第7話 記憶(1)
三
久しぶりに、あの日のことを思い出した。
それは、中学校の頃の記憶。本当にあった記憶。
俺は、中学校で生徒会長をしていた。といっても、中学校の全校生徒は一学年二クラスしかないので、二百人にも満たないような小さな中学校だ。それでも、高校へ上がると、南高校という全中学校から生徒が集まるような大きな学校に進学する。それまでは、学校みんなの顔を覚えてしまうような小さな小屋の中で時を過ごしていく。
俺はなんとなく、本当になんとなく、海都に背中を押されて生徒会長に立候補した。
「お前は普通に過ごしすぎだ。少しぐらい生活に刺激のある経験をしてみろ」と、おかんのようなことを言われて、俺は生徒会長となった。
初めは、疲れる仕事だし、自分には向かないことだと思っていたけれど、次第に生徒会長の仕事やその立ち位置からしか見えない景色に心を弾ませた。生徒会長でいると、学校の見えなかった景色を見ることができた。
あの頃、自分の瞳に映るものは全てが輝いて見えた。
生徒の裏で蠢くいじめも、先生たち同士の腹黒い探り合い、謙虚な姿勢、相手を小馬鹿にするような会話も、全てが俺には眩しかった。人生経験という言葉が俺の辞書に乗った瞬間。
だけど、絶対に永遠は続かない。
俺は、いつの間にか自分が何をしたいのか、何をすることがあっているのか、わからなくなってきた。
「会長!お願い!一生のお願いだから、ノート写させて!」
いつもなら”いいよ”と言う。
「会長!ごめん、今日急いで帰らなくちゃいけなくて……。だからこれ出しておいてくれる?」
俺の手元に渡される一枚の紙。
「おーい、会長―!ちょっとこっちで厄介なことあってさー。どうにかしてくんね?」
手伝い。
処理。
隠蔽。
教師に見つからないために行う偽善行為。
いつしかそれは、自分を自ら「偽善者」として確立させた。
生徒会長はいつだって、生徒の味方でなくてはならない。生徒の立場で教師と対等に向き合い、学校生活をよりよくしていくために、最善を尽くさなければならない。
俺は、これで、合っているのだろうか?
「海都………。俺、もう辞めたい。生徒会長、やりたくない」
「どうしたんだよ、急に。途中で放り投げるなんてお前らしくない」
生徒会室で二人しかいない空間。俺たちは二人じゃ広すぎる部屋で、狭い空間にいるように会話をしていた。
実際、俺の心は蓋がかかり始めていた。
海都は、資料の印刷を続ける。
「……もう、わからないんだ。俺は、何をやっているのか…、学校をよくできてるのか」
「なんだよ。そんなこと気にしてたのかよ。気負いするな」
海都は印刷機のボタンを一回押して、天人に笑顔を向けた。
「お前は、正しいよ。何一つ間違ったことはしてきてない」
そう断言してくれる友がいるだけで、俺は幸せ者だと感じた。
あの時は、そうだった。
これから起こることと、自分の本当の心の弱さに気がつくまでは…―――。
俺は普通だ。
普通の子供で、普通に育ってきた。
普通だからこそ、弱いところも持っているし、性格なんて時と場合によって変わる。誰かに向ける態度と誰かに向ける態度が違うことなんて、人間として当たり前の真理だと思っている。
だからこそ、こんな俺を受けいてれくれる友が大切で、俺の心の拠り所でもあった。
なあ、音音。
もしも、あの時、俺が間違っていたとしたら、俺は何をするべきだった?
俺はお前のために何をすればよかった?
何が、正しかったんだ?
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