陸, 現実逃避

第1話 英国



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その日は朝から冷たい風が空中を自由自在に舞っていた。

太陽は出ていて、雲ひとつない晴天。なのに、風が冷た過ぎて決して暖かいとは言い切れない天候。

ちょうど正午を回った頃、空港には一機のイレギュラーな飛行機が着陸していた。

見るところによると、国際線のようだが、周りに人は少ない。と言うか、あえて人気のないところに着陸し、誘導しているように見受けられた。

飛行機から、異質な格好をした人が次々と降りてくる。

一番最初に降りてきた人は魔女が被るような漆黒のとんがり帽子を頭に。

帽子には対抗するかのような白日の羽飾りをつけていた。帽子から除く髪色は茶色で、狐の毛皮のような色合いをしている。季節外れも甚だしいほど、薄着。

正確には茶色いストレートパンツに茶色のベスト、下にはワイシャツのみを羽織っている。不気味に吊り上がった目は細く、頭を使って当たりをキョロキョロと見渡していた。

次に降りてきたのは、左目を眼帯で覆った白髪の女の子だ。こちらはきちんと季節を配慮しており、灰色のもこもこジャケットと、お揃いのベレー帽をかぶっている。

そして彼女もベレー帽に何かペンダントのようなものをつけていた。彼女の肩で切りそろえられた髪の毛は、綺麗に外ハネしている。肌は陶器のように白い。

そして次に降りてきた人物は、誰がどう見ても危ないやつだと言うことは一目瞭然であった。この中で誰よりもシンプルな服装に身を包んでいる。

全身黒一色で、袖を捲り上げた右腕には太陽のような刺青と、リストバンド。爪先も真っ黒に染められている。おまけに、髪色も綺麗なほどに漆黒であった。天然なのか、パーマなのか、真意はわからないけれど、無造作に伸びた前髪からは表情が十分に読み取れるものではなかった。

彼らは飛行機から降りて、一直線に近くの倉庫へ向かう。その倉庫では数人の大人が待ち構えていた。――――いや、待ち構えていたと言うにはラフすぎる姿勢で、陰陽師達はその人物を待ち構えていた。

黒髪の男は片手をあげて、猫背のまま歩きながら言う。

「おーす。元気してたかー?」

砕けた口調。

見た目通りの低音の声色だ。少し鼻にかかった声がやけに人の気分を害する。

「ねえ、ママ。あの人達何してるのおー?」

「………みちゃだめよ。ほら、行くわよ」

子供の無邪気な視線は怪しい集団を捉えたまま、母親らしき女性は子供を引きずるように引っ張った。

子供の視線に気がついたとんがし帽子の青年は、軽く手を振る。

しかし、彼が手を振ったのを見る前に、親子はその場から離れてしまった。

「っちぇ」

決して惜しそうには見えない舌打ちでことを済ます。


「よく無事に来られたね」と陰陽師の一人が言った。

「そっちが呼んだんじゃねーか、莫迦征爾」

「それに易々と来る貴方も馬鹿だよ、EEさん」

「んだよ、僕じゃ不満なのかよ。阿呆征爾」

「ええ、ええ。不満ですとも。そりゃあ、不満だよ。貴方はこっちに来るたびにことを大きくし過ぎる。………此方としては、何事においても隠密にやり遂げてくれるアルスが来てくれると思っていたんだけどね、EE」

そう征爾が言うと、EEと呼ばれた男はこの上なく嫌そうな顔をして、眉を下げた。

黒手袋をした両手はポケットに突っ込んだまま、猫背で云う。

「嗚呼…………僕もそうだと思ってたぜ。だけどなあ……これにはなあ、深いわけがあんのよ、征爾ちゃん」

「さっきからやたらと人の名前を言い換えてくるのやめてよ。気分が悪い」

「なあ、なんで征爾くんはさっきからピリピリしてんのかな?」

彼の問いに、周りの二人は首を横にふる。

彼は一歩ずつ征爾に近づいた。

その後ろでとんがり帽子の子は「やれやれ」と手をあげ、白い女の子は静かに片方の瞳を閉じた。

EEは征爾の一歩手前で立ち止まり、両手を大きく広げた。その光景を目にした途端、征爾意外の陰陽師達は構える。

なに、理由は簡単さ。


それが、EEのもつ『力』の発動条件だから。


しかし、この場で両者の戦闘を行うには具が悪い。いくら書類上の関係だとはいえ、今ここで乱闘を起こす必要などないはずだ。征爾は冷静に判断していた。


それに………。ごくんと喉を麗し、EEの黒い瞳を捉える。


緊張の空気が流れる中、EEは明るく声を弾ませて征爾の首に思いっきり抱きついた。ぐえっと、征爾が少し小さく呻き声をあげる。

「征爾ぃ〜〜〜。会いたかったんだよぉ〜〜〜〜。征爾ったら全然連絡くれないから、僕のこと忘れちゃったのかと思ったぁ〜〜〜」

この状況に、当然ながら周りの陰陽師達は硬直した。

無理もない。

ここにいる―――六幻と、飛行機から降りてきた2人以外、彼らの関係性を目の当たりにするのは初めてなのだから。

熱い抱擁をかます二人を目の前にして、六幻は苦い顔をした。

どこからか、飛行機の着陸する音が聞こえた。

「あ、あの……六幻さん……」と遠慮がちに声をかけたのは、分家の子だ。

「あの方は、一体………征爾先生とどういうお関係で………?と言いますか、彼は………?」

当然のことながら、六幻は頭が痛いと云うように手を当てる。

そして振り返って、言った。


「あの人は、“彼”じゃない。“彼女”だ」



「え、えええええええええええええ⁈」



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