第6話 襲撃(1)





一瞬にして、ハルは駆け出した。私は、ハルが駆け出した残像を見る。

ハルが戦闘をしている間に私ができることは、天人を手元に移動させて彼の状態を確かめること。そして…――。

セーラー服のスカートから、くしゃくしゃになった一枚の紙を取り出す。

……これを、使うべきか………。

しかし相手は、陰陽師だ。妖怪でも怨霊でもない。

人間同士で争い合うなんて馬鹿げていると私は思っている。だけれども、彼は私たち半妖に向けて、鋭いほどの何か、別の感情を抱いている。それを、丸め込むことは不可能だろうし、手を抜けばこちらの魂はあっという間に空へ飛んでいってしまう。

その時、

「Nuò yå rú nî suõ yuàn(野焼 君の望がままに)」

優一郎のハスキーが勝った声が囁くと同時に、結界内に、あり得ないほどの風圧が空気を一はらいした。

「うぎゃっ!」とハルは情けない声を出して、結界の壁に背中を強打する。天人の体も、簡単に吹き飛ばされて数メートル地面を転がった上で、結界の壁に体をぶつけ止まった。

私はかろうじて風圧に飛ばされることなく重心を低くした。優一郎はひややかな目つきで佰乃を舐め回す。

「……さすが、征爾さんの子だね。というか東家の子というか。今の一瞬で自分の周りに結界を張って風圧を相殺するなんて。頭の悪い僕には思いつかない応用法だよ。あ、それとも御役目の儀式を行なったばかりで、あまり術を使ったことないとか?」

………ぐっ。

図星を言い当てられ、佰乃は手のひらを握りしめる。

「あはっははは。そりゃそうだよね。ごめんごめん。僕の配慮が足りなかったよ」

「あの………、優一郎さんって腹黒すぎません?」

「そお?」

顎を上げてこっちに笑顔を向ける優一郎。

佰乃は、隣に野焼がいないことに気がつく。それに、彼は角度を上げて顔をよく見えないようにしているのかもしれないけれど、右目からは確かに赤い液体が一滴頬を伝っていた。

「ッ!」

横からの、風圧。

佰乃は身を半歩後ろに下げて、ギリギリのところで野焼の握る刀を避けた。

ま、じ、で、殺す気か!このアホンクラ先輩ッ!

残った風圧で、佰乃はそのまま結界の隅に弾き飛ばされる。佰乃は頬についた泥を払う。

「その腹黒さ、榊家に劣らないと思いますよ……」

「…………」

優一郎の目線が冷たくなる。光の灯らない水晶玉が私を見つめた。

「……野焼。もういいや。遊ぶのも疲れた。勝手にやっちゃって」

やばいッ!

本能が私にそう告げた。このままじゃいけない。動かないとやられる!

鎖骨らへんから神経が震え出し、指の先まで伝わり、太腿を通る大動脈が激しく波を打つ。

鬱陶しい。なんなんだ私の体は!動けと言っているのに、動かない。脳からの伝達が拒否反応を送る。やばいっていうのは、本能的に察知しているのに、脳の処理が体に届かない。

野焼の真っ黒い目が急速に目の前に近づいてくる。

佰乃はグッと目を瞑った。

嫌だ、死にたくない。まだここで終わりたくない。何よりも、優一郎さんに殺されるっていうのが嫌だ!


グシャッ‼︎


あまりにも卑下な音が私の耳の鼓膜を破った。


「…………え…………?」

そして思わず漏らしたその声は、私ではなかった。

ハルだった。

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