第10話 雨の日、のち晴れ(7)


暫く、走って、ふと後ろを見ると野焼のスピードが落ちているのが分かった。

彼女の赤い瞳は切りがかった森の奥にある。

そろそろだと、確信してハルは、天人を起こす。

「ねぇ、体調悪い所悪いんだけどさぁ、ちょっと協力してくれない?」

「…………んだよ」

「結界を視てほしいの。境界線はどこ?」

天人がうっすらと息をする。

そして言った。

「………目の前だ。………つーか」

まじか、ラッキーとハルは大きく一歩踏み出す。


「……落ちるぞ」と、天人が言ったのと同時だった。


ハルは結界の境界線を跨ぎ、結界の外に出た途端、地面のない空中を足が切る

下は、崖だった。

「…………え、嘘…………」

点々と街を明るく惹かれせる街灯も見えた。空中にいる時間も長く感じた。このまま落ちると、どうなるか必然的に理解できた。体が浮遊する感じ。自分の背中から脱力した天人が離れていく感じ。何も入っていない胃が上に浮く感じ。これがジェットコースターに乗っていると言うのだろうか、と乗ったことある人に問いたくなるような。

刹那、脳裏に佰乃の顔が浮かぶ。

『天人を絶対に死なせちゃダメだよ。連れて帰ってくるんだよ』

家を出る直前に言われた言葉が、ハルを冷静な世界へと連れ戻した。

ここで、天人が怪我をしたら致命傷を負ったら、きっと佰乃は悲しむ。

ハルはそんな佰乃の顔が見たくない。

「……くそっ!」

ハルは浮遊する中、離れていきそうになる天人の体を抱えて、自分の方に抱き寄せた。その時、改めて天人の冷え切った体を認識した。

こいつ………まじで、死ぬ気じゃないだろうね………?

そんな考えが頭をよぎって、下を見た。着地点を見極めるために。

「……あった。あそこなら」

着地できそうな、川。そばには、隠れられそうな洞窟もある。まじで、そんな場所がこの裏山にあるとは知らなかったけれど。

「雨の中、水に入るとか、最悪だけど…………」

ハルは義足のついた方の足で精一杯空振りする空気を蹴った。

軌道修正することに成功し……――。



そして、ハルと天人は自由落下運動に逆らって、勢いよく川の中に落ちていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る