April Story3
蒼太はドアの前に立っていた。
木製のドア───見覚えがあった。
(ぼくの部屋……)
蒼太はぼんやりとした頭を振る。
(……新しい家の部屋……)
ドアを開ける。
「……あれ……?」
と、声が出た。
室内の様子が違っているのだ。壁際に机と本棚があるのには変わりないが、ベッドは無くなっていて、床にはぬいぐるみや絵本などが無造作に置いてある。
(こんな感じじゃなかったよね……?……あれ?でも、そうだったっけ……)
ぼんやりとした頭で、蒼太は再び、机の方へ目を向ける。
そうしてびくりと激しく体を揺らした。
そこに───机の前の椅子に、少年が座っていた。
蒼太と同じくらいの身長のようで、真っすぐに蒼太のことを見ている。
いや、何故見つめていると思ったのかはわからない。
その少年には顔が無かったからだ。
黒い髪をしていて、顔も同じように真っ黒だった。本来“顔”がある部分に、黒い渦のようなものがある。目も鼻も口も耳もない。
「ブラックホールみたい」と、蒼太は思った。
黒い何かが、首と髪の毛と繋がっているように見える。
蒼太はその˝黒い顔˝を見つめて、不思議な気持ちになった。恐怖はなかった。
(……なんでだろう……?……どこかで……、会ったこと、ある……?)
顔のない少年は体を横にして座り、首だけが蒼太の方を向いていた。
だからきっと、蒼太は「自分のことを見ている」と、感じたのだろう。
(でも……、どこで会った誰なのか思い出せない……)
蒼太は少年に一歩近づき、「誰……?」と問いかけようとした。
その瞬間、夢は終わった。
蒼太はそっと目を開けた。夢を見ていたせいか、頭が重い。
目の前にあるのは、まだ見慣れない、自分の部屋だ。
カーテン越しに窓から差し込んだ光が、ベッドの上の蒼太を照らしていた。
起き上がってカーテンを開ける。
「朝だ」と、思った。見慣れない、木々と草むらという眩しい風景が見える。
目を向ける床に、ぬいぐるみや絵本はない。
まだ中身を全部出していない開いた段ボールがあるだけだ。
蒼太は小さく、息を吐いた。
(……夢の中でも、ちゃんと会えないんだ……)
憂鬱になり、それを振り払うように首を横に振ると、居間に向かうことにした。
(えっと……、今日は……)
父が昨日言っていたことを思い出して、蒼太は再び、溜息を吐いた。更に、憂鬱な気持ちになる。
(……新しい学校に、挨拶しに行く日……)
引っ越しは終わったが、蒼太の転校はこれからだった。
居間に入るとテレビが点いていて、朝の情報番組が流れていた。
「おお、おはよう。ゆっくり眠れたか?」
台所から父が出てきた。
「おはよう。……うん、大丈夫」
蒼太は父に答え、ダイニングテーブルの椅子に座った。
父はちょうど朝食を作り終えたようで、テーブルには料理が並んでいた。
味噌汁と目玉焼き、父が朝食によく作る組み合わせだった。
蒼太は壁に掛かっている時計を見て時刻を確認した。
───8時35分。
蒼太が休みの日、起きる時間とだいたい同じだった。
父が蒼太の真向かいに座り、二人は朝食を食べ始める。
『───昨夜未明、東(あずま)市のとある路地裏で女性の死体が発見されました』
蒼太はそのアナウンサーの声にテレビに目を向けた。
『女性は他殺と見られ、死体には胸や腹に数か所、ナイフのようなもので刺された跡があるそうで、犯人は未だ分かっていないということです。警察は詳しい状況を調べています。』
「……可哀想にな……。東市っていったら、隣町だ。町の人も他人事じゃないだろうなあ」
父が言った。
(ここからそんなに遠くない場所でこんなひどい事件が起きてたんだ……)
蒼太は父の言葉を聞いて、ひやりとした。
画面には女性の死体が発見されたという狭い路地が映っている。
(こういう人気のないところってやっぱり危ないんだな……)
気を付けよう、と蒼太は思った。
殺された女性が気を付けていなかったからだ、というつもりはもちろん無いが、事故や事件はいつ、何がきっかけで起こるか分からない。
画面は切り替わり、東市の街の様子が写された。蒼太は高層ビルに囲まれた道路を見て、「都会だ」と、思うった。
(ぼくが住んでた町もそうだったけど……、都会って色んな人が集まるから、事件起きやすいんだよね……)
だが、ここは違うのだろう───と、蒼太は勝手な憶測をしてしまう。
(昨日戻ってきたばっかりだけど、ここは平和そう)
そう考えた時、何故か、不意に寒気を感じ、蒼太は肩を震わせた。
※
「───では、お父様の転勤が理由でこちらにお戻りになられたと」
蒼太の新しい担任になる浜田という男性教師は、父の話を聞いた後、そう言った。
「はい。……後は、息子がいじめに遭っていたこともありまして」
「ああ……、なるほど。前の学校では普通クラスに?」
「そうだったんですが……、途中からクラスを離した方がいいだろうという判断で個別指導をやって頂いていました」
父の説明を、蒼太は俯きながら聞いていた。
この、緑ヶ丘小学校の来客室に通されてから、いつ終わるかしれない話を父と浜田はしている。
蒼太は向かいに座った浜田と目が合わないように、話を振られないように、浜田の膝の上の手を見つめていた。左手の薬指には銀色の指輪がしてある。
「うちのクラスには、蒼太君と同じく、能力者の女の子がいるんですが、明るくて優しい子なので、ご安心して頂けると思います」
穏やかな声で浜田が言うも、蒼太は全く穏やかな気分になれなかった。
(明るい子……なんだ)
期待が外れてがっかりする。
(……大人しい子が良かった)
「ですが、わからないことや不安なことがあれば、学校が始まってからでも聞いてくれたら答えますから」
その言葉に顔を上げると浜田が蒼太のことを笑顔で見ていた。
蒼太は無言でこくんと、頷き、すぐに目を逸らした。
その後、校長と教頭が挨拶をしに来たり、浜田に校内を案内してもらった。
緑ヶ丘小学校はまだ建設して新しいらしく、とても綺麗な学校だった。4階まである広く大きい校舎では、「ここはこの教室です」と説明されても蒼太は完全に覚えることはできなかった。
この日は春休み明けの始業式と入学式のため、午前授業だったらしく、午後2時を回った現在は児童の姿は見当たらない。
最後に案内されたのは1階の一番左端にある教室だった。
蒼太の新しい教室───その部屋には椅子が2つしか置かれていなかった。
蒼太の新しいクラスは「特別クラス」という名の、特別な事情のある児童が在籍するところで浜田が先程言っていた能力者の女子児童が蒼太の唯一のクラスメイトらしい。
(もしその子と仲良くできなかったら、どうしよう……)
蒼太は2つの席を見て不安になった。
お互いに1人しかいないクラスメイトとうまくやれないというのは中々の問題だろう。
そうなってしまった場合、蒼太は学校生活に耐えられる自信がなかった。
(嫌われないようにしないと……)
蒼太はまだ、名前さえ知らないクラスメイトに対し、そう思った。
「では、明日会えるのを楽しみにしていますね」
玄関に戻ると、浜田が社交辞令っぽく蒼太に言ってきた。その、本当にそう思っているのか疑わずにはいられない言葉に、蒼太は頷くしかない。
「ありがとうございます。明日から、息子をよろしくお願いします」
父が頭を下げる。
「いえいえ。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
父より深く、頭を下げる浜田。
蒼太はその様子を大人しく見ていた。早く帰りたいがため、半ば、2人の会話は頭の中にほとんど入ってはいない。
「では、失礼します」
やっと父がその言葉を発した。
蒼太はドアを潜る時、きっとまた、深く礼をしている浜田の姿は振り返らなかった。
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