「おにい、ちゃん……………?」


連れて行かれた場所は、薄暗い洞窟だった。

七人の青年達が一人の少女を囲んでもみあっている。どこか野生めいた七人の青年達が私の目の前にいる。

「………アイリス、か?」と一人の青年がゆっくり言った。

「アイリスなのか………?」

また別の青年が私の名前を口にした。

聴いたことない声。見たこともない容姿。だけれども、私は何処か、見たことがある気がする。

確信はないのだけれども、私は、確信を持って、

「――おにいちゃん?」

その名を呼んだ。

その瞬間、唖然としていた青年達の顔から、大きな涙がこぼれ落ちていく。

ボロボロとはどめのきかない涙が頬を伝って足元へ落ちていく。

うっすらと髭の生えた青年も、優しい笑みを浮かべて涙を流した。

アイリスも、知らないうちに涙が流れていた。




探し続けて何年経ったか覚えてない。

何度、挫けそうになったか、何度心が傷んだか。

家族も王族も国も滅んだ後の時代に亡霊となって生まれてきた私の孤独さは誰にもわからない。

もう、会えないと思っていた。

あの写真の中で見た兄達の顔と、もうはっきりとは覚えていない父上達との会話。それが、螺旋状になって私の記憶に絡み付いている間は、探さなくては行けない。逃げては行けないって思って一人で頑張ってきた。

この町の噂は、かねがねきいていた。

なんか、大妖怪とやらが封印からとかされ、あらゆる地方から妖怪が集まっていると。私はその噂を聞きつけて、ここでならば、兄達に会えるかもと思ってやってきたのだ。結論、私も妖怪達と同じように、噂をたどってやってきた一人にすぎない。その結果があろうとなかろうと、私は手がかりだけを最後の頼りにやってきた。


本当はもう二度と、会えないと思ってた。

もう二度と、私は誰かとともに時を過ごすことができないと思ってた。

それが、兄に会った瞬間、私も兄達と対等に涙の粒を――決して、床に落ちて濡れることのない涙の粒を流した。





お兄ちゃん。

あのね、

私頑張ったよ。

お兄ちゃん達に会うために、頑張ったんだ。

だからこれからは、一緒にいて――――。





+++



「ひゃくのぉ〜〜〜」

「……ごめんなさい。心配かけて」

「ほんとーだよ!全く!こっちがどんだけ心配したと思ってるんだ!」

まあ、予想していた図っちゃー、図なんだけれども………。天人は深くため息を吐いた。

改めてこうして、ハルの佰乃に対する溺愛さを見てしまうと、なんだか………こちらが目を瞑りたくなってしまうような………。複雑な感情…………。

ハルは、洞窟から出てきた佰乃に早速飛びついていた。佰乃は押し倒されるように地面に尻餅をつく。

天人はもう一度深くため息をついて、誰にもわからないよう微笑んだ。

とりあえず、無事でよかった。

天人は、舞子に何回かコールをして電話をする。

「とりあえず、佰乃は無事だったよ。今から東家にみんなで戻るけど、舞子はどうする?合流するか?」

今回も、舞子の『超感覚』があってこそ、佰乃の位置を明確に当てることができた。さらに、妹が見つかったとなれば、手がかりはより正確に絞り込めるし、短時間で行動できる。見事なチームワークだと、褒めて欲しい。まあ、褒めてくれる相手はいないのだけれども。

すると、電話の向こう側から舞子の声ではなく、源郎の声が混じって聞こえてきた。どうやら、今一緒にいるようだ。

『ごめん。あーくん。行きたいのは山々なんだけど、今ちょっと手が離せなくて……――』

舞子がそう言った後から、源郎の騒がしい声が入り込んでくる。あつい、あつい、とか、やっば、とか。何やら、何かをやってる最中らしい。

「わかった。じゃあ、また後で」

『うん、ごめんね』

「きにするな」

電話が切れて、天人は携帯をズボンのポケットにしまう。

そして、再びハルと佰乃に目を向けると、ようやく落ち着いたようだった。

天人は二人に歩み寄り、

「これから、佰乃の家に帰ろう。万が一のこともあったら怖いし、早く休んだほうがいい」

「そーだよ、佰乃。帰ろう」

ハルは佰乃の手を引っ張った。

しかし、佰乃は少し眉を下げて、立ち止まった。そして振り返って、七羽のカラスのいる洞窟を見つめる。

「…………どうした?」

「――彼女達をこのまま放っておけば、何れか、陰陽師に祓われてしまう……。彼女達の存在は消えてしまう………」

佰乃の言葉にハルは首を傾げる。天人は、黙ったまま佰乃の横顔を見つめた。

あたりはすっかり暗くなり始めた。

五時を過ぎると、暗くなる冬だ。風も冷たくなってきた。

佰乃はハルの手を振り解いて、洞窟の中にいる青年達とアイリスに言った。突然戻ってきた佰乃の姿に青年達は動作を止める。

一人一人の目を見て佰乃は言った。

「早く、この町から出てほしい…………。ここよりも、もっといい場所が日本にはあるから…だから――」

「……どうして?」とアイリスは問う。

「……この町にいたら、陰陽師があなた達を祓いに来る。その、祓われる前に、この町からでないと、あなた達は………」

いいづまる佰乃の言葉に重ねるようにアイリスは、佰乃の肩に手を置いた。

「心配してくれているのね。ありがとう。でも、大丈夫。私は元はと言えばそんな覚悟とっくの党にできているし、兄達もできているでしょうから」

一言一句、丁寧に話すごとに彼女の周りが無数の光の意図に包まれて、彼女は容姿を変化していく。

「妖怪や、幽霊の存在がこの世界にとって普通ではなくて、邪魔者であるのは知っているわ。だから、あなた達のような陰陽師という人たちもいる」

「………」

やがて、彼女は先程までとは打って変わった姿に変化した。おそらくこちらが彼女の本当の姿である。綺麗な、艶とウェーブがかった金色の髪が舞、服は輝きを取り戻したように、洗濯され、アイロンがかけられたばかりの服のように。その額にかかる前髪から覗く瞳は、水晶玉のように紅色に輝いていた。気がつけば、あのよくわからない手錠も、鳥籠も姿を消していた。

亡霊となって彷徨い歩いていつの間にか、自分の姿は見窄らしくなり、力も注がれていった。それが、今は自分の目的を達成し、本来の姿に戻るべく、力も取り戻すことができた。

そうとなれば、陰陽師達が彼女達の存在を懸念し、払いに来るのは当然のことだ。だからこそ、佰乃は警告したのだが、アイリスは首を横に降る。

「ねえ、知っている?………この世の中にはね、あなた達が暮らしている世界とは別に、異なる世界が同じ時間帯で流れているの」

アイリスは言う。

「その世界ではね、妖怪も幽霊も、人間と同じように暮らして、同じように扱いを受けて、仕事して、人並みの地位がある。家族も、愛もある」

私たちがたとえ、この世界で消えたとしても、向こうの世界にいる私たちは生き続けているの。私はそれだけでいい。私たちが世界にいるって言う証拠が残されるのであれば、誰かが私たちのことを覚えていてくれるのであれば、それ以上望むことはないの。

「それに、貴方達が、覚えておいてくれるでしょう?」

その、アイリスのひまわりのような優しい声色に佰乃はよくわからない感情が波になって心の中を打った。

アイリスの、目線から見える、全てを悟っていたような、そんな色。

それは天人でさえ、感じ取ることができた。


「ありがとう、小さな学生さん達」



感謝の意を含めたそのアイリスの言葉が、心に突っかかった。








「なあ、ハル」

「なーに?」

くるりと振り返るハルに、天人はつまらなそうに言う。

「初めて、七羽のカラスに会った時、お前言ったよな?自分のことを覚えなくていいって。どうせすぐに消えるって」

「言ったっけ?」

 ハルは見事にとぼけて見せた。天人は歩き出したハルに歩調を合わせて隣に並ぶ。冬の風が頬を撫でた。

「とぼけるなよ。あれ、どう言う意味なんだ?まさか、本当にお前消えるのか?妖力の副作用とか……―――」

するとハルは軽く鼻で笑った。

「んなわけないじゃん。あれは、そのなんというか言葉の例えだよ。ほら、どうせハル達は彼女のお兄さんを見つけたらお別れするわけでしょう?それにいつかは、Don`t say that(七羽のカラス)達はお祓いされてしまうわけだし、ハルたちのことを覚えてても仕方ないなって思ったの」

ほんとうかよ…………。

天人はため息をついた。そしてチラリと横目でハルを見る。

自分より少し背の高いハル。癖っ毛の長い髪の毛が自由に跳ねている。少々長過ぎる気がするのだけれども……。切った方が良いよってアドバイスしてもどうせ無視されるだけだろうし、と天人は諦めて再び視線を道に戻す。

いつかふと消えてしまいそうな、そんなハルの纏う雰囲気は、たやすく触れられない。

暗いのに澄んだ空が、奇妙なほどに心を飲み込んでいきそうだった。





それから、5日後、Don`t say that(七羽のカラス)達が祓われたと聞いた。

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