本編
こちら逢魔時対策本部第十七班
知る人ぞ知る秘密組織、
何の因果かこの課に所属することになった
「主な業務って見回りなんだね・・・・・・」
「なんだ、切った張ったの大捕物でもするかと思ったのか」
鮫島は桜庭の言葉に不快そうに鼻を鳴らす。
水色に染めた髪に赤いメッシュ。生まれつきらしい鮫のように尖った歯に耳には大量のピアス。椅子に膝を立てて座る行儀の悪さに荒っぽい喋り方。顔は怖いけど気は小さい桜庭とは対局に位置する年下の先輩に桜庭は体を小さくした。
「いや、ケガレとか怖いし、見回りで正直安心したというか・・・・・・」
「あんた、ほんっとに見かけ倒しだな」
心底安心した様子の桜庭を見て鮫島が顔をしかめた。その姿に桜庭は萎縮する。年下の大学生相手に情けないという気持ちもあったが、先ほど述べたのは隠すことない桜庭の本音である。
逢魔時対策課は古くから存在する国家組織である。それなりの高給取りな公務員だが、その存在は公にはされていない。その理由は対策課の主な仕事がケガレという化け物の退治だからである。
このケガレというのは自然発生するものらしい。人が抱く負の感情が物や場所に溜まると、そこからケガレが生まれる。最初は小さな手足と大きな口を持つ赤ん坊くらいの大きさ。それが動物や場所に取り憑くことで成長する。大きくなるにつれて人間に取り憑き、周囲に悪影響を与え始める。成長しきったケガレはやっかいなため、成長仕切る前に発見、浄化するのが鉄則。そのために行われるのが見回りだ。
「俺ももっとスカッとする場所かと思って入ったのに、やることなすこと地味なんだよな。期待外れもいいとこ。利点といったら夜遊びしてても怒られねえことぐらい?」
そこまでいってから鮫島はじっと桜庭を見つめた。
「あんたは夜遊びもしそうにねえな・・・・・・いや、しようとしても女には逃げられるか」
「そうだねえ・・・・・・僕は顔が怖いから・・・・・・」
苦笑すると桜庭を見てなぜか鮫島は顔をしかめた。その表情の意味がわからずさらに桜庭は萎縮する。不快にさせるつもりではなかったのだが、なにかが鮫島の癪に障ったらしい。自分はほんとだめだなあと桜庭は心の中で嘆息した。
桜庭は父親似だ。父はがたいがよく、目つきが悪く荒っぽかった。典型的なクズ親といえる父を桜庭はよくは思っていない。ただし、自分にあの度胸の一つでもあればと思ったことはある。同級生と比べて頭一つ大きく目つきが悪い桜庭はよく上級生に絡まれた。しかしケンカができない性格からいつも一方的に殴られた。
似た目だけでなく性格も父と似ていれば苛めらられることはなかったと思う。けれど父のようになりたいかと言われるとなりたくはない。ならばせめて、外見が父親似でなければ。そう何度も思ったが生まれもった外見を変えられるわけもない。
「ごめんねえ、こんなおっさんの面倒見させて」
桜庭は三十代。それに比べて鮫島は大学一年生。名門大学に現役で合格した、本人曰く天才らしい。未来有望な若者である鮫島に、人生崖っぷちというか崖から落ちたら木の枝に偶然引っかかって一命を取り留めた桜庭が面倒を見てもらっているのはなんだか申し訳ない。
そう思って苦笑とともに告げた言葉に鮫島は一層顔をしかめた。
「あんたさあ・・・・・・見ててイライラすんな・・・・・・」
「えぇ・・・・・・」
心の底からの謝罪だったのだが、言い方が悪かっただろうか。そう思ってオロオロし始めた桜庭を見かねたように膝の上に置かれていた短刀が震え出す。
その短刀がひとりでに震えると煙のようなものが広がり、気づけば膝の上には小学生くらいの女の子がのっていた。
「えぇい! 先ほどから聞いておれば無礼であるぞ! ぬしより湊人の方が年上であろう! 礼儀をわきまえろ! 小童が!!」
「てめぇこそ、神様ならホイホイ気軽に出てくるんじゃねえよ! 馬鹿付喪神が!」
「ば・・・・・・! この妾を馬鹿じゃと!? なんて罰当たりなぁ!!」
「ちょっと、落ち着いて!!」
膝の上に乗っている女の子が騒ぐとそれに答えて鮫島が吠える。鮫島が口を開くと名前を表すようなギザギザの歯が目に入り桜庭はビクッとするのだが、怒り心頭の女の子には恐怖などないらしい。顔を真っ赤にして両手を振り回して怒る姿は大変愛らしいが、桜庭の膝の上で騒ぐのはやめてほしい。落ちそうで怖い。
「鮫島くん落ち着いて、桜花ちゃんも危ないから」
落ちないように体をしっかり抱き寄せると女の子――桜花は桜庭を見上げた。ぱっちりとした大きな瞳は黄色と緑が入った不思議な色合いで、人間であれば白い部分は真っ黒に染まっている。頭には大きな角が二本、額には大小の角が四本。長い髪は桜の花びらを思わせる淡い桃色。服装も古めかしく、普通の子供には到底見えない。
桜庭の膝の上に座っている女の子は人間ではない。刀に降りた神。付喪神である。その名は
「湊人は怒るべきじゃ。この者は湊人を愚弄したのじゃぞ。年下で変な頭してる分際で」
「俺からしたらお前だって十分変な頭だからな」
「なんじゃと!!」
「やるかこらぁ!?」
「二人とも、さっきと流れ一緒だから!」
すぐにケンカを始める桜花と鮫島をどうにか落ち着かせる。闘牛使いにでもなったような気持ちだ。
桜花相手に本気で怒るのは大人げないと気づいたのか鮫島はフンッと鼻を鳴らすと足と腕を組んでそっぽをむいた。そんな鮫島を桜花はシャーシャーと猫のように威嚇している。
「俺が礼儀のなってねえガキっていうなら、年下に腹立つこと言われたって怒らねえ奴も問題だろ。自分を卑下しすぎるのだって問題だ。そこんとこはどうなんだよ。俺よりも長生きな付喪神様」
そっぽを向いていた鮫島が今度は馬鹿にした顔で桜花を見つめた。鮫島は桜花を見ているが、明らかに指摘してるのは桜庭のことだ。それに桜庭の心臓がぎゅっと痛む。
「そうじゃの。それも問題じゃ」
桜庭の膝の上に乗った桜花はあっさりとそういった。あまりにあっさり言うものだから指摘した側の鮫島の方が目を見開いて固まっている。しかし桜花はそんな鮫島にも、鮫島と同じく驚いて固まっている桜庭にも一切かまわず、にっこりと笑って見せた。
「問題じゃが、経験上これはすぐには治らぬ! 気長に見るしかないのじゃ」
「・・・・・・お前がいう気長って・・・・・・」
「大丈夫じゃぞ。わしは気が長いほうじゃから」
鮫島の言葉には応えず桜花は桜庭を見上げて笑った。はかない桜というよりはヒマワリみたいな笑顔を見て桜庭はつい笑ってしまう。
「それは安心だなあ」
「じゃろ~」
桜庭が笑うと桜花は満足げに笑う。それは神様というよりは頭をなでてほしいと主張する犬や猫のようで、桜庭は自然とその頭をなでていた。
膝の上に乗っているのは女の子の姿をしているが付喪神である。ケガレを浄化するために昔の人々が丹精込めて作り上げた一品である。それがわかっているのに桜庭には桜花が神様にはとても思えなかった。今はなき妹の姿に重なって、一層愛らしく思えてしまう。
桜庭が逢魔時対策課に所属することになったのは偶然だ。それが運命だったなんて思わない。あまりにも不運な自分を見かねて神様が引き合わせてくれたなんてロマンチックなことも思わない。けれど、桜花と出会えたことは幸運だったと桜庭は思っている。
「お前らの仲が良好なのはいいことだな・・・・・・」
机の上に肘をついて、呆れた顔でこちらを見ていた鮫島がつぶやいた。それに桜花は「仲良しじゃぞ!」と元気よく答えている。
「対策課でも貴重な付喪神とその契約者だ。お前らには上も微妙に期待してるらしいから、まぁ頑張れ」
鮫島はおざなりにそういうとひらひらと手を振って立ち上がった。言われた桜庭と桜花はそろって首をかしげる。
「えっ……僕新人だけど……」
「妾は守り刀じゃぞ?」
「お前ら自覚ないみたいだけどな、ケガレに対抗するべく造られた刀、しかも付喪神付きなんて現存してるのは数えられるほどしかないんだよ。しかも鬼守桜花は契約者を選ぶ刀だ。貴重な付喪神とその契約者に上が期待しないはずがないだろ」
鮫島の言葉に桜庭の顔が青くなる。
対策課に保護されて数週間。死にかけの状況で保護され、治療してもらい、住居も用意してもらい、仕事まで工面してもらえた。これは死ぬ気で恩を返さねばと思っていたが、予想外に期待されているときくと急にプレッシャーを感じる。
おろおろしながら桜花を見ると、桜花も青い顔をしていた。
「ま……まさか、妾を実践で使う気じゃあるまいな?」
「実践で使わなくて、なんのための刀だよ」
首をかしげた鮫島を見て、桜花は叫んだ。
「やじゃー! ケガレ怖い! なんか奴ら、ブヨっとしとるし、キモチワルいし、見てると気分悪くなるんじゃ! やじゃー!」
「いやいや、お前なんのために作られたと思ってんだ!? ケガレを浄化するのがお前の仕事だろ!」
「ぼ、僕……急に胃の調子が……」
「はああ!? 気が小さいにもほどがあんだろ!!」
嫌じゃ、嫌じゃと騒ぐ桜花、青い顔で胃を押さえる桜庭。両方を見つめた鮫島は額に青筋を浮かべて叫んだ。
「この見掛け倒しコンビが!!!」
逢魔時対策本部第十七班。
新人に桜庭湊人、その契約刀として桜守桜花を加え、本日も元気に活動中である。
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