第4話 偽善者(3)
☯️
弓道部に所属する佰乃は、今年をもって部活を辞めることとなった。
理由としては、御役目を継いだことによる本格的な陰陽師の仕事開始ということだ。高校一年生の間しか、所属していなかったことになるが、佰乃としてはそれで満足であった。
十分、”普通の学生”を楽しめた。
「お先に失礼します」
部室で早々と制服に着替えて、私は荷物を担ぐ。
「ねえ、東さん。ちょっといいかしら」
「はい?」
呼び止められ、振り返ると、目の前に一枚の紙を突き出された。
「……あの、近過ぎて紙の文字、読めません」
「あ、そう。じゃあ、貴方が一歩後ろに下がればいいじゃない」
なんだろうか?
これは、新手のいじめだろうか?
そんなことを思いながら、一歩後ろに下がって漸く紙に書かれている文字が読める。『12月28日、部員全員集合。場所:○○○○』
私は返す言葉が見つからずにただ黙る。
「わかったわね。絶対よ。絶対ここにきなさいよ」
「…あ、いえ。ちょっとその日付だと、こっちの都合が悪いというか……。そもそも靁封町から出てるというか……」
多分、その日付にはもう、突男のところに行っている気がするのだけれども。
すると、紙を持っていた先輩は慌てて言う。
「え、えーと、じゃあ、いつなら空いてるのかしら?」
「まあ、多分、年明けには……」
先輩はおどおどしながら、自分のスケジュール帳を開く。いつの間にか、周りにいた部員たちも自分たちのスケジュール帳と睨めっこしていた。
本当に、いったい何なんだろうか?
今日は帰って、札の整理をしたいし、練習もしたい。
源郎のところにも行って、いつもみたいに五人で鍋を食べたい。
私はあの空間が好きなんだ。
「先輩。私用事があるので、先に失礼しますよ」
「え、あ、そ、そうね。呼び止めてごめんなさい」
私は最も簡単に解放されたので、部室のドアを開けて外に出た。
「ひゃーくの」
と、外で待っていたのは、矢張りハルだった。
今日は、冬仕様なのか、いつもの薄手なパーカーではなく、少しあったかそうな白い生地のパーカーを羽織っていた。その上にはロングコートを着ている。スタイルが良いから、その服の良さを際立たせているように見えた。
つまり、今のハルの格好を逆手にとれば、制服を着ていない。
私はため息混じりに息を吐く。
「全く。学校に授業を受けにきてるわけじゃないなら、迎えに来なくてもいいのに」
歩き出すと、ハルも私の歩調と合わせて隣を歩く。部室の棟があるのは、裏門側なので、人の少ない裏門から学校の敷地内を出て、そのまま裏山へと向かう。
今日は直接、源郎のところへ行こう。
今、そう決めた。
「なんでよ。いいじゃん、来たって。家にいても退屈なだけだしぃー」
「そりゃそうだけど……」
私は言葉を止めて、ハルの方を向いた。
ハルはキョトンとした顔で私のことを見る。つぶらな瞳が私を見つめる。
嗚呼、
やっぱり、ハルはハルなんだな……。
私は、背一杯、手を伸ばして両手でハルの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「……⁇」
そして、また正面を向いて歩き出す。
一瞬何をされたか理解できないハルは、慌てて佰乃の横に並んで歩き出した。
「ねえ、何?なに、今の。何で、ハルの頭なでなでしたの?」
好奇心の詰まった声色が明らかに丸見えだ。
佰乃は、少し弾む心を悟られまいと隠しながら、前を真っ直ぐに見て歩く。
「なんでもない。深い意味はないよ」
「うそうそ!絶対何か考えてたでしょー。じゃあねー、ハル当ててみるー」
るんるん、と効果音をつけたくなるような弾むスキップで隣を歩く。彼のぴょんぴょんと跳ねる髪をみて私は思った。
「そういえば、そろそろ髪、切ろうか。七羽のカラスの件も終わったわけだし。時間はあるでしょう?ハル」
「まーね。いつでも切ってっちょ。あ、……そういえば、小耳に挟んだんだけど、彼ら祓われたんだって?」
「………」私は黙って頷いた。
同時に冷たい風が足元を通り過ぎる。
「佰乃ってさぁ、たまに酷なことするよねぇ。あの時、ハルたちが祓ってあげたほうが良かった気がするんだけどねぇ」
「でも、そしたら彼女たちは……」
「言ったじゃん」
と、ハルは冷たく佰乃の言葉を遮る。
「ハル、昔言ったよね?無駄に人生延長されると、そっちの方が辛いって。辛いものが待ってるなら、いっそ幸せな記憶のまま消えたいものなんだよ」
佰乃は、ハルの言葉にぐっと喉を閉じる。同時に、脳裏にあの日の記憶が浮かんだ。
自分の行ったことが、チラチラと断片的に揺らぐ。
「……ハルは」
漸く絞りでた言葉は、自分でも驚くほどに覇気のない、弱々しい声だった。
「ハルは、嫌だった……?今、私の隣にいることが、嫌?」
「だぁかぁらぁ」
ハルは私の額に軽くデコピンを打った。
「いった……」
「勘違いしないでね、佰乃。ハルは、佰乃のものなんだから。ああはいったけど、佰乃は例外。ハルはただ、彼らの気持ちがわかるってだけで、ハルは彼らじゃないし、佰乃をこの世に一人で残すなんて酷なことはしないよ。佰乃が消えるその日まで、そばにいるよ」
ハルはタッタタと、少し私の前に立って立ち止まる。大きく両手を広げた。
これは、飛び込んで来い、の合図だ。
私は周りをキョロキョロと見渡す。よし、誰もいない。
私は、ありったけの力で地面を蹴ってハルの胸に飛び込んだ。
服の向こう側からハルの小さな鼓動が聞こえてくる。
ハルの体に流れている血に、私の血が混じっている。
そう考えただけで、胸の奥がキュッと縮こまった。
「だから、佰乃」
「なに?」
「ハルから、離れないで」
「……?」
急に声色が変わった。
なにかあるのだろうか?と、下から覗くようにハルの顔を見ると、ハルの目つきはさっきまでの、柔らかい笑顔ではなく、鋭い獲物を狩るような目つきに変わっていた。真っ直ぐに私の背後側を見つめている。
そして、彼の目線の先には――――。
「あ、天人――⁉︎」
天人………と、私のよく知る青年だった。
茶髪のよく似合った背の高い青年。学ランの襟は上まできちんとボタンを締めており、その容姿からは優等生の雰囲気が漂う。特徴的なタレ目は、性格に合わず腹黒いことを私は知っている。初めて会った日はそのギャップに苦労した。
「優一郎さん………。天人をどうしたんですか……」
小野内優一郎。それが彼の名前だ。
優一郎が脇に抱える天人は、もうすでに意識を手放しているようにうかがえた。というか、寝ているように見えた。
少なくとも、彼が直接手を下して気絶させたようには、見えない。
「あー、なんかさー、仕事を受けたから、其奴を追ってたらたまたま彼と出会わせてね。ついでに手合わせしたんだよ」
「手合わせって……。優一郎さんが“半妖”の存在を嫌っていることは知っていますが、私たちと面識を交わすのは“あの時まで待つ”という約束でしたよね」
私は、優一郎さんに悟られないよう会話しながら、舞子ちゃんの接続がつながるのを待つ。
彼女がまだ学校内にいればいち早く繋がるはずである。そして、舞子は案の定早く出た。
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