漆, 一意専心

第1話 契約





お前、本契約してないだろう?

そう言われたのは、突男が岡山へと帰る前日の夜だった。

一緒に酒でも飲んで、月を愛でて、久しぶりに句を詠んで遊んでいた時に言われたのだ。

源郎は黙った。

しかし突男にはそれが頷いているようにしか見えなかった。


「いいのか?いずれ、あいつらの体はお前の魂に侵食されて、壊れるぞ。まあ、適性があれば、大事には至らないだろうけれど。ちゃんと話しておいた方がいいんじゃないのか。自分のこともきちんと話してないところを見ると、どうせ、契約の仕組みについても説明してないんだろう」

「……………あいつらには、俺のくだらない我儘に付き合ってもらってるんだ。本当のことを知るのは、まだ早い」

「でも、どのみち教えなきゃいけない時が来るだろう?」

「猶予は与えてやるつもりだ………。だけど、まだ……」

「あのな、お前があいつらのことを少なくとも好いてるのはわかるけど、甘やかすことが、必ずしも正解ではないぞ?」

「おお、なんだよ。突男ごときが、俺様にアドバイスするってんのかぁ?」

わざとらしく絡んでくる源郎をひと睨みして、突男は深いため息をつく。源郎は身に這った悪寒を取り払うように体を縮こまらせた。

「お前は、封印されていたから知らないだろうけどな私も家族がいた時があったんだ。子供だっていた。人生経験は、私の方が上だ」


突男のくせに………と源郎は小さくつぶやく。

家族か………………。

源郎は空に輝く月明かりを全身に浴びる。冬の空に浮かぶ月は、さらに美しい。

「本契約には、最悪死が伴う。お前が決断を延長すればするほど、あいつらは苦しむんだぞ。それでもいいのか?」

「いいのかって……、なんで、俺様があいつらに遠慮しなくちゃならねーんだよ」

「おい。さっきと言っていることが真逆だぞ」

「けっ。知ったこっか。あいつらはガキらしく、今の生活を満喫してればいいんだよ」

源郎はぐいっと小皿に入った酒を飲み干した。





少なくとも、猶予はもう少し先だと思っていた。

もう少し、こいつらは人生の選択をする必要がないほどに、楽しんで普通の生活を送れると思っていた。でも、やっぱり”想い”は俺様の”願望”であって、そこに神は干渉してくれない。

まだ、時間があると思っていたのに………――――。





+++


「つまりだ、今のてめぇらは、まだ“仮契約”の状態だってわけだ。早いところ“本契約”を俺様としないと、てめぇらの魂は消滅する」

「消滅するって………そんな、急に言われても」

さっきまで、源郎が話してくれた内容がぐるぐると頭の中で目まぐるしく回る。

要約すると、天人のここ最近のだるさや頭痛は、“仮契約”が長く続いたがために生じた副作用らしい。隣で熱を出して眠っている佰乃もそうだ。天人と佰乃は源郎の魂に対して適性がなかったため、早いところ本契約を交わさないと、命に関わる、ということだ

一方で、舞子やハルは、今のところなんともないため源郎の魂に対して適性があったと見受けられる。彼らも近い未来、本契約をしなければならないことに変わりはないのだが。

「ただ、本契約のときの『対価』は仮契約のときと内容は変わらない。てめぇらの対価は“この町を守ること”だ」

たいして変わってないように見えて、その本質は変わっている。

俺は黙って俯いた。

きっと、舞子もハルも、誰一人目線を合わせていない。

「本契約をすると、てめぇらの人生はほぼ決まったようなもんだ。生涯をこの町の為に、生きていかなきゃならねぇ。そこに自由はねぇんだよ」


自由がない…………。


いや。

俺はそこに引っかかっているのではない。自由なんて、いずれなくなるもの。それが早かろうが、遅かろうが意味は特にないだろう。

じゃあ、俺は、どうしてこんなに怖いんだろうか?

どうしてこんなにも、目の前が真っ暗で、何も考えられないのだろうか?見えないんだろうか?


俺が、本当に怖いのは……………――。


「まあ、本契約のタイミングはてめぇらに任せる。好きな時に俺様のところに来てくれ。俺様はいつでも準備万端だからよお。ああ、もちろん…――」と源郎が去り際に俺たちに伝える。




「本契約をしないで、死ぬ、ってのも、一つの手だがな」



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