第5話 襲撃(1)




“どうしたの?くのんちゃん”

“緊急なの。今すぐ、学校の裏門にお父…――征爾を呼んできて!”

“え、ええええ⁈呼び捨て⁉︎”

“今はそこ突っ込むところじゃないから、舞子ちゃん”

珍しく、接続に自ら参加してきたハルが、冷静に突っ込む。

“緊急なら仕方ないけど……、でも今、東先生………”

“なに⁉︎”

「いや、でもこれって偶然じゃん?僕が望んで彼と接触したわけだから、しょうがないんだよ」

へらへらと笑い、天人の体を乱暴に地面に捨てる。

その行為が、私の頭の中でどこかゴングを鳴らす。

“今、なんか陰陽道のどうたらこうたらで、実験中らしくて……。今私も手伝ってるところ…”

“何手伝わされちゃってんの⁉︎”

お父さんめ………ちゃっかり町長の孫にまで、手を出し始めたのね……。

自分でもよくわからない感情がメラメラと胸の内で、燃え始めた。

“とにかく、それを中断させて、こっちに来させてよ。まあ、征爾さんがこっちくる前にハルが片付けちゃうけどね”

さらっとすごいセリフを吐いたハル。

私は隣に立つハルの顔を見た。

「ハル……まさか、優一郎さんと手合わせするつもりじゃ………」

「もちのろん☆」と、ハルは眩しいくらいの笑顔で言った。

佰乃は顔では冷静を保って、心の中では頭を抱えていた。

恐る恐る、己の双眼で優一郎を見る。そして、いまだに彼の結界が貼られていないことを確認した。彼の結界が張られて仕舞えば、こちらはとても不利になる。


優一郎が使役する“野焼”。


東家の分家「小野内」家の末っ子の彼は、兄である鉄郎から“野焼”を受け継いだと聞いている。野焼は、見た目が幼女の式神だが、彼女が優一郎の放つ結界内で出す力は、えげつない。きっと、征爾でもゆるりのらりと止められるわけではないだろう。まあ、それでも父を超えるものはいないというのが佰乃にとっては密かな自慢だったりする。

それはおいといて、野焼の属性は『水』であり種類は『吸血』だ。

陰陽師道は「陰陽五行説」を軸として成り立っている。

宇宙の全てを引用で分ける考え方であり、例えば「太陽が陽で、月が隠」「表が陽で裏が隠」などといった自然界のあらゆるものは隠と陽の二つに分かれている。

そして五行説は陰陽を更に分類して、この宇宙の全ては5つの元素…ーー”水・金・土・火・木”から成り立つとする考え方だ。それを私たちは『属性』と呼び、その属性の中から更に派生されるものを『種類』と呼んでいる。

しかし、まぁその考え方を持っているのは人間だけの中のわかりやすい暗号みたいなもの。実際の妖怪達は五行説に表せないような力を持っているものもいるし、役に立つかと言えれば時と場合によるのだが………。

野焼は元々、吸血鬼という今じゃ極稀な鬼の一族で、鉄郎はどこからか式神として使役するようになってきた。それが優一郎に渡ったのだ。もともと妖怪であっても、式神となればその妖怪本来が持つものに近い性質に五行説を当てはめ、属性は決められる。

『水』に強いのは『土』だ。

私たちは、源郎から力を授かったため、陰陽道の根本である陰陽五行説には当てはまらない。だから、その、この状況を打破する為にどうこうしていくというわけではないのだが、分析は大切であり、冷静沈着でいる時は、いつ、何時も大切だと征爾から教わっている。

「ハル坊が僕の次の手合わせ相手とは、これはこれは楽しみ」

「ねぇ、優一郎さん。ハルのこと馬鹿にしてるでしょ?してるよねぇ?知らないよ、後悔しても」

刹那、優一郎の眼には、自分をしたから覗く、自分を狩る者の顔が映し出された。ゾワリと優一郎の背筋を悪寒がなぞる。

「………」

しかし、優一郎の方が冷静だった。

鼓動を平穏に保ち、

「zhangai(結界)」

ついに結界を張った。

佰乃はすぐさま、指先を優一郎の方へ向けて「jupi(解)」と唱えるが、佰乃の放った陰は、空中で弾かれて、佰乃の胸元へと直撃した。

「ひゃくのッ!」

今にも飛び出す勢いで構えていたハルだけれども、佰乃のそばにすぐ駆け寄る。

佰乃は胸元に呪言返しをくらったが、外傷はない。呪言返しはその人の精神そのものを喰らう。

「だめでしょ、佰乃ちゃん。それって、陰陽師の中でやってはいけないランキング上位にランクインはしてるやり方だよ。明らかに格上だってわかる僕なんかに陰を放ったら呪言返しを喰らうって知ってるだろうに」

優一郎は、やれやれと左右に首を振る。

「佰乃……大丈夫……?」

「だい、じょうぶ……。このくらいで、私はやられない……」

佰乃は胸元に手を一度当てた。自らの陽を精神に干渉させて、飽和させる。多少はきくだろう。

しかし………――――。

現状において、こちらが不利になってしまったことには変わりない。

彼の結界内に入ってしまったのだ。佰乃も結界を、はりたいところだが、彼の方が格上のため、私のフィールドに彼を取り込むことは不可能である。

非常にまずい。

「おい!天人!起きろよ!何そこで伸びてんだよ!」とハルは大声で天人に呼びかける。

天人は地面にのびたまま動かない。深い睡眠に入っているように、彼は応答しない。

「念のため言っておくけど、僕の仕業じゃないからね?」

優一郎は、隣に立つ野焼の頬をゆっくり撫でた。

「彼、僕が何かする前に倒れたんだ。流石に、眠っているような人間を襲うような真似はしないからここまで連れてきたけど」

それは……、ありがとうございます。

佰乃はチラリと天人を見る。確かに、外傷はないし、むしろ悪いのは顔色である。

………もしかしたら、七羽のカラスの件を気に病んでいたのだろうか……。

彼にとっては、初めて救った相手とも言える妖怪を、陰陽師達の手によって祓われてしまったのだ。

だから、佰乃は、極力彼らの耳に入れないようにしていたのだが……。もし、彼が知っているのならば、舞子ちゃんも必然的に知っているということになる。

佰乃は下唇を噛む。

それなのに、私は何も気づいてやれなかった………。彼らの心の異変に私は何も気がついてやれなかったんだ。私は、東家に生まれた陰陽師なのに!みんなを、この町を守るためにいるのに!

「落ち着いて、佰乃。佰乃が激情するのはよくないよ」

ふっと、自分の方にハルの手が置かれた。私は目線を落とす。彼の手にはまだ、黒い手袋が嵌められている。

優一郎にも聞こえないような小さな声で、ハルはささやいた。

「さっき、征爾さんに連絡とったでしょう。あの人が来れば、なんとかしてくれる。だから、今はそれまでの時間稼ぎ。そう思えばいいんじゃない?……まあ、優一郎さんが、ハル達に時間をくれるとは思わないけど」

「時間稼ぎ………」

そうか……それも、戦闘において一つの大事な手段か。

「ハル………くれぐれも無茶はしないで」

「わかってるよ、佰乃。さあ、ハルに命じて。ハルはどうすればいい?」

優しい彼の声色が、私に冷静さを取り戻す。

赤く燃えていた私の心は中和されていく。

私は、キッと優一郎さんを睨んだ。


「あいつを止めて!」

「りょーかいッ!」


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