第四章 これって、平穏な日常だったりするのか、何となく?
「……何で、王家がどうとかいう話にいつの間にかなってるんだかなー」
俺は、自分の部屋のベットの上で盛大なため息をついた。いきなり『王子』とか言われても、全然、実感がない(一応、あの後クロウどのから説明は受けたのだが、あの洞窟は王家の血を引いている者しか入ってはいけないぐらいのことしか分からなかった)。物心ついた時には、たった一人でスラムに生きて
いた俺が、そんな高貴な血筋とかなわけないんだが、なあ?(……って誰に言ってんだ、俺)(苦笑)
「にーちゃーん、いる~?」
――と、その時、部屋の外から俺を呼ぶ声がする。……この声は、モー、か。
「……何だ、モー? 鍵は開いてるぞー?」
「う、うん……」
モーは何故か部屋に入ってこようとはせず、扉の外で話し続ける(俺が“王子”だと知ってからというもの、微妙に、よそよそしいんだよなー)(まあ、それは、モーだけじゃなく、ネ子もだけど)。
「ねぇ、にーちゃん。……今日、暇~?」
「夕方ごろ、ちょっと顔を出さなきゃならねーとこはあるけど、それまでは暇だぜー?」
日が暮れる前あたりを目安にして城に来いってフローさんに言われてるけど(……何の用事だろ?)、それまでは別にどこにいても構わないよ、な?
「じゃ、じゃあ、さー。お、おいらに、つ、……つきあってよ!」
「え?」と思わず聞き返してしまった俺に、
「お、おいらと、デ、……デートしない?って言ってんのっ!」
顔を真っ赤にしながら(見えないから想像だけどな)、モーは怒鳴る。な、何でそんなに緊張してるんだ、モー? たかがデートだっていうのに、こっちまで緊張するじゃねーか?
「い、……いいぜー、もちろん?」
俺は平静を装って(ちょっとだけ声が上ずったのは秘密だ)、部屋の外に声をかける。
「ほ、ほんとっ? やったあ!」
心底うれしそうな歓声が上がる(この感じだと、モーのやつ、飛び上がって喜んでやがるな、きっと)。
「な、何だよ、大袈裟だなー」
モーのやつのはしゃぎように、俺は思わず苦笑いしてしまったのだった(そんなに喜んでくれると悪い気はしないけどなー)。
「……時間、もう、過ぎてるよなー……」
いつもより少しだけおしゃれした俺は(い、いいだろ、デートなんだから、たまには!)、太陽の高さを見てつぶやいた(鎧はさすがに身に着けてないものの、自衛のため、剣は一応持ってきた)。
お昼ごろに広場で待ち合わせってことにしてたんだが(まあ、同じとこに住んでるんだけど、デートの時ぐらいは外で待ち合わせした方が気分が新鮮でいいだろ?)、モーのやつ、遅いな~(これで、「ごめ~ん。急用が入ったからキャンセル♪」とか言われると悲しい、悲しすぎるぞ、俺)。
「お、お待たせ~」
「来たか。……って」
モーの声にホッとして(微苦笑)振り向いた俺は、モーのやつの格好に驚いて目を丸くしてしまった。
「お前……、」
「な、何、にーちゃん?」
顔を赤らめ小首をかしげるモーに、
「キュロットなんて、持ってたのか……?」
俺は、思わず言ってしまう(我ながら、空気読めてないなー)(苦笑)(……ええ、分かってますよ。だから、モテないってことは)(もひとつ、苦笑)。
そう。モーのやつは、いつもの膝上までのぴったりとしたパンツルックじゃなく、キュロットなんていうオンナノコの格好を珍しくしてやがったのだ。
「い、いいじゃん、別に!」
案の定、モーのやつがむくれる。
「いや悪くないぞ、っていうか、カ……」
――カワイイぞ。しかも、かなり。
「え?」
「……いや、」
言いかけて、俺は言いよどむ。…何か今、恥ずかしいこと口にしようとしてなかったか、俺?
「?」と小首を傾げているモーの前で、
「いや、……かなり、悪くない、悪くない」
俺は無理やりに、言葉をつなげる。
「何だよ、それ~。もっと褒めるとか何かないの~?」
不満そうに頬を膨らませるモーのことを、
「あー、何だ。……よく似合ってるぞ、モー」
俺は一応褒めながら頭を撫でてやる。
「えへへぇ~♪」
一瞬にして機嫌を直し、うれしそうに微笑んだモーは、
「じゃ、行こう、にーちゃん♪」
俺の手を引っ張って歩き始めた。
「おう」
(……今日は、モーにお任せで、いいか)
そう決めた俺はモーとのデートを楽しむことに決めたのだった。
「にーちゃ~ん、こっちこっち♪」
「待てよ、モー」
浮かれているのか、かなり早足のモーに、俺はついていくのがやっとだったりする(我ながら、情けねーなー)(苦笑)(モーシン的にはかなり抑えているつもりなんだろうけど、やっぱり一流の〈武闘家〉の身体能力はハンパじゃねーなー)。
まわりからは、『恋人』と言うよりは、やっぱり、『兄と妹』に見えてるんだろうなぁとか思いながら(微笑)。
――んで、まあ、モーに手を引かれるまま歩いた先には、
「……雑貨屋、か」
「うん♪」
最近できたと思われる真新しい雑貨屋があった(俺は正直、こういうとこは苦手なんだが、モーもいることだし、後学のため?入ってみるか)(苦笑)
「まだ、来たことなくてさ~」
「そうか……」
『俺なんかと一緒で、いいのか?』なんて、無粋だよな(ここは、モーの気持ちを汲んでおこう)。
「さ、いこいこ♪」
「お、おう」
モーに続いて、俺も店の内へと足を踏み入れたのだった。
狭い店内には、……あるわあるわ、ファンシーなものやら可愛いもの、何に使うのか分からない怪しげな道具などが所狭しと置いてあるのだった(何だか、別世界に迷い込んだみたいで、眩暈しそうだわ、俺)(苦笑)。
「ねえねえ、にーちゃん。これ、カワイイでしょ~♪」
モーがぬいぐるみのひとつを手に取り、俺に掲げて見せる。
「……そ、そうだな……」
俺は頷いたのだが、…そんな筋肉達磨(仮)みたいな熊のぬいぐるみ、ホントに可愛いのか、お前……?
(まあ、モーのやつが気に入ってるなら、いいか)
俺は、ひょいとぬいぐるみを受け取り、
「買ってやるよ」
会計してる店員の方へと歩き出した。
「え、い、いいよ~♪」
「遠慮すんな」
モーの声を背中越しに聞きながら、まあ、たまにはこんなのもいいかな?と俺は思ったのだった(やべ、ちょっと顔がニヤけてるぞ、俺)。
「ありがと~、にーちゃん♪」
「まあ、たまには、な」
ゴツくてデカイ熊のぬいぐるみ(これ、実はひそかにリュックにもなるように設計されているんだと)(名前は、“コーちゃん”らしい)(まさか、俺の名前から取ったのか?)を抱きかかえてごきげんのモーシンを見て、俺まで嬉しくなる。
「~♪」
さっそく背中に背負ってみながら、リュックの感触を確かめているモーシンを見て(キュートなお子様〈武闘家〉がキッチュな熊のぬいぐるみを背負っている様って、ステキにシュールだなぁ)(微笑)、
「嬉しそうだな、モー?」
ついつい俺は声を掛けてしまう。
「うんっ♪」
本当に嬉しそうに微笑むモーに、
「お前も、女の子だったんだなー」
ちょっとだけ、からかうように言ってやる(こんなモーシン見るのは珍しい
からつい、な)。
「あ~、なにそれ~? ひっどーい♪」
モーは可愛く頬を膨らませ、次の瞬間、
「そんなんだとモテないよ~?」
お返しとばかりに、にやにや笑いながら言ってくる。
「ほっとけー」
思わず苦笑する俺に、
「あ、……じゃあさあ。もし、もしもだよ?」
何故かモーのやつは目を輝かせ、
「ん?」
立ち止まって言葉を待つ俺の前で、にっこりと微笑んだ。
「にーちゃんにイイ人ができなかったら、おいらがつきあったげるよ♪」
そんなことを力いっぱい、宣言する。
「……そうか、ありがとよ、モー」
何だか言葉が出なくてそんなことしか口にできなかった俺は、いつものようにモーの頭を撫でてやろうとしたのだが、
「……(ちゅっ)」
不意に思い立って、モーシンの額の髪をかきあげると、そのおでこに軽く口付けてやった(た、たまには、いいじゃねーか、これぐらい?!)。
「あ……」
思わずおでこを押さえ、頬を染めて見上げてくるモーシンに、
「その、これからはもう少し、お前のこと、女の子扱いするようにするからさ……」
何だか、今更なことを言って、今度はいつものように俺は彼女の頭を撫でた。
「う、うん。ありがと、にーちゃん……」
頬を赤らめて、心底、嬉しそうに頷いたモーシンだったのだが、
「……う」
だんだん恥ずかしくなってきたのか、更に顔を紅潮させてしまう(湯気出そうだぞ、モー?)。
「どうかしたのか、モー?」
「な、ななな、何でも、ないっっっ!」
力いっぱい否定して、
「お、おいら、先に帰ってるねっ」
「お、おい、モー?」
呼び止めてもモーは振り返らず、全速力で駆けていってしまったのだった(やっぱり速いなー)。
「どうしたのじゃ、コウ? ぼうっとして」
「……え?」
俺が顔を上げると、
「お主、わしの話を聞いておらんかったじゃろう?」
苦笑を浮かべたフローさんに、軽く額をつつかれた。
「……あ、すみません、フローさん」
城の一室に通されていた俺は、これからの俺の便宜上の身分と扱いについてフローさんから説明を受けていたのだが、さっき見たモーの態度が気になってまるで集中できていなかったのだ。
「何か、あったのか?」
「ええと、……」
どう言おうか迷ったが、……フローさんには隠し事はできそうにない、な。
――かくかくしかじか。
俺はさっきの出来事をかいつまんで説明する。
「……ってなことがありましてね」
「そうか、そんなことをモーがのぅ」
俺の話を聞き終わったフローさんは、まるで、孫の成長を聞いて喜ぶような祖母のような穏やかな笑みを浮かべた。
「あいつも変わってないように見えて、成長してるんですねー」
「そうじゃな」
頷いたフローさんはふと遠い目をして、
「女は、いくつであってもオンナであるとも言えるがな」
小さく、つぶやいた。
「……はい?」
「いや、何、」
フローさんは言葉の端に浮かんでしまった苦いものを隠すかのように、にやりと笑った。
「モーシンに任せるのはあまりにも不憫だと思うてな、……おぬしが売れ残ったら、わしが拾ってやるのもよいかと思案しておったところじゃ」
「フ、フローさん?!」(貴女までそんなことおっしゃいますか?!)
「ほっほっほっ」
フローさんは快活に笑い飛ばし、
「王子が売れ残るわけがないじゃろうが? ただの冗談じゃ、冗談!」
あっさりと言って片目を瞑った。
「は、はぁ……」
(冗談なのに、どうして、一瞬だけ、寂しそうな目をしたんですか…?)
――とは、さすがに聞けなかった。
「シュ・ジーン・コウ様?(おずおず)」
「おおっ?!」
城を後にし、混乱した頭を抱えて街を歩いていた俺は、突然、フルネームで呼ばれて驚いた(い、いかん。注意力散漫になってるぞ、俺)。振り向くと、見覚えのあるメイドさんの姿が。
「……何だ、ノーマさんか」
「はい、私、ノーマ・ルーでございます(ふかぶか)」
ノーマさんは深々と礼をした後、
「こんなところでお会いするなんて、奇遇ですね(どきどき♪)」
俺を見つめて、微笑んだ。
「……そうだな」
いつもとは違う仲間の様に戸惑っている俺には、いつもと変わらないノーマさんのヘンな口癖が妙に安心できた。
「どうか、されたのですか?(しげしげ)」
「あ、いや、……」
どうやら顔に出ていたらしい(我ながらわかりやすい性格だなー)(苦笑)。
「何つーか、……俺を含めて、みんな変わっていくんだなーってさ」
「そうですね……(ウムウム)」
ノーマさんは何度も頷いた後、
「あの、コウ様……?(おずおず)」
「なんだ?」
聞き返した俺に、意を決したように口を開いた。
「モーシン様からお聞きしました(おずおずおず)」
「え?」
突然、話を切り出すノーマさんの顔を俺は呆然と見つめてしまう。
「コウ様が、王家の血を引いていらっしゃるのだと(おずおずおずおず)」
……何だ、ノーマさんも知ってたのか……(何だか、逃げ場がない感じだな)。
「……まあ、な」
そのことは、一応、秘密なんだが、まあ、ノーマさんも関係者みたいなもんだから、いいか。
「他のやつには、……博士とかにも、秘密だぜ?」
俺は冗談めかして言う(まあ、もう知ってるかもしれないけど)。
「了解しております(うふふ♪)。二人の秘密、ですね(ぽっ)」
身をよじりながら照れるノーマさんに、
「あー、いや、……俺の仲間はみんな、知ってるぜ?」
俺は、ぎこちなく笑いながら告げる(って、モーから聞いたんだったら、知ってるはずなんだけどなー?)。
「存じております(こくこく)。ただ、」
「ただ?」
「こうして、コウ様からじきじきに、『秘密だぜ?』と言われたのが嬉しかったのですよ(テレテレ)」
「そうか……」
そんなことでここまで喜んでくれるのは恥ずかしいっつーか、照れくさいっつーか。
「あの、コウ様……?(どきどき♪)」
「ん?」
顔を上げた俺に、本当に照れたような、上気した顔でノーマさんはその言葉を告げる。
「差し出がましいお願いですけれど(どきどきどき♪)、できれば、これからも、こうして会って欲しい、ですっ(きゃっ、言っちゃった☆)」
「ノーマさん」
思わず彼女の顔を見つめてしまう俺に、ゆっくりとした口調でノーマさんは想いを口にする。
「コウ様は、……私が“発明品”だと知っても態度を変えなかった初めての男性の方です(大感謝♪)。こうして話していても、その、……とても、安心できるんです(ほんとにほんと☆)。ですから、」
きゅっと胸の前で手を組んで、ノーマさんは、――微笑んだ。
「ですから、こうして、貴方と言葉を交わせるだけで、私は、……幸せ、です」
「ノーマさん……」
……今の俺には、彼女の真剣な“想い”に応えることはできないかもしれないけれど、少なくとも、受け止めないと。
「そんなふうに思ってもらって、光栄だし、あんたと話していて安心できるのは、俺も同じだ。始めはヘンな人だと思ったけど、」
「ヘンな人、ですか(はふ~ん)」
「あ、すまん」
「いいえ(いえいえ~)」
「その、……“個性的”なあんたとこうして話すのは、一緒の時間を過ごすのは、楽しいってことだ。たまには、“研究所”の方に顔を出してもいいか?」
「も、もちろんです!(きゃ~☆) いつ、いらっしゃっても、私は歓迎いたします♪(こくこくこく)」
「ありがとよ」
「いいえ(ふるふるふる)、礼を申し上げるのは私の方です(はぅ~)」
すっかりいつもの調子に戻ったノーマさんは、スカートの裾を持ち上げて貴婦人の礼をする。
「それでは失礼致します、コウ様(ふかぶか~)。また、です(きゃっ♪)」
「ああ」
途中で何度も振り返り嬉しそうに手を振りながら去っていくノーマさんのことを俺は、その楽しそうな背中が見えなくなるまで見送ったのだった。
その後もぶらぶらと街を歩いていた俺は、気がつくと、見覚えのある場所へとたどりついていた。
「ここは……?」
いつか見たことのある風景に俺は首を捻り、
「……ああ、」
ようやく納得がいって、ひとり、頷いた。
「ネ子のやつと一緒に、姫さんを助けた場所じゃねーか」
俺は、橋の袂で苦笑を浮かべた。
「……ネ子」
ぽつりと俺はつぶやいた。何故だか、俺の心にネ子の顔が思い浮かんでいた。
――〈盗賊〉なのにおっちょこちょいで、『あいつを捕まえるのにはネコもいらない』とか言われてて、《罠解除》はものすごく苦手なのに《記憶術》はものすごかったり、実は結構やきもち焼きで、笑うと可愛くて、怒っても綺麗で、……。
「……って、何考えてるんだ、俺!?」
あまりにも恥ずかしいことを考えていた自分が恥ずかしくて(ちょっと混乱気味だな、俺)、ぶんぶんと頭を振って妄想を追い出そうとする俺だったが、
(……あれ? 俺、今ここに、ネ子にいて欲しいって思ってるのか……?)
そのことに思い至って、愕然とする。
「ネ子……」
ぽつりと、名前をつぶやいて、みる。……あいつのことをいったいどう思ってるのか、自分自身がわからねー。
「はい。何か、ご用事ですか、コウさん?」
「あ、いや、別に用事はねーけど……」
俺は、聞こえてきた声に何気なく応えて、
「……って、ネ子ぉっ?!」
声の主に気がついて、素っ頓狂な叫び声を上げてしまう。振り向くと、……うわ、ほんとにネ子のやつだ。何で、ここにいるんだ!?
「はい、私ですけど、何か?」
「いや、何かっつーか、何と言うか。……あー、びっくりした」
「あ、……ごめんなさい……」
胸をなでおろす俺に謝罪の言葉を口にしたネ子は、
「……どうせ私は、モーちゃんやフローさんやノーマさんじゃありませんよーだ」
ちょっぴり拗ねたようにつぶやいた。つーか、しっかり聞こえてるぞ、ネ子?(ってか、何気に、その名前の順番が気になるんだが……)。
「……おい、ネ子?」
「なんです?」
「お前、ひょっとして、……俺のこと、尾行してたのか……?」
「えっっ!?」
ギクッ、という擬音がぴったり当てはまるほど、ネ子のやつが固まる(おいおいおい)。
「やっぱり、そうか……」
俺は苦笑交じりのため息をついて、
「無断で仲間の後をつけるのは感心しねーな」
ちょっとだけ、怒ったように言ってみる(……いや、正直、思ったよりも腹は立ってねーんだが)(つーか、ひょっとして、むしろ嬉しいのか、俺?)。
「す、すみません……」
恐縮したように頭を下げたネ子は、
「その、……心配だったので」
ぎこちなく、口を開いた。
「何が?」
他の女と会ってるのが、とか言わないよな?(いや、ネ子に限ってそんなことはねーか)(苦笑)
「……コウさんのお身体が」
「えっ?」
俺は、ネ子の言葉に虚を衝かれた。思わず、彼女の顔をまじまじと見つめてしまう。
「コウさんが王位継承上位の資格を得たという事は、いずれ他の王位継承の資格を持っている方々や有力な貴族の方々に知られてしまうでしょう。取り入ろうとする者、利用しようとする者、排除しようとする者、…そんな邪(よこしま)な心を持った方々が王家の周りにはひしめいています。これから、そうい
う方々がコウさんに“接触”しようと試みてくるのはある意味必然。くれぐれも油断されないように」
「ネ子……」
まるで預言者のような厳かな顔でそんなことを言うネ子に、しばらく俺は言葉を失ってしまい、
「……詳しいんだな」
――ようやく口にできたのは、そんな台詞だった。
「まるで、そういうところで生きてきたみたいな人の台詞に聞こえたぞ?」
「え? あ、あはは~……」
揚げ足を取るかのような俺の言葉にネ子はぎこちなく笑い、
「しょ、職業柄、そういうのは得意なんですっ!」
ごまかすように、言った。
「そうだな」
俺は頷いて、ニヤリと笑った。
「一応、裏の世界に詳しい、〈盗賊〉だもんなー」
「“一応”は、余計ですっ!」
怒ったように言うネ子。
「ははっ」
「ふふっ」
どちらからともなく俺たちは笑い出し、……笑い、あった。
――こんなふうに笑えたのは久しぶりな気がする。
……何だか、心が、軽くなった。
「ありがとな、ネ子」
「え? ……いいえ」
ネ子は首を振り、
「皆さん、心配してるんですよ? コウさんのこと」
かすかな切なさを込めて、言った。
「ああ、……知ってる」
だからこそ、あんなことを口々にみんな言ってくれたんだもんな。
みんなの名誉のために言っておくが、彼女たちにこれっぽっちも“下心”は感じられなかった。それに、王子となった者がどういう家柄の女性を妃としなければならないかを彼女たちが知らないわけじゃないし、分からないわけでもないだろう(側室なんかを狙っているわけでも、もちろん、ない。……と、思う)(苦笑)。
何故なら、
――単なる一介の冒険者(しかも、名門出身のお坊ちゃまとかじゃなく、スラムを這いずり回っていた単なる小僧)にすぎなかった俺に、彼女たちがどう接してくれていたのか、よく知っているから。
王子と知れば目の色を変える女性もいるんだろうが、残念ながら(……幸運なことに)、俺の仲間は誰もそういうタイプの女性じゃなかったってことなんだろう(不変な関係などないとリアルに認識している女性が、取りあえず生活だけは保障してくれる財産のある男性と結婚しようと考えるのは理解できるし、そっちの方がある意味一般的かもしれないけどなー)。
「もちろん、私も、です」
ネ子は笑って、まっすぐな視線を向けてくる。
「……知ってる」
お前がそういうやつだってことも、な。
「だから、……ありがとう、ネ子」
「はい♪」
俺たちは、また、笑い合った。
「さて、帰るかー」
「そうですね」
俺の言葉にネ子は頷き、
「でも、私は、もう少しだけぶらぶらしてから帰りますから、コウさんは先に戻っていてください」
そんなことを言って、ちょっとだけ切なそうに、……微笑んだ。
「……そうか、分かった」
彼女なりに考えたいこともあるんだろうし、な(俺の事について、……ではないんだろうが)(苦笑)。
「くれぐれも油断しちゃだめですよ?」
「……ああ」
『そんなこと分かってる』って言いそうになったけど、ここは素直に頷いておこう。
「じゃあ、またな、ネ子」
「はい。またあとで」
――俺は、少しだけ後ろ髪をひかれるような気持ちで、家路へとついたのだった。
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