知らないけど、多分)。


「フン。やってみなければ分かるものか」

「お前はともかく、そちらには人材も不足してるみたいだしな。……四天王みたいに」


 揶揄するように言ってやったのだが、


「四天王? ……ああ、あいつらのことか。貴様等の足止めぐらいはできるかと思ったが、それすらもできなかったようだな」


 返ってきたのは、ヨネーの嘲りだけ。


「……やつらは、捨て駒、かよ……!」


 俺は思わず歯軋りする(分かってはいたつもりだけど、自分たちで倒しておいてなんだけど、やつに言われると何でこんなに腹が立つんだ……)。


「忠誠心だけは買っていたのだがな。役に立たんのなら仕方のないことだ。自ら引き受けた任務に殉じたのなら、やつらも本望だろう」

「勝手なことを……!」

「コウさん」


 カッとして一歩詰め寄る俺の服の袖をネ子が引っ張って止めてくれる。


 ……大丈夫、まだ、俺は冷静だ。今のは演技も入ってるんだぜ?(顔が見えないだろうから分からないだろうけど)(……でも、ありがとう、ネ子)。


「“革命”を成功させるためなら、オレはどんな手段でも講じるさ。例えどんな犠牲を払ってもな」

「……その“革命”とやらが成功することは決して、ない。何せ、ここで俺たちが食い止めるからな」


 俺も剣を抜いて、戦う意志を示してやる(これで、ますますやつは引けなくなったはずだ)。


「さて、どうする? 一騎打ちでもするか?」


 挑発するように言った俺に、


「コウさん!」


 ……ネ子の方が早く反応する(おいおい)(苦笑)。


「大丈夫だ、ネ子」


 俺は振り向かずに、言う。……ヨネー1人を相手にした方が時間を稼げるし、何より、全員を相手にするより勝率が高いはずだから、な(そんなこと、お前も気がついてるんだろ、ネ子?)(まあ、それでも心配なんだろうけどな)。


「フン、そうだな。だが、その前に!」


 ヨネーのやつが、剣を振りかざして《魔法》を詠唱し始める。



【“インフェルノ” 猛く盛りぬ 緋の業火 我が敵を疾く 焼き尽くし給え】



 ヨネーの剣からものすごい焔がほとばしる!


「何だと!?」


 《魔法》の対象は、俺じゃなくて、ネ子だと?!


「ネ子!」

「きゃっ?!」


 俺は捨て身でネ子のことを《庇った》。


「ぐうっ」

「コウさん!」


 ……左腕にもろに食らっちまった。傷は《魔法》で癒せるが、ショックのせいでしばらく使い物になりそうもない、な。俺は盾から手を離しながら傷を《魔法》で癒す。


「……フン」


 ヨネーは心底呆れたように鼻を鳴らす。


「貴様、……オレたちの母親を殺した女のガキをかばうのか?」

「……なに?」


 ヨネーが言っていることが理解できず、思わず聞き返す俺に向かって、


「ほう、知らなかったのか。そこにいる女の正体を」


 やつは残忍な笑みを浮かべた。


「そいつの本当の名は、イト・ヤンゴトナーキ・オカータ。この国の姫、さ」

「何、だと……っ?」


 呆然とつぶやく俺のことを少しだけ哀れむように見つめ、


「判明したのはついさっき、……貴様らが、王家の者だけが抜けられる“試練の洞窟”を抜けた時だがな」


 芝居がかった仕草でヨネーは肩をすくめる。


「セン=ニンが言うには、“洞窟”は、王家の緊急時の脱出ルートであると同時に、王位継承候補者の掌に“王家の証”を刻む試練を与えるためのものであり、王家の血を引く者しか通り抜けられない仕掛けになっているらしい。あの護符は、単に“証”を刻むだけのためのものらしいがな」


 ……セン=ニンって、あの白いローブを着た、フローさんの弟のことだったな(彼がタルムニスであるかどうかは取りあえずおいておこう)。俺を動揺させるための嘘じゃないのか?


「……じゃあ聞くんだが、お前の周りにいる男たちはどうなんだ? お前と一緒に、“洞窟”を抜けてきたんじゃないのか?」


 俺が疑問を問いただすと、


「ああ、そのことか。こいつらは、オレが一人で“洞窟”を抜けた後、魔法のアイテムによってここに召喚したのだ。“洞窟”を抜けてきたわけではない」


 ヨネーはまったく淀みなく答える。……瞬時に遠く離れた場所へと移動する魔法のアイテムがあるぐらいだから、そういうものがあっても不思議はない、か。


「ふーん。……まあ、アイテムによる召喚の話は信じてやらないでもないが、ネ子が王家の人間だっていう確かな証拠にはならないなー」


 そう言って肩をすくめてみせる俺の事を哀れむように見つめながら、ヨネーは話し続ける。


「信じられないのならそれでもいいが、……この国の開祖は、“伝説の双子”、タルムニアとタルムニスだ。特に、“伝説の女王”タルムニアを敬う輩は多いからな、『女王はタルムニアだけ』という考えのやつが多い。だから、王の子どもに男子と女子がいる場合、男子が常に優先される伝統がある。そして、そ

この女は、オレたちよりも約一年、先に生まれているのだ……」

「……だから、何だ?」


 『いきなり、何の話だ?』と首を傾げる俺に呆れたような視線を向けて、ヨネーは話し続ける。


「相変わらず呑み込みが悪いな。一年早く生まれたって言うのに、そんな伝統のせいで自分の娘に王位が継承されないと悟ったその女の母親である第一王妃が、オレたちの母親だった第二王妃ごと俺たちを亡き者にしようとしたってことさ。『王家に双子の男児生まれるとき、戦乱の時来たらん』っていう、運命神ミレタイトの神託を信じる者たちをそそのかして、な」

「何だと!?」


 “試練の洞窟”の時の話が、手がかりだったのか…?(くそっ! よく調べておくんだった、ぜ……)。


「首尾よく、第二王妃の暗殺には成功したものの、捕らえられた襲撃者たちの口から計画は王の知るところとなり、第一王妃は、表向きは病死、その実、暗殺されてしまったらしいがな。……オレはセン=ニンに拾われ、お前はスラムで奇跡的に生き延びていたことを考えれば、そこの女の母親の目論見は失敗に終わったと言えそうだな」


 皮肉な笑みを浮かべたヨネーは、剣をオレの背後に、――ネ子に突きつけた。


「そして、姫にはもうひとつ個人的な借りがある。……姫の影武者をオレたちが襲撃した時に、よりにもよってご本人のオカータ姫がオレの脚に短刀を投げてくれたおかげで、貴様に勝利し損なったという、な」

「えっ?」


 あの時、ヨネーが俺に対する攻撃を中断したのは、フローさんの魔法のおかげじゃなかったのか!? 


「じゃあ、あの時、俺を助けてくれたのは、……ネ子だったのか……」


 俺は振り返ってネ子を見た(橋脚(はしげた)の《登攀》には失敗してたのに、そういうのには成功するんだな、お前さんは)(もっとも、そうじゃなかったら俺は死んでたかもしれないんだけどさー)(微苦笑)。


「コウさん……」


 かすかに微笑みながらそっと俺の名を呼ぶネ子に、


「今更だけど、……ありがとうな、ネ子」


 俺は、笑顔で礼を言った。……全く、凄いんだか凄くないんだかよく分からんやつだよ、お前さんは。


「はい……!」


 ネ子は嬉しそうに、……とても嬉しそうに、頷いた。


「茶番はそこまでにしておいてもらおうか」


 ヨネーは鼻を鳴らして、剣を再びネ子へと突きつけた。


「コウの次は、貴女だ。オカータ姫」

「させねーよ!」


 ネ子を庇える位置に進み出て、不敵に笑う俺に、


「フン!」


 ヨネーのやつはバカにしたように笑い、



 ――俺たちは、剣を、交えた。





「相変わらずの防御一辺倒だな!」


 まずは守りを固めて出方をうかがう俺に、ヨネーが大胆に踏み込んだ一撃を見舞ってくる。


「ぐうっ!」


 盾が使えないせいもあり、俺の守備はいつもよりややぎこちない。かわしきれず、やつの剣が浅く俺の左の二の腕を切り裂く(さっき《炎の魔法》で負傷したあたりだ)(《治癒の魔法》で治しておいてよかったぜ)。


「仲間に助けられてきた甘ちゃんらしいぜ!」

「うっせぇな! これが、仲間を護る戦いをしてきた俺の流儀なんだよ!」


 叫んで反撃する俺だったが、ヨネーに上手く《ステップ防御》でかわされてしまう(予想はしていたけど、こいつ、戦士としての腕も一流のようだな)。


「フン! 守ってばかりで、護りきれるものか! 先手を取って攻撃してこそ、護れるものがあるのだ!」

「へっ! “後の先”って言葉を知ってるか? 先に仕掛けるだけが、戦いだと思うなよ!」


 もう一度同じ箇所を攻撃すると見せかけて俺の頭を狙ってきたやつの《フェイント》を《見切り》、俺はやつの一撃を鎧で受け止める(《アーマーガード》する)。すかさず反撃の刃を返し、やつの右足の太ももに軽い傷を負わせた。


「フン、やるな」

「そっちもな!」


 互いの力を認め合って俺たちは笑い合うが、お互いに手加減する気など毛頭ない。


(……次は、やつの必殺の一撃が来る……!)


 互いの戦い方が掴めれば、どこかで大ダメージを狙った攻撃を仕掛けてくるはず。次にやつのそれがくると読んだ俺は、守りを固めつつ全力を込めた《カウンター》をお見舞いする用意をしていたのだが、



【古の 始原の闇に 潜むもの 深き底より 疾く参じよ】



(何だと!?)


 やつの唱えてきた【ダークウェーブ(闇の波動の魔法)】を食らって、吹き飛ばされた(属性が“聖”の俺には、この魔法が一番堪えるんだが、そんなこと言ってる場合じゃない、な)。


「フン! 貴様の考えていることなどお見通しだ!」

「へっ! 悪かったな、単純で!」


 嘲笑するヨネーに余裕を失わない笑みを返してすぐさま起き上がると(痛ぇけど、弱みなんぞ見せられるか!)(ネ子も後ろで見てるんだし、な!)、俺は戦闘を続行する。


「貴様のようなやつには民衆を導くことなど出来ん!」

「王位になんか、興味ねーよ!」


 今度こそ、「必殺」と言える強烈な一撃を打ち込んでくるやつの攻撃を、今使えるだけのありったけな《技術(スキル)》を使ってダメージを抑え(あちこち傷だらけだけど、死ななきゃ、勝機は必ずある!)、


「俺は、お前のやり方が気に食わないだけだ!」


 俺は反撃を返す(今度は、ヨネーの右肩にかすり傷を負わせた)。


「たとえ、やり方が気に食わなかろうが、強いものが正義! 勝ったものだけが、“革命”を成し遂げられる! 未来を作ることが許されるのだ!」


 未来を作る、ねえ……。


「そういや、一度聞いてみたいと思っていたんだが、……お前、結局、何がしたいんだ?」

「……何?」


 一度距離を取った俺が訊ねると、ヨネーは様子をうかがいながらも話を聞く姿勢を見せる。


「反王家とか言いながら、お前の今やってんのは結局、新しい“王家”を作りだすっつーだけのことなんじゃないのか?」

「……それが、何か、問題あるのか?」


 不審げに聞いてくるヨネーに、


「お前には資格があるんだから、単に、王位を継げばいいだけの話なんじゃねーのか?  さっきも言ったが、俺は王座になんて全く興味がない。……だから、お前が王になってから好きなように改革すればいいんじゃねーのか?」


 こんな破壊的な方法だけじゃなくて別なやり方もあると、俺は提言してみせる。


「フン、甘いな。現在の王家に、どれだけ甘い汁を吸う輩が寄生しているか、知っているのか? 改革などでは生温い。オレが王になれば証拠を隠滅し、しらを切るだろう奴らを排除しないことには、何もできやしない。王を排除した次はやつらの粛清に取り掛からないとな」


 冥い笑みを浮かべるヨネーに、


「……甘いのはお前の方だ」


 俺は容赦なく指摘する。


「何?」

「お前の言う“革命”は、いったい、誰のためにするんだ?」

「! そ、それは……」

「民衆のためか? だが、王家を失った国の混乱の影響を一番受けるのは、彼らじゃないのか? そう考えれば、口が裂けても彼らのためとは言えないはずだ。……そして、自分のため、ろくでもない奴らに殺された母親のためっていうなら、お前の言う、甘い汁を吸っている奴ら以下だ」

「な、何だと!」

「自分のために他人を犠牲にするという点では同じだが、民の生活の基盤そのものまで破壊して省みないんだからな。そんなやつが、王になる資格があるのか?」

「た、確かに、一時的には混乱するかもしれないが、長い目で見れば、きっと彼らの得に」

「長期的には確かにプラスになる可能性はあるさ。だが、それは彼らが望んだことじゃない。『国が混乱してもいいから、今すぐ変えてくれ』なんて、いったい、誰が言ったんだ?」

「そ、それは……」


 すっかり今までの勢いをなくして言葉を探すヨネーに、


「国民は望んでないのに、お前らが『今すぐ変える』って言いながら騒いでるだけ、なんじゃねーのか…?」


 止めの一言を放ってやる。


「そ、そんなことは、ない!」


 否定してみせるヨネーだったが、戸惑っているのは一目瞭然だった。


「お前のやっていることは、『革命ごっこ』さ。……真の“革命”には、熱意とそして忍耐が必要なんだ。どうしてそのことを理解しようとしない?」

「……貴様の説教は、聞き飽きた」


 ヨネーは殺意を込めた眼差しで俺を見つめると、


「一人も犠牲にできない貴様に、王など務まるものか!」


 疾風のような強烈な一撃を打ち込んでくるが、


「人を犠牲にすることしかできないお前に、導かれたくなどない!」


 その一撃を予測していた俺は、何とかその一撃を《受け流し》て、やつの言葉を否定してやる。


「フン」

「へっ」


 俺たちは見つめあい、……笑った。


 俺たちの主張は真っ向から対立する。互いが互いの“正しさ”をある程度は認めつつも、お互いに「引けない」状態なのだと、そんなふうに俺は感じていた(あるいは、俺たちが双子だということも少しは関係しているのかもしれないが、正直なところ、分からない)。


「決着を、つけようか、コウ」

「そうだな、ヨネー」


 俺たちは頷きあい、今の自分が繰り出せる最大の一撃、“必殺の一撃”の準備に入る。



(次が、最後の一撃になる、な……)



 俺は、覚悟を決めた。



(……ですが、未来につなげなくてはいけない一撃です。――秩序の守護神、アルディーンよ! 願わくば、人々の生活を、…“幸せ”を護ろうとする我に、加護を与えんことを……!)



 祈りながらも俺の心に浮かんできたのは、俺の勝利を願ってこの戦いを見つめているだろう、ネ子の事だけだった。俺にとって、未来とはネ子のことだったからかもしれない。あるいは、ネ子のいない未来は俺には考えられなかったからかもしれない。



「行くぜ!」



 先に仕掛けてきたのはヨネーの方だった。剣を振りながら《魔法》を詠唱してくる!



【月と星 夜の静寂(しじま)を 守るもの 心を安らげ 眠りをもたらせ】



 ――やっぱり、それで来たか! 前は油断していたが、《魔法》が来ると分かっていれば、対応するのはそう難しくない!


(アルディーンよ! 大事なものを護るため、俺に力を貸してくれ!)


 俺は神に《祈り》を捧げながら、何とか《眠りの魔法》に耐え切った!


「何だと?!」

「喰らえっ!」


 驚愕の叫びをあげるヨネーの激烈な一撃を鎧で受け止め(《アーマーガード》し)(いくらかダメージを受けたが、反撃できないほどじゃない!)、俺の渾身の《カウンター》がヨネーの身体へと突き刺さる!


「ぐっ、はっ……!」


 血を吐いて剣を取り落とすヨネーのやつのことを、


「ヨネー!」


 俺は思わず、抱きとめた。


「み、見事だ、コウ」


 口元から血を滴らせながら、ヨネーは俺のことを、讃えた。


「お前、まさか、わざと……?」

「……フン」


 ヨネーは弱々しいながらも、笑みを浮かべてみせる。


「俺の一撃を貴様の一撃が上回っていた。ただ、それだけのことだ……」

「ヨネー……!」


 何か言おうするも言葉にならず、ただ首を振る俺のことをヨネーはじっと見つめ、


「……オレは、貴様の言うとおり、間違っていた……」


 苦しい息の下でそんなことを告白する。


「……オレのしていることは、疑いのない、“正義”だと信じていた。もっと己を疑うべきだったな。自問自答を止めたとき、そこには、硬直した自己欺瞞しかないのかもしれぬ……、ぐふっ!」

「しっかりしろ、ヨネー!」


 吐血するヨネーに俺は《癒しの魔法》を詠唱しようとして、


「いいか、よく聞け、コウ」


 この上なく真剣なヨネーに襟元を掴まれ、思わず中断してしまう。


「……オレは失敗した。だが、お前は違う。願わくば……」

「何? 何なんだ、ヨネー?」


 かすれ声でよく言葉が聞き取れない。俺はヨネーの口元に耳を寄せ、……もうひとりの“俺”の言葉を汲み取ろうとする。


「王子!」


 その時、クロウ・ニーンどのを先頭に、兵士たちが上から駆けつけてくる。ようやく、街の混乱が一段落したようだな……。


「……願わくば、この国を、よりよいものへと……」


 言いかけて、ヨネーは、 



 ――がくりと、うな垂れた。



「お、おい、しっかりしろ!」


 呼びかけて身体を揺さぶるが、返事は、ない。


「ヨネー……!」 


 名前を呼んで俺は、……兄貴を、抱きしめた。


 それを見たヨネーの部下たちが、抵抗する意志を捨て、武器を放り投げて投降したようだったが、今の俺にとってはどうでもいいことだった。


「さあ、王子、その男をこちらに」


 クロウどのが言いながら手を伸ばしてくるが、



「我が名は、シュ・ジーン・コウ! この国の王子である! この男には指一本触れさせん!」



 俺は宣言して、その手を振り払った。犯罪者としてではなく、“王子”としての扱いがヨネーにはふさわしいと思ったからだ。


「道を開けよ……!」


 命令して俺は、ヨネーを抱えて、立ち上がる。


「……分かりました、王子」


 クロウどのが頷く。彼が命令するまでもなく、自然と王国の兵士たちが道を開く。



 俺は、傷を負ったままで歩き出した。《魔法》で傷を癒すことはできる。そんなの、簡単だ。しかし、俺は、癒しがたい“傷”を、今は鮮烈に感じていたかったからだ。



 俺の後ろには、ネ子がまるで影のようにつき従い、背中を護ってくれる。



 ――ワーキヤーク・ダ・ヨネーの身体を両手に抱え、俺は、王城への階段を上って行ったのだった。


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