第8話 記憶(2)







+++


「………うう…」

天人はボンヤリと目を覚ました。

手に力が入らないし頭はボンヤリとすることから自分が眠っていたことを理解する。しかし、自分が現状、砂利の地べたで横になっていることもすぐに理解できた。さっきまでの頭痛が嘘のように消えている。

横向きに画面が脳で処理されて、俺の目線の先には男の人の後ろ姿と、その男の人の前で膝をつく学ランを着た青年。それに、その奥には二組の学生が見えた。一人は血塗れでもう一人は彼を抱えている。

「…………ッ!」

見えた、じゃねーよ、俺!

天人はすぐに自分を奮い立たせて、雲がかったその景色をはっきりと認識した。

血まみれの男の子を抱えて、砂利の上に座り込んでしまっているのは佰乃だ。そして、言わずもがな、血まみれの男の子というのはハルだった。

「ハルッ!佰乃ッ!」

天人は何度か転びかけそうになりながら、二人のそばに近寄る。

「…………これ、一体……。何が、どうなってるんだよ…」

佰乃は右から左脇までざっくりと切られているハルを抱えている。傷口からは、赤い鮮血が地面へと侵食していた。

「…ゴホッ」とハルが血を口から吐く。ヒューヒューと息の抜けたような笛の音がする。

「どうして……なんで、ハル……。私が願ったからだ…、私が、あんなこと思ったから……」

天人は、いつもみたいに動かないハルの手首を持った。彼の力を使えばこんな傷簡単に治せるはずである。

「ほら、ハル。妖力使えよ。使って、いつもみたいに治せよ」

しかし、俺の握った手首には力が入らず、ハルの呼吸は荒くなっていくばかりだ。

なんで、なんで妖力が発動されない?なんで更生されない?

いつもみたく、へらへらと笑ってみせろよ。治して見せろよ。

ズキリと後頭部に鋭い痛みが走った。今はそんな暇ないのに、俺は頭の痛さにハルの手を掴んでいた力を緩めてしまう。ハルの手は重力に逆らえず、地面に落ちた。

「嗚呼、遅かったか」

と、誰かが呟く声がしてから、俺はまた意識をシャットアウトすることとなった。





+++




「よお」

「うわっ!」

源郎の顔が俺の視界いっぱいに広がり、俺は思わず、膝で源郎の頬を思いっきり蹴った。

「げふっ!」

「…あ、ごめん……。つい……」

部屋の隅までゴロゴロと転がった源郎は逆さまのまま俺を睨む。

「てめぇ………。俺様に救われたの、これで二回目だぞ」

「だから、ごめんって……」

どうやら、ここは源郎の住まい、靁封神社の中らしい。ふと、隣を見ると布団の中で気持ちよさそうに眠る佰乃の姿があった。

「あ、あーくん。起きたんだ。よかった……」

内縁から、歩いてきた舞子は両手に水の入った桶を抱えて室内に入ってきた。

障子のたてつきが悪く、時折風が吹いては冷たい空気が流れ込んでくるこの場所を、室内というかはわからないが。

ハルは布団から上半身を起こして、舞子から渡された体温計を体に挟んだ。

「くのんちゃんも、あーくんもひどい熱だったから…」

嗚呼、それで……。

ピピピッと音が鳴ると、表示された数字を舞子に見せた。

もう熱は引いている。

舞子はホッとしたように胸を撫で下ろした。

「よかった。ひとまず安心だね………」

「なあ、ハルは?あいつはここにいないのか?」

この部屋には、そこでいじけている源郎と舞子、それに眠っている佰乃の姿しかない。俺は咄嗟に口元を押さえた。

「ま、まさか…!死んで……―――!」

「ハルを勝手に殺すな」

「あたっ!」

背後から頭にババチョップを喰らい、天人は涙目で振り返る。そこには、不機嫌な顔をして自分を見下ろすハルの姿があった。あの血まみれだった服は着替えて、今は源郎が普段着ている白い着物を着ている。丈の長さが合わないのか、寒そうにアキレス腱が服からはみ出していた。

ハルは天人の隣で眠る佰乃のそばに座る。

「お前、どこにいたんだよ…」

「はーくんはね、東先生のところで手当を受けてもらってたの」

そう舞子が言うのと同時に、征爾も内縁から姿を表した。

今日も、ピッタリとした黒スーツは似合っている。悔しいが。いや、何が悔しいんだ。

「はーくんの妖力が使えない状況だったから、陰陽師の力ではーくんを治してもらってたの」

そういうことか……。

「いやぁ、流石にハルでもあれは生死を彷徨ったねぇ。まじで、危なかったぁ」

「なんかミスったのか?」

「…………ミスったっていうか、あれは……いや、なんでもない」

途中で言葉を切ったハルに疑問を残しつつも、天人は征爾の方を向いた。

「で、どうしていまだに征爾先生がここに?もう帰ってもいいんじゃないんですか?」

「うわぁ、天人君ひどいこというね。誰があの状況を救ってあげたと思ってるんだか」

「それは………」

「この僕さ」

知ってる。

知ってるけど、やっぱりうぜー、この人。源郎以上にうざい。

あの時、天人が目を覚ますよりも早く現場に着いた征爾は、小野内優一郎を黙らせ、一度その場を閉じた。

つまり、俺たちは征爾先生に助けられたのだ。

「つーか、あの小野内とかいう奴なんなんですか⁈急に、訳もわからず襲ってくるし、ハルには怪我を負わせるし……」

「あー、彼ねー……」と征爾は苦そうな顔を見せて見せる。

「彼ね、東家の分家の子なんだわ。そしてすーごく、半妖を嫌ってる。多分、妖怪とか霊の存在以上に」

「でも、東家の分家ってことは陰陽師なんでしょう?どうして、半妖を嫌うのか俺にはわかりません」

「いいね。天人くんのそういう素直なところ好きだよ」

「いや、別にあなたに好かれたい訳じゃないので……」

「そんなこと言わずにさ」と征爾は遠慮なしに、天人の肩を叩く。

叩かれたところから、微かに脳へ振動して、また痛みが走った。

場を見かねた源郎が立ち上がって、その細い指で征爾のほどよく筋肉がついた腕を掴んだ。

「そこまでにしてやれ、東の子よ」

お、おお。なんか源郎が大人に見えるぞ……。でもよくよく考えてみたら、源郎の方が何倍も年上なんだもんな。当たり前か。

「今日は、そろそろ大切な話をしなくてはならない時だと思ってお前も呼んだんだ。ふざけるのは後にしてくれ」

「はいはい、わかったよ」

佰乃は未だ眠ったままだが、そのうち目も覚ますだろう。

舞子は、源郎に言われて、たてつきの悪い障子を全て閉じた。部屋には、俺を含めて六人だ。

沈黙を待つこともなく源郎はあぐらをかいて、体を前に乗り出した。




「大切な話ってのは、“本契約”についてだ」



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