第61話 揺れる日常

琴音さんとの毎日は、思いの外あっと言うまに過ぎていった。

学校で、放課後で、休みの日で…

遊んで、笑って。

他愛もない時間を、ずっと。

あまり変わらない彼女の感情の機微きびが、よく分かるようになった。

カルボナーラを相変わらず美味しそうに食べて

やたらと絶叫マシンに乗せようとするのを切り抜けて

…そういった思い出が、少しづつ増えていく。

「ん、蓮。じゃね。」

「ん…じゃ。」

そう返すと、琴音ちゃんは口の端でニマニマしながらこちらを見つめる

「…なんでそんなにニマニマしてるんですか…」

「…ん。じゃ。」

「気をつけて帰ってくださいね。」


ふとした時の口調が移ったりして。


だけど、こうまで…


こうまで、彼女を辱しめる存在がいることが気に入らないことが…どうもおかしい。

なぜか…とっととボロを出してほしいとさえ思っている

それは、確実に彼女を傷つけるはずなのに。

どうして…

―ピロロロッ!

「ん…?…スマホか…」

今回の作戦とか…今後のことも考えた上で、拓磨さんは僕にスマホを与えてくれた。

ここのところは、ひたすらよくわからない生物を育成していくゲームにハマってしまって、今ではもう8周目になる。

そんな経緯もあって手に入ったスマホだが…僕に電話をかけてくるような人はかなり限られてる。

まさか…

『白坂 琴音 さんから、電話がかけられました』

という旨のメッセージ。

不在着信扱いになったそれを、ただ呆然と見つめる

思考は、限界まで働かせながら。


『琴音ちゃんとはぐれてからたった時間』

―およそ20分以内。

20分圏内で彼女の行った方向を元に帰るルートを頭に思い浮かべる

『不在着信扱いになった通知の時間』

―たった1分前

彼女の歩くスピードを思い出しつつ、どのあたりまでなら現実的に行くことが可能かを考える


「…あのあたりか…?」

行けそうなところに全速力で走る

走りながら琴音さんに電話をしているが…出ない!!

そこの角を曲がれば…

「いい加減抵抗すんな!!!クソがッ!!」

「や…やめて…!」

大柄の男が、琴音ちゃんを押さえつけようとして…


…なんとなく、分かった。


「あぁ?…あぁ…居やがったなに!『負け犬』くんさぁ!!」

あのクソ野郎だ…!



「なんで…なんでお前がここにもいるんだよ…!」

鬱陶うっとうしい。

本当に…シンプルに、そう思う。

なんでお前みたいなやつが僕の日常に入り込んでくるんだ…

なんで他人に一々一々いちいちいちいち傍迷惑な態度を取らないと生きることも出来ないんだ…!?


いい加減にしろよクソ野郎共…!!


「お前みたいなやつが…お前みたいなやつが…!!

…僕の日常を汚すなよ…!!うっぜぇんだよ!!!」

思わず、そう吐き捨てた。

許せなかった

暴力を、振るいたかった

殴って、殴って、ぐちゃぐちゃにして…

まとわりつくうざったいハエみたいな存在を、目の前のクソ野郎をぶん殴って…ようやく鬱憤を晴らせる気がした。

「なんだよクソガキ」

そう言って、僕の腹部に強い衝撃を感じた

「…ごぼっ」

肺の空気が、衝撃で全部吐き出される

「蓮!!蓮!!!」

「うるっ…せえな!!!」

―ドッ!

琴音ちゃんは、顔を殴られていた

それでも、何度でも…僕に声をかけて…

届かない訳がないって、信じきっていたみたいだ。


…でも…でも…ごめん。

…僕は…

僕が怒ったのはあくまで…『自分のため』だったんだ

その『気付き』が、過去の記憶を粗捜しする

あぁもう…

僕もすっかり…両親クソ野郎の思う壺かよ…


最後の最後に、一番気づきたくなかった

出来れば一生…目を背けたかった。

『僕は…どこまでいっても…両親アイツらの子供なんだ…』


いやだったなぁ



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