第57話 僕は、晴天に疲れた

琴音ちゃんの話を聞いて、少し考えた。

僕を好きだと言う、彼女の言葉を聞いて、少し考えた

『僕はなぜ、奈那さんと付き合うのか』と

なのか。

危なっかしいから?

人生で初めて告白されたから?

それとも…


―僕は、?―


だから付き合うのか

から付き合うのか

…僕は、その答えが咄嗟とっさに出てこなかった

―ザッ、ザッ、ザッ…

千切りにしているキャベツを切る音が、いつもより少し遠く感じる。

「…なんで…でしょうね…」

「…?」

「…『好きだから』、人は誰かと一緒になりたいと…そう思うのかなって…。」

ぽつりぽつりと、頭にあることを…頭にある、この『 』を…どうにか言葉にして吐き出したくて。

思わず、夢中で話してしまう。

「僕は…育児放棄ネグレクトだったから…っていうのも…あるのかな、『好き』とか…『愛してる』とか…そういうのが分かんなくて…」

「…ん。」

「僕を、両親アイツらが『愛していた』なら…『愛していた』のなら…僕の心の『 』は…この…言葉で埋まらないこの感情は…満たされていたのかなって…そう、思う時はあります。」

「…蓮は…悪くない。」

背中越しに聞こえる声は、そう言った。

悪くない。

悪では…ない。

なんだろうな、『悪』って

なんだろうな、『愛』って

僕の真っ白な辞書ページに、その言葉は軽かった

ただひたすらに、羽のように軽く感じた

綺麗な言葉だなと、どこかでに落ちた。

「…琴音ちゃん…」

「…なに?」

「世の中は…思ってるより綺麗な顔をしてるね。」

「…?」

流石に、詩的ポエムが過ぎただろうか…?

気にしないでいいと口で言った。

心はいつまでも、その考えに囚われていた。

―チン!

弾けるように、パンが焼けた音がした。

「琴音ちゃん」

「…ポエムはやめて」

「違うよ…告白の返事」

パンが焼けて…具材もできたので、振り返って顔を合わせようと彼女の方を向いたけれど、琴音ちゃんはまだ終わってない様子。

「ん、知ってるからいい。」

「うん…ごめんね。」

『どちらにせよ、奈那さんを裏切ることはできない』

その答えを予想していたように、いつも通り、彼女は一欠片も感情を見せない口調で語る

「…謝らないで…どうせ奪ってあげるから。」

目を少しだけ細めて、微笑と共に宣言した彼女は、

僕の知る限りの世界より、ずっと綺麗に感じた。


「できましたよ。」

「おぉっ!流石料理系男子…これは…サンドイッチかな?」

「はい、少し前にメニューで見たサンドイッチを参考にしてて…ちょっと強めに焼いてサクサク感を上げたパンに、具材として市販の生ハム、千切りキャベツに少しだけ厚めに切ったトマト…あと、横に添えてある目玉焼きは食べ進めていってから味変として追加して貰えればと。」

「凄いね蓮くん…これをサッと出せるって…」

「味付けは…個人的にチーズを朝に食べたくなかったので少しだけ濃くしてます、まあ…琴音ちゃんの料理が薄れても困るのでそこまで濃くもありませんが…」

「なんでそんな細かい調整が効くのさ…」

その質問に対する答えなど、僕は1つしか知らない

「…なんとなく…ですかね…」

「センスかぁ…」

そして、琴音ちゃんの料理が後から出てくる

「これは…なんのスープ…?…あと…なにこれ?」

「ん…コンソメスープ…蓮ほど工夫はしてない…ライムとタバスコを添えた。…2つとも入れて?」

「凄い…斬新な組み合わせだね白坂ちゃん…」

「…いや…聞いたことあるんだよ、どうもメキシコだとライムとタバスコを入れるのは定番だ、とかなんとか…ところで、スープが少し赤いのは…?」

「ん、トマト、入れた。蓮が使わなかったところ」

「…これはまた…恐れ入るね…」

「食べ物、ムダ、だめ。」

顔の前でばってんを作りながら、琴音ちゃんは言う。

…その考え方も、誰かに教えて貰ったのかな。

始まったばかりの朝を、少し満喫している自分がいるのにも驚いた。

今までは明日が来るのさえ憂鬱だったのに…

…やっぱり、

得意気に料理について語る、琴音ちゃんを眺めながら…僕は密かに、覚悟を固めた。

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