第五章 王家農場の決闘とか言われるのか、これ?
「たっだいまー」
ネ子とわかれたあと、少しだけぶらぶらして“一本角”亭に帰ってきた俺のことを、
「にーちゃん!」「コウ!」
モーとフローさんが出迎えてくれたんだが、……何だか、様子が変だな…?
「ど、どうしたんです、二人とも? そんなに血相を変えて」
「これを見よ、コウ!」
「はい?」
フローさんが差し出した手紙を俺は広げる。
『仲間は我々が預かった。返してほしくば、明日、太陽が中天にちょうど差し掛かる時、王家農場に来るべし。
現王家と対立するもの ワーキヤーク・ダ・ヨネー』
「あ、の、や、ろ、うっ!」
俺は思わず手紙を握りつぶして叫んだ。
「くそっ!」(ネ子!)
やっぱり、一緒に帰ってくるんだった……(俺に気をつけろって言ってくれたネ子が捕まっちまったんじゃ、意味ねーだろーが……)。
「落ち着け、コウ」
「でも、フローさん!」
「焦ってはならぬ。人質の命がかかっているのだぞ? 慎重になれ」
「うっ」
フローさんに指摘された俺は、深呼吸をひとつすると気持ちを切り替えた。
「……王家農場って、どこなんです?」
「ここより、馬で一日北へと向かったところにある王家直轄の農場のことじゃろう。まさか、やつらの手に落ちているとは思いもせなんだが……」
硬い表情をして考え込むフローさんに、
「ヨネーたちに手を貸しているやつらがいるんでしょうか?」
俺は単刀直入に聞いてみる。ネ子が言っていた通り、それが自分たちの得になると踏めば、反王家を標榜している勢力に肩入れする有力貴族もいるってことなのかも……。
「その可能性もあるな」
フローさんは俺の目を見つめ、慎重に言葉を選んで、言う。
「まだ決め付けるは早計じゃが、その可能性も考慮して動かねば、な」
「だけど、ここにいても、ねーちゃんを助けられないよ! 自分の力で必ず仲間を助けるのは、おいらたち〈冒険者〉の信義でしょ?」
「モー……」
モーシンの力強い一言に、俺の心は決まった。
「……そうだな。お前の言うとおりだ、モー」
「でしょ? おいらたちで助けに行こうよ! にーちゃん、ばーちゃん!」
考えることは大事だが、確かに、行動する時だな、今は(つーか、考えても、一介の冒険者には扱いきれない“謀略の世界”の話だったりするしな)(“王子”とか人から呼ばれようとも、俺は一介の冒険者としての立場で行動する。そう決めたんだ、今)。
「ああ、行こうぜ、モー!」
真昼の王家農場の決闘に!
「……分かった。わしは、城に顔を出して話を通してこよう。何か情報も得られるかも知れぬしな。コウたちは馬の準備を頼む。東門で合流しよう」
フローさんの指示に、
「分かりました」「うん!」
俺たちは頷いて、怒りに燃えるスピードのままに――でも、あくまで心は冷静に。でないと、助けられるものも助けられねーからな――駆け出したのだった。
――それは、いつか見た、冒険での一シーンだった。
……ネ子が駆け出そうとする。
「あうっ!」(何もないところでコケた)
「何やってんだよっ!」
俺は駆け寄ってすぐさまネ子を助け起こすが、
「ごっ、ごめんなさい……」
起き上がったネ子の表情は緊張のしすぎでガチガチだった。
このままじゃ、だめだっ!
「ネ子、ちょっとまて!」
俺は、壁へと走り出そうとするネ子の肩に手をかけ振り向かせようとする。
「は、はいっ!?」
何事かと振り返ったネ子の両頬を(むにっ)と俺は優しくつまんでやる。
「!?」
「はははっ。ヘンな顔っ!」
戸惑いを見せるネ子のほっぺを俺は軽くむにむにしてから離す。彼女の肩に手を置いてアドバイスを送ろうとしてみる。
「ネ子、肩の力を抜け。お前、緊張しすぎですごい顔してるぞ?」
「そ、そうですか?」
そう言われてもどうしたらいいのか分からない様でおろおろとするネ子の肩からため息を吐きつつ手を離して、俺は大声で叫んだ。
「ネ子、深呼吸!」
「え?」
「いいから、深呼吸!」
「は、はい~~」
返事をして、自己流の「深呼吸」をネ子は始めるが、全然、リラックスできていない。見かねた俺は苦笑しつつ、助け舟を出してやることにした。
「ネ子、俺の言うとおりに、やってみな?」
「は、はい~~」
「まず、両足を肩幅と同じぐらいに開いて、」
「はい……」
「次に、両腕から力を抜いて身体の脇に垂らして、」
「はい……」
「肩から力を抜いて、目を閉じる」
「はい……」
ネ子が目を閉じるのを見計らって、俺は号令をかけてやる。
「はい、吸って~」(すうぅ~~)
「はい、吐いて~(はあぁ~~~)
「はい、もう一回、吸って~」(すうぅ~~
「はい、吐いて~」(はあぁ~~)
俺に言われたとおりに深呼吸を繰り返したネ子を見つめ、
「どうだ? 少しはラクになったろ?」
ニヤリと笑いかけた俺の前で、ネ子は深呼吸のときに閉じていた目を静かに開いた。
「はい……」
そう言って、かすかに口元に笑みを浮かべたネ子は、程よく緊張の解けたい
い顔つきになっていた。
「息つめてばっかりじゃなく、そーやって、たまには息を抜いてみな、ネ子?」
「はい!」
肩の力の抜けたいい声で返事して、ネ子は俺の顔をじっと見つめた。……あれ? ネ子のやつって、こんなに美人だったっけ?(って、うわ、何言ってるんだ、俺!?)
「ありがとう、コウさん……」
少し上気した顔で言って、ネ子はぺこりと頭を下げた。
「あの、私、やってみます」
「お、おう」
顔を赤くして答えた俺のことを嬉しそうに見つめて微笑んでから、ネ子は走り出したのだった――
「起きよ、コウ」
「……ん……?」
声と同時に肩を揺さぶられ、俺の意識が覚醒する。目の前の女性の顔を見つめ、俺はぼんやりと呟く。
「ネ、……フローさん……?」
「何を寝ぼけておる? そろそろ出立するぞ、コウ」
言い残してフローさんは出発の支度を始める。指定の時間にはまだいくらかの余裕があったので、馬と身体を休ませるべく仮眠を取っていたのだが、すっかり寝ていたようだな、俺(苦笑)。
「にーちゃんはお寝坊さんなんだから~♪」
「いつもは、モーの方が寝起き悪いけどなー」
「そ、そんなこと、ないもん!」
「わははー」
ぷんぷんと怒ってみせるモーに笑ってみせ、俺も出発の用意を始めたのだった。
「……遅いですね、モーのやつ」
「慌てるな、コウ」
いらいらとつぶやいた俺をフローさんがたしなめる。
王家農場に程近い場所。そこで俺たちは偵察に行ったモーシンの帰りを待っていた。こういう偵察なんかは本来〈盗賊〉の仕事なんだが、ネ子がいないので仕方なく、俺たちの中でもっとも身の軽いモーのやつに偵察を頼んだのだった(いくら、怒りに燃えていたとしても、何の策も持たずに真正面から突進す
るほど俺たちはマヌケじゃねーよ)。
「結局、農場に関する情報は得られなかったんですよね?」
思い出して、顔をしかめながら聞いた俺に、
「ああ。農場の経営に関わっている貴族たちからも話を聞いたのじゃが、揃いも揃って『知らぬ存ぜぬ』じゃったわ。まあ、わしから言わせれば、あの晩、やつらが勢ぞろいして“たまたま”城にいたということ自体が怪しいのじゃがな」
意地の悪い笑みを口元に湛えてフローさんが答えてくれる。確かに、そいつは、取り繕おうとして、馬脚を露わしてるよなー(苦笑)
「ただいま~」
と、ちょうどそこに、モーのやつが帰ってくる。
「おかえり、モー」
「ご苦労じゃった、モーシン」
労いの言葉をかける俺たちに応えて「うん♪」と親指を立てたモーシンに、「で、どうだった?」とさっそく俺は聞く。
「えーとね。農場の建物の正面に男が四人いて、リーダーみたいな男の人の足元にもぞもぞ動いてる麻袋があった。多分、中身はねーちゃん。建物の周りを一回りしてきたけど、伏兵はいないみたい」
「そうか……」
俺はしばし考え、
「……正面から行きましょう」
仲間たちに提案した。
「策を弄するだけムダだと思います。俺たちが力を合われば、真正面から敵を打ち破れるはずです」
「ふむ……」
「おいらはそれでいいよ、にーちゃん♪」
考え込むフローさんと即答するモー。
「相手の人数が分かっていて、伏兵もいない。こちらの力も分かっている。ここは、正攻法で行きましょう、フローさん」
「……分かった」
ようやく頷くフローさんに笑みかけた俺は、予想される状況に応じてどう行動するかを仲間たちと打ち合わせ始めたのだった。
敵は、王家農場の入り口で待っていた。モーの情報どおり、数は四人。三人が前に並び、残る一人が後に残るという布陣だ。後列の男の足元に大きな麻袋が転がっていて、どうやらその中に人質が閉じ込められているらしい(ひでぇ扱いしてやがる! 待ってろ、ネ子!)。
「……来たか」
前列に俺とモーが並び、その後ろにフローさんが立つと言う隊列――上から見ると逆三角形に見えるので、〈リバース・トライアングル〉とも呼ばれる隊列――を組んだ俺たちのことを認め、不敵にほほえんだ男は、
「……あんた、誰……?」
――全然、俺には見覚えのないやつだった(汗)
(ヨネーじゃねーのか……?)
俺は首を捻った。……おっかしいなぁ? てっきりあいつの仕業だと思ってたんだが?(手紙には確かにあいつの名前があったんだがなぁ?)
「フッ。たった三人で来るとは、我々もナメられたものだな!」
男たちのリーダーらしき男が嘲笑を浴びせてくる。
「いや、ナメるとか以前に、俺の質問に答えろっつーの。あんたたち、誰? つーか、ヨネーのやつはいないのか?」
「むっ! 我らに見覚えがないのか?」
俺の質問はキレイにスルーして、リーダーらしき男が驚きというか怒りの声を上げる。
「全然、さっぱり、ちっとも?」
「ぬうっ!」
リーダーらしき男はわなわなと身体を震わせ(あれ? よく見ると、他のやつらもビミョーに怒ってる?)、
「……姫様襲撃作戦、そして、巨大人型兵器強奪作戦にも、我らは参加していたのだがな!」
「そうだっけ?」
「そうだったのだ!」
リーダーらしき男は本気で首を捻っている俺に怒鳴り、
「我らは、ワーキヤーク・ダ・ヨネー様の忠実なる僕!」
ここぞとばかりに大見得を切る!
「ヤラレー・キャーラ!」(ビシイ!)
「エキース・トラ!」(ギュイン!)
「ハシ・ヤク!」(ドーン!)
「そして、カズー・アワーセ!」(バァーン!)
「「「「我ら、ヨネー様親衛隊、四天王っっっっ!!!!」」」」(バババーン!)
「……へぇー、そーですか」
ポーズを決めている四人の男に、俺はそんなことしか言えない(……他に何言えっつーんだよ、こんなのに)。
「フハハハハ! 気圧されているな、我々に!」
「はぁ、まあ、そーとも言えますかもね」
……確かに、あなたがたのテンションにはついていけてません、ええ、まるで。
「姫様襲撃作戦の時に挑発に乗った愚か者が一人貴様に倒されたために四天王となったが、」
つーことは、最初は五天王(謎)とかだったのか?(どーでもいいけど)
「油断さえしなければ、貴様等など一ひねり! ヨネー様のお手を煩わすまでもない!」
やつらは、再び大見得を切る!
「我々」(ビシイ!)
「の」(ギュイン!)
「手に」(ドーン!)
「かかればなっ!」(バァーン!)
……こ、こいつら、うぜぇ。
「喰らえ、《神の剣》!』
(話の間中ためていた力を込め、コウは〈神官戦士〉の必殺技(スペシャル)を放った)
「がふっ!?」
「ああっ、ヤラレー・キャーラ!」
「行っくよ、《裂閃掌》!」
(気を練り上げたモーシンは〈武闘家〉の必殺技(スペシャル)を全力で叩き込んだ)
「ぎええ!?」
「うわっ、エキース・トラ!」
「食らうが良い! 《マジック・ミサイル》!》」
(精神集中で高めた魔力を込めてフローは〈魔術師〉の必殺技(スペシャル)を以下同文)
「ぐおお!?」
「むうっ、ハシ・ヤクまで!」
「残るはお前だけだ!」
俺は、残る一人に剣を突きつけて叫んだ(不意をついたし、話を聞いている間中力をためていたとは言え、まさか、相手を一撃で倒せるとは思ってなかったよ……)。
「むむうっ! 不意打ちとは卑怯な!」
残された男は、悔しさに歯軋りする。
「敵を目の前にしてのんびり無防備にしゃべってる方が悪い。ええと、……名前なんつったっけ?」
「カズー・アワーセだ! 一度で覚えろ、この愚か者めが! 正々堂々が我らのモットーなのだ!」
圧倒的に不利な状況だというのに、まだ息巻いている男に、
「正々堂々とか言うやつが、人質なんて取ってんじゃねーよ」
俺は鼻でせせら笑ってやる。
「や、やかましい! 正義は時として手段を選んではいられないものなのだ!」
「そんなんで正義を語るなよなー」(嘆息)
「だ、黙れ! このニセ王子が!」
……あーた、そんなことおっしゃいますか(苦笑)
「言われておるな、コウ」(ひそひそ)
「俺自身も実感ないですから、別に」(ぽりぽりと頬を掻く)
「下っ端に言われても、『それでー?』で終わっちゃうよね~」(やれやれだね~)
「し、下っ端とか言うなー!」
……あ、やっぱ、気にしてるのか、少しは?
「だって、どう見ても、なぁ?」
「どこからどう見ても、立派な三下であろう?」
「一撃で倒されちゃうんじゃ、フツー、雑魚だって思うよね~?」
「ざっ、雑魚とかいうなぁぁぁ~!」
カズー・アワーセは切実に叫ぶ(そりゃー、誰だってそんなふうに言われたくはないわなー)(切実)。
「威勢がいいのは結構だが、降伏したほうが身のためだぜ?」
「み、見くびるなっ! 我らはヨネー様に命を捧げた者! 戦わずして白旗などあげるものか!」
やれやれ。忠誠心だけは本物のようだな(今は単に厄介なだけだけど)。
「あんたは任務を果たしたと思うぜ? 名誉ある降伏は恥じゃない」(いや、立派立派)
「そうそう♪」(うんうん♪)
「もっともじゃな」(うむうむ)
俺たちの説得の言葉に(かなり、投げやりっつーか、おざなりだけどなー)(だって、戦っても全然問題ないし)(あ、ヤケになられて、人質に危害を加えようとされるとさすがにまずいけど、まあ、何とかなるか)、
「ぐっ、ぐうぅ……!」
カズー・アワーセはぎりぎりと唇を噛み締めると、
「参りました。」
あっさりと手にした武器を放り投げた。……あ、なんだ、降伏してくれたか……(安堵のため息)。
――で、
「ネ子、大丈夫か?」
男たちをふん縛るのはモーシンとフローさんに任せ、俺は麻袋に駆け寄って袋の口を開ける。
「もぐ、もがもがもが!(早く、これ外してくださいな、コウ様)」
中から、ぴょこりと猿轡(さるぐつわ)をはめられた見慣れた緑髪のメイドさんの頭が出てくる。……へー、あのヘンな台詞って、腹話術(?)だったのかー(多芸だねぇ、あーた。初めて知ったぜ)。
「……って、ノーマさんっ?!?!」
驚きつつも、俺はノーマさんの猿轡を外してやる(手首と足首のロープも短剣で切って外す)。
「ぷあっ!(やれやれですわ)。はい、私、ノーマ・ルーでございます。助かりました、コウ様。そして、皆さん(ふかぶか~~~)」
麻袋から出たノーマさんが、深々と俺たちにお辞儀をする。ネ、ネ子のやつじゃなかったのか、人質は(仲間って言ってたじゃねーか、手紙で?!)(いや、確かにノーマさんも仲間だけどさー)。
「えーと、……大丈夫か、ノーマさん?」
「はい(私自身は問題ないです♪)。……でも、大変な事態になっています……」
「何かあったのか?」
顔をしかめる俺に、真剣な口調でノーマさんが告げる。
「私を人質に、あの方たちが、博士に破壊活動を強いたのです。……あの発明品を使え、と……」
「何だって?!」
あの発明品って、まさか……!
「フハハッ! もう遅い! 今頃、あの人型破壊兵器が王城へと向かっているはずだ!」
カズー・アワーセ(だっけ?)が得意げに言う。
「……巨大人型兵器とかじゃなかったっけ?」
「はっはっはっ! パワーアップしたのでなっ! 名称を変更したのだっ!」
「くそっ!」(そんなんどうでもいいっつーの!)
こいつをしばき倒したい衝動に駆られたが、今はそんなことをしている場合じゃない。
「モー、フローさん! 急いで戻ろう!」
俺は、馬のつないである場所へと走り出そうとしたが、
「で、でも、今から行ったんじゃ、間に合わないかも」
「落ち着け、コウ。今のわしらにできることは、この捕虜たちをつれて戻ることだけじゃ」
モーとフローさんの声に足を止められてしまう。
「でっ、でも!」
「そうですよ、コウ様(冷静に)。焦るお気持ちは分かりますが、今からではとても……。(元はといえば私のせいなのにお役に立てず、すみません……)」
「! そうだ、ノーマさん! そのペンダントで博士と会話できないか?」
ノーマさんの胸元で揺れているペンダントを見て俺は閃いたが、
「実は、先ほど試してみましたが、どうやらここでは会話機能の圏外のようです(雑音しか入りません)。まことに申し訳ありません……(なんとお詫びを申し上げたらよいものやら……)」
済まなさそうに首を振られてしまう。
「博士は、優しい人です。世界征服なんか、本当は、どうでもいいんです。好きな研究に打ち込めて、それを世間が認めてくれさえすれば満足できるはずです。……それだけがお伝えできたなら、きっと闘うのをやめてくれるはずです……」
そう俺に訴えて、辛そうにうつむいてしまうノーマさんを見て、
「くそっ……!」
俺は唇を噛み締めた。
(何も、できないのか……!)
――と、その時、俺たちの前に、突然、人影が現れる!
「! まさか、“テレポート”か?!」
フローさんが叫ぶ。
「なんですって!?」
伝説の《魔法》の名前を聞いて、俺も驚きの声を上げてしまう。
詳しくは知らないが、離れた場所を瞬時に移動することができる《魔法》、“テレポート”は、存在は知られているが、現在ではほぼ失われた《魔法》のはずだ。特殊なアイテムや時間をかけた儀式でしか似たような効果を再現できないはずなんだが……(っと、そういや、“試練の洞窟”の時にはヨネーたちがそれっぽいの使ってたなー)。
思わず身構えた俺が姿を現した人物のことを良く見てみると、
「……あれ、ネ子?!」
捕らえられたと(勝手に)(汗)思い込んでいたネ子のやつだった。
「無事だったのか……」
「はい……」
安堵のため息をつく俺に微笑を浮かべると、
「クロウ・ニーン様といろいろと情報交換をしていたので、宿に帰るのが遅くなっちゃいました。心配かけて、ごめんなさい。事情は酒場のマスターから聞いてますけど、もう早とちりして、私を置いてっちゃ、やですよ……?」
ちょっとだけ怒ったようにネ子は「めっ♪」と俺を小突くまねをした。
「お、おう。……すまん」
素直に謝る俺に、「はい♪」と笑顔で頷いたネ子が真剣な表情に戻る。
「人型の巨大な兵器が王城へと向かって進撃しています。止めるには、貴方がたの力が必要です」
「んなこと言っても、移動手段が。馬とかじゃ、間に合わねぇ!」
「このアイテムの魔力を使えば、二人だけなら王都に瞬時に移動できます」
ネ子は、俺に赤いロープ?みたいなアイテムを差し出した(きっと、ネ子がここに来れたのもこれの力なんだろーな)。
「二人だけ、か……」
思わず、俺は呻いた。
――誰が行けば、くい止められる?
ノーマさんが行けば、博士を説得できる確率がかなり高い。モーがいけば、必ず心強い戦力になる。フローさんが行けば、知識と魔法の力で必ず役に立てる。ネ子が行けば、……。
「……コウさん?」
いつの間にか、ネ子の顔を凝視していたらしい。
「いや、」
……ネ子の観察眼は有用だし、(実力さえ発揮できれば)〈盗賊〉の技も含めて、何かの役には立つはずだ(多分)。
だが、
「何でも、ない……」
――俺は、どうだ? 行って、何かの役に立つのか…? 確かに、《司祭系魔法》は使えるし、剣で戦える。でも、それだけだ。そんなやつはごろごろいる。
「悩むなコウ。決断しろ」
「フローさん」
いつものような自信に溢れた笑みでフローさんは俺の肩を叩く。
「一人はお主、だから、あと一人を決めればいいだけじゃろ?」
「それは……」
貴女はそう言ってくれるけど、この中では、俺が一番の役立たずかもしれないんですよ? 俺以外の誰かが二人行った方が……。
「俺じゃなく、皆の方が正しい決断ができるかもしれません。例えば、フローさん、貴女とか」
「いや」
フローさんはきっぱりと首を振った。
「お主がリーダーじゃ。紛れもなく、我らの、な」
フローさんは快活に笑った。
「お主の決断なら、何も文句はない。それは、この場にいる皆の総意じゃ。そうじゃな、皆?」
「はい!」「うん!」「異論はありません(それはもう間違いなく♪)」
ネ子が、モーが、ノーマさんが迷いなく頷く。どうして……、
「どうして、」
「うん?」
「どうして、そんなに、俺のことを、」
「信じられるのか、とな?」
「……はい」
「お主が、迷うからじゃ」
「え?」
「お主は、迷いながら、常に最善の道を探そうとする。自分にとって、ではなく、他人にとっての道を、な」
「そんなことは、……」
確かに、俺は、皆にとって最善の方法を見つけ出したい。でもそれは、人のためなんかじゃなく、不幸になる人を自分が見たくないってだけなのかもしれない。……単なる偽善かもしれないんですよ?
「それは、……買いかぶりすぎです」
「そうか?」
フローさんは首を傾げて微笑んだ。
「お主との付き合いも長いが、自分のためだけの決断をした所など、一度も見たことはないぞ?」
「……今回が、一回目かもしれません」
「はっはっはっ! そうかもな」
すねたように言ってしまう俺のことをフローさんは豪快に笑い飛ばす。
「だが、今のお主が迷っておるのは、『誰が行けば最善なのか?』ということではないのか?」
「! それは……」
指摘されて愕然としたが、確かに、そのことは否定できない。
「……確かに、そうですが……」
不承不承、頷く俺に、
「そういうお主なら、どんな場面であっても常に最善の行動を選ぶことができるとわしは信じておる。だから、ひとりは絶対におぬしでなければならぬ。そして、」
フローさんは、茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべた。
「現場では何が起きるのか、まったく分からぬ! だから、お主が一緒に来て欲しい者を選べばよいのじゃ!」
「そ、そんな、テキトー決め方って」
「王家の血筋にはふさわしくないか?」
「そんなんじゃないです! ただ、……失敗するわけにはいかないじゃないですか。だから、あらゆる可能性を考えた上でメンバーを選ばないと、」
「ふむ?」
「王子だからとかそんなんじゃなく、戦う力のある俺には街の人たちを守る責任があるんです。だから、」
「“俺たち”、じゃろ、コウ?」
「! それは……」
「自分一人で背負い込むなということじゃ」
「フローさん……」
「だから、お主を支えてくれる者、“近くにいて欲しい者を選べ”と言うたのじゃ。分かったか、コウ?」
「……はい」
俺は仲間たちを見回した。心から信頼できる、仲間たちを。
「さあ、コウ。指示を出してたもれ」
「コウさん」
「にーちゃん」
「コウ様(どきどき♪)」
みんな……。
「……はい」
俺は、仲間たちの顔をひとりひとりを見回した後で、“決断”を下した。
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