第9話 雨の日、のち晴れ(6)
四
あーあ、なになに。
なにやっちゃってんのさぁ、天人ぉ。
ハルは先ほど聞いた天人の声を頼りに森の中を一気に駆け抜けていた。義足が新調したばかりで調子が良いのは功を奏しただろう。
声だけしか聞こえなかったから、わからないけれど、大方予想つくよ。
友達の佐々木音音くんが消えちゃったんでしょう?
あぁ、最悪。
こうなると思ってたのに。
ハルは頬に当たる雨粒を切って進む。雨のせいで足元の土が緩みだした。滑って靴が埋もれる。
こりゃぁ、やばそうだな、とハルは急いだ。山の中を駆けって、やがて開けた部分が見えた。そこには崩れるように横たわる天人と、黒い学ランで身を包んだ小野内優一郎がいた。
「…………」
ハルは地面で横たわる天人に近づく。そして、ただ突っ立ってこっちを見ている優一郎からも決して目線を逸らさずに。
「……おーい、天人ぉ。生きてるー?」
「……まぁ……」
なんとか返事は返せるみたいだけれど、微弱だ。
ハルにも目にして分かった。
天人の放つオーラ……というか、気?まぁ、妖力?生命力?よくわかんないけれど、生命的にとても弱っているのは、目の当たりにして理解可能だ。体もひどく冷たい。ここに優一郎という脅威がいるというのに自分で動けないのは、…否、動こうとしないのは意識が朦朧としているからなんだろう。
とにかく、ここで優一郎さんと争っていられるほど、ハルも余裕じゃないし………、どこかへ逃げるか………。
しかし、
優一郎の双眼はこちらをガン見している。
………逃げたいけれど、逃してくれそうもないし………かといって、靁封神社に行ったら、舞子ちゃんと源郎が危ないし…………ああ、もう!なんで、ハルがこいつのためにここまで考えなくちゃいけないんだよ。考えるのは、お前の担当だろう、天人………!
やりたくないけれど、これが得策かもしれない………。
ハルは一つ頭に思い浮かんだ案を覚悟を決めて、飲み込む。
ハルは、天人を背中に担ぐと、振り向きざまに優一郎のことを見た。
「おぉにさんこっちら。てのなるほぉへ」
刹那、優一郎の周りから風圧が爆発され、ハルは背中から押されれるように前に進む。結果的に加速を手伝ってもらったハルは、その勢いと義足の力で素早く逃げる。
少しでも優一郎自身から距離を取りたかった。
きっと、式神である野焼は追いかけてくる。そう確信を持って。
ハルは征爾から聞かされていたことを思い出していた。
“野焼は、優一郎の結界内でしか動けない。そのかわり優一郎の結界の範囲の広さは陰陽師の中でも上位を争うぐらい強大だ。一度入って野焼に目をつけられたら、野焼を殺すか、術師本人の優一郎を殺すかの二択になる。逃げることは決してできない”
“じゃぁ、そんなのおわゲーじゃん”
“でも、そうとも言わない。強大な力の後ろには必ず弱点があるんだ”
“なに?その弱点って”
“そこまでは、教えられないよ。だって彼だって私の可愛い教え子だ。いずれ争い合うであろう者達に、相手の掌なんて見せたら、それこそおわゲーでしょう?”
“ちぇ。父さんはハル達の味方なのか、敵なのか、どっちなのさぁ”
“もちろん、父さんは子供の味方だよ”
“うわぁ……。一番最低な答え方………”
結局あの時、何も教えてはくれなかったけれど、ハルは自分の腐りきった脳みそをフル回転させて、多少憶測をつけることができた。
ハルが彼を煽った時、走り出した時、ついてきたのは野焼だけで、優一郎さんは頭に手を当てて立ち止まっていた。
結界は術師を中心として円状に広がる。それが優一郎さんの特徴だ。
彼はきっと、ハルたちが結界の外で逃げ出さないように最大限に結界を広げていくだろう。でも、そこには穴が開く。広がれば広がるほど、彼が野焼に供給する血は少なくなって、優一郎さん自身の体力も奪っていく。
つまり、結界から出て逃げ切るためには………。
ハルは更に足元を加速させる。舌を噛まないようにグッと唇を噛み締めた。
体力と、速度、時間勝負だ。
楽勝、楽勝。
だって、ハルは約束を破らないもんね。
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