April Story1

 清水蒼太は車窓から見える景色をぼんやりと眺めていた。

 見慣れた町の景色、この景色を見るのは今日が、今この時が最後なのかもしれない。そう思い、蒼太はほっと息を吐き、座席に寄りかかる。

 4年間暮らしたこの町に、良い思い出は殆どない。嫌な事も、悲しい事も、辛い事も、この町を出れば無くなる、忘れることができる───そう、蒼太は思っていた。

 だから、引っ越しの話を父からされた時、蒼太は一切、反対しなかった。

 小学4年生の春休み最終日。それは蒼太にとって、7歳まで住んでいた田舎の家に引っ越す日だった。

 薄らと頭に残っているその家での生活は、楽しいものだった。

(お父さんがいて、お母さんもいて、後……)

そう考えた時、楽しかった思い出が、実は現実に存在していないものなのでは無いかと感じてしまい、「そんなことない」と、首を横に振る。

(……会いたいな……)

そう思うのは何度目だろう。

 そして、蒼太は窓に写った、自分の顔を見て、毎回、同じことを思う。

(普通になりたい……)

蒼太は白髪に水色の瞳をした少年の顔から目を逸らして、俯いた。

「蒼太?」

そう呼ぶ声に蒼太は再び顔を上げることになった。

見ると、父とルームミラー越しに目が合った。

「眠くなった?まだ着かないから寝ててもいいよ」

どうやら蒼太が顔を伏せたのを眠いのだと勘違いしたようだ。

「あっ、ううん……、まだ大丈夫」

蒼太は首を振った。

 車を運転する父と、その後ろの座席に座る蒼太───4人乗りの車内にいるのはこの2人だけだ。

 空いている助手席に座らないのは、蒼太が父との距離感がうまく掴めないことに由った。

 それは、蒼太と父の間に血縁関係は一切なく、5年前、事故で無くなった母が、蒼太が1歳の時、˝本当の父˝と離婚し、今、車を運転している父と再婚したことで家族になった関係だから、ということに原因がある。

 もうすぐ、家族になってから10年以上が経つものの、蒼太は父に対して、˝本当の父˝という感情は未だ持てずにいた。

 それが何故なのか、蒼太にはわからない。

 父のことが苦手なわけではないし、優しくていつも自分のことを最優先して考えてくれる父のことが、蒼太は大好きで大切なはずなのに。


(これから行く町の名前……北山だっけ)

 蒼太はシートに深く寄りかかった。

(……生まれたところだし、住んでた町なのに、名前聞いてもピンとこないな……)

高速道路の横には海があり、蒼太は窓越しに海を見た。

(北山には海あるかな?)

ふとそんなことを思った。

 蒼太の記憶の中に小さい頃、母に、海に連れて行ってもらった事があるのだが、どこの海だったかは思い出せていなかった。

(もしかしたら……、北山の海だったのかも……)

急に目がぼんやりとしてきて、蒼太は目をこすった。

 父も言っていた通り、まだ着くまでに時間がかかりそうだ。

 目を閉じた蒼太の頭に浮かんだのは「北山に着いたら海を探してみよう」という自分らしくない、そんな考えだった。


 ※                                  


「───蒼太?」

その声に蒼太は目を覚ました。

見ると父が運転席からこちらを振り返っていた。

(どこ……?)

蒼太が窓に目を向けることに気づいた父が「インターチェンジだよ。少し休憩」と答えた。そこで蒼太は車が広い駐車場に止まっていることに気が付く。

 蒼太は深く息を吸い込み、肩を下した。寝起きで頭がぼんやりとする。

 父は「外の空気吸ってくる」と外に出たが、蒼太は前方に見える店屋の前に人が集っているのを見て車内に残ることにした。

 隣のシートに置いたスケッチブックを手に取り、ページを開こうとした時、無意識にページの間に挟んだままにしてあった鉛筆が蒼太の足の上に転がった。

「あっ」と声を上げた時には、鉛筆はフロアへと落ちていく。

───が、フロアと触れる直前で鉛筆は動きをピタリと止めた。

「ああ……」

蒼太は溜息を吐き、鉛筆を拾う。

(またやっちゃった……)

顔を上げた時、殆ど無意識に見たルームミラーに映った自分の顔と目が合う。

 水色の瞳から、薄らとした青い横一直線の光が放たれているのを見た蒼太は、びくりと肩を揺らし、その光を消すように固く目を閉じた。

 何度見ても、この光は蒼太を嫌な気持ちにさせる。

 そっと目を開けると光は消えていた。

(……こんな風に消せたらいいのに……、この力も……)

蒼太は鉛筆を握った右手を見つめる。

絵を描く気にはなれなくなった。

この力があるのは、誰のせいでもない。

自分のせいでもない、そう思いたかった。


『この世には˝異能力˝と呼ばれる特殊な力を持って生まれる人間がいる。異能力を持った人間は˝能力者˝と呼ばれ、現在日本にいる能力者は人口の2割ほどである。能力者はそれぞれ違った異能力を持ち、能力を使用する際には瞳が異様な光を放つ。能力者と非能力者を見分ける方法は簡単である。能力者は毛髪と瞳の色のどちらか、もしくはどちらも特殊な色をしているからだ。・・・』


 いつだったか、学校の図書室で読んだ本に書いてあった文章を、蒼太は思い返した。

 その本は能力者を非難するようなものでは無かったが、蒼太はその文章がどこか能力者のことを馬鹿にしているように感じてしまい、途中で読むのをやめてしまった。

(たしか……、あの本を書いた人って、非能力者の人だっけ……)

確か、こう記されていた。『これを書いている私は能力者ではないので』、と。

(能力者の気持ちは、能力者にしかわからない……)

蒼太はその作者にそう言いたくなった。“物を操る”能力者として、能力者であることで、いじめに遭ってきた人間として、世間にそう訴えたくなった。

(でも……、そんな勇気ないし、ぼくが言ったところで変わらないんだろうな……)

「だったら……」と、蒼太は思う。

(やっぱり、ぼくが変わるしかないのかな……?)


 運転席のドアが開く音で蒼太の思考は一旦止められた。

「よし、後少しだな」

父は車に乗り込むとそういってシートベルトを締める。

「あっ……、ねえ、お父さん」

蒼太は父がエンジンをかける前に、気になっていたことを尋ねることにした。

「……北山って、海ある?」

振り返った父に、蒼太はそう尋ねた。

「うん、あるよ。そっか、今まで無かったもんな」

父が微笑む。

 父の言う通り、2時間前まで住んでいたあの町には、海が無かった。

「うん」と小さく頷く蒼太にも、嬉しい気持ちが込み上げた。                              

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