第2話 偽善者(1)





みな、誰もが守りたいものがある………といったら、それは綺麗事だろうか?

手放したくなくて、それを誰かに壊されるのも嫌で、自分のものにしておきたい。

そんな経験、一度は皆、していることではないのだろうか?少なくともそれは、独占欲に近く、しかし、遠い。

自分の環境を壊されたくないと云う一種の、生物的本能なのではないかと。





天人は、飛び起きるように目が覚めた。

「………………」

胸に手を当てて、鼓動を確かめる。異常なほどに早い。まるで、何か嫌な夢を見ていたかのような。

汗が、背中からジワリと滴る。おまけにズキリと頭痛がはしる。

天人は小さく舌打ちをした。

「まったく………朝から、最悪の気分だ……」

体も重たい。鉛のように、疲れが取れていない。明らかに、自分の体が体調不良なのは一目瞭然であった。

天人は壁にかかる単色のカレンダーを見る。

今日を入れて学校の登校日は後、八日だ。

八日たてば、冬休みに入って、冬休みに入ればきっと、俺たちは突男に会いに行く。何の用なんかいまだにわからないけれど、行ってみないとわからないことには変わりない。

時計を確認して、時間がないことに気がつく。ふと目覚まし時計を見ると、いつの間にか、目覚ましをかけている時間は過ぎており、意識していたわけでもなく、音はやんでいた。

俺は、睡眠の余韻に浸っている場合もなく、飛び起きるようにベッドを抜け出すと、冬の寒さも飛び吹っ飛んだ。

壁にかけてあるハンガーから制服をもぎ取り、鞄を乱暴に掴む。

そういえば今日の授業の準備を、俺は昨日やっていただろうか?

いつもは翌日の学校の準備をしてから寝ているのだが、どうも昨日の夜の記憶がない。確か、疲れて帰ってきたことは覚えているけれど、そこから先は妙に眠気に引き込まれた。

「まあいっか」

と、天人は腹を括り、家を飛びだした。



朝ご飯を家で食べ損ねたので、学校の購買によって、パンを一つ購入する。と同時に一限目のチャイムが鳴った。

「ありゃあ、こりゃぁ、お前さん遅刻だねぇ」

購買のおばさんからお釣りをもらい財布にしまった。

パンをバッグに突っ込んで、

「行ってきます」

天人は、朝の不機嫌が嘘のように、笑顔で挨拶をした。







ドンッ、と。


ふいに誰かと肩をぶつけた。いつもは誰かとぶつかるなんてことはないのに、やはり今日はどこか不注意だ。

「すいません………」と天人は振り向きざまに、肩が当たった相手に謝る。

そして、ふと気がついた。

ぶつかった相手は、同じクラスの佐々木音音(ささき ねお)だ。

俺より小さい身長だけど、その上猫背なのでさらに小さく見えた。深々とかぶっている帽子の上に、学ランの下に羽織っているパーカーをかぶっている。彼は昔からこの身なりだ。その理由も、俺は知ってる。

「音音」

過ぎ去ろうとする音音の背中に話しかける。音音は足を止めてこちらを振り向いた。相変わらず帽子のおかげで顔は見えない。

「………どうしたんだよ。お前の教室はこっちだろう」

俺は今、音音が歩いてきた方角を親指でさす。

「丁度、俺も教室行こうとしてたんだ。一緒に行こう」

「……………相変わらず、なんだな」

掠れるくらい小さな声で発した音音の声が広い廊下に吸収される。

「僕のことなんか、もう気にしてないって思ってたよ……誰にでも平等に接して、気にかけてくれるのは、元生徒会長の心得?」

ズキリ、と心の奥が痛む。

「そういうわけじゃ………」

「今更、話しかけてくるな……」

音音が、顔を上げた。

帽子の鍔の向こう側から見えるあの瞳が、俺を捉えた。


「この偽善者野郎」





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