第2話 作戦会議(2)

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ハルが去った後、藍沢は特別治療室、――主にハルが使っている治療室から離れて、病棟のエレベーターに乗った。あえて人気のないエレベーターに乗り、屋上の一個手前の釦を押す。えげつないスピードでエレベーターは上昇し、降りる。

右に曲がって屋上への階段を登った。屋上への重たいドアを開ける。

そこにすでに会いたい人物が待っていた。


「待たせたな。知夙」


知夙の着る白衣が風に乗ってたなびいた。名前を呼ばれ、男性は振り向いた。手元は口元にあり、その手には火が消えかかっている煙草があった。藍沢は頭に手を当てて深くため息をつく。

「そろそろ煙草やめたら如何だ?患者から苦情が来るぞ」

「そんな事如何でもいいね。唯でさえストレスの溜まる仕事をしてるんだ。ストレスの処理ぐらい正しくやらせてくれ」

藍沢は軽く肩をすかせる。

そして側によってフェンスに寄りかかった。

持ってきたカルテを知夙に見せる。

知夙は素直に受け取って、複数の紙に書かれた数字を見た。

藍沢は流れる雲を目で追って云った。

「此処最近のハルの検査結果だ。……それを見て何か思わないか?」

「なにか、とは?」

「聞く前に数字を読み取れ馬鹿野郎」

ゲンコツを頭に食らわせる。その時には知夙の手元から煙草が落ちた。

「あ……あーあ」

知夙はカルテの挟まれたバインダーを藍沢におしつけた。そして自分は落ちた煙草を拾う。

「今更、そんな事僕に聞くなよ。分かっていた事だろう?」

「そうだが………。でも、やっぱり―――」

と続きを云おうとして、其の言葉を知夙が遮った。振り向きざまにグラスの向こう側から冷たい目つきで藍沢を見る。

「患者に情を寄せるなよ。御前はそんな奴じゃないだろう」

藍沢は黙って目を逸らす。

知夙はコツコツと革靴の音を立てて再びフェンスに寄りかかった。

「あの子は僕たちのミスで生まれた。だからこうして最後までケアをしてあげようと定期的に検査してあげているだけだ。たとえその検査結果が目に見えてひどかろうと、結論は変わらない。…………ただ」

知夙は一度言葉を区切る。そして云う。

「見せてくれたその結果が、本当に正しい数値だとしたら、予定と違う」

そうなんだ。

藍沢は大きく頷いて顎に手を当てた。

「そこが問題なんだ。矢張り、灸尾の魂を受け継いだことが関係しているのだろうか?」

「魂の重複か………」

辺りの日が落ちてきた。暗くなるのが随分と早い。

「然し、重複ならば、逆効果だ。もう少し早く数値はダウンする。それとは逆の結果が出ていると云うことは、あの子は「生きる」綱を何処かに繋いでいるんだ」

「そうだといいんだが………」

藍沢は浮かない表情を浮かべた。

魂の重複……。

たった今、知夙が云った言葉が、何処か本当な様な予感もした。




+++


「如何云う事だよ!」

ハルは靁封神社に到着するなり声を張り上げた。すでに集まっている天人と舞子は深刻そうな顔を浮かべている。源郎は腕を組んだまま何も発さない。

ハルはグッと下唇を噛んだ。

知ってる。知ってるんだ。彼らにこんな気持ちを吐露したところで、仕方がない。彼らだって佰乃と一緒にいたわけじゃ無いし、何よりも一緒にいたのは征爾さん達だ。ハルは気持ちを何処にぶつければいいかわからない。心の中のモヤモヤが再び渦を巻く。

最近こんな事ばかりだ。

感情の起伏が、追いつかない。前まではそんな事無かったのに……ッ!

槍投げの気持ちでハルは天人の胸倉を掴んだ。天人はいきなり胸倉を掴まれ、眉を顰める。グッと喉が詰まり、息がしにくくなった。

舞子は慌てて手を伸ばす。

「はーくん!何やって……――」

「五月蝿い!黙れ黙れ黙れッ!」

言葉が風を切るように凍った。

ハルだって、こんな事してもしょうがないのは分かってるよ。でも、じゃあどうすればいい?如何すればこの感情は収まるの?

この場において意味のない言葉が空間を引き裂く。

「御前らと会ってからだ!御前らと会ってから、全てが変わったんだッ!ハルも佰乃もお互いがいればそれで十分だったのに、毎日毎日、日付が変わっていく度に狂ってく。佰乃も笑顔を御前たちに向けるようになった!今まで、そんな必要なんか無かったのに!」

「ハル……御前何云ってんだよ……」

胸倉を掴まれたままの天人が下から上目使いでハルを睨んだ。このままの状況は些か好きではない。天人はハルの黒い手袋をつけた手首を掴んで、持ち上げて、捻って、床に叩きつけた。

力一杯床に背中を叩きつけられたハルは弱々しい呻き声を漏らす。其れから、床に顔を伏せたまま何も言い返して来なくなった。

否、もう無意味だと云うことは理解してたはずだ。

源郎は重たい腰を上げて立ち上がり、ハルのそばでしゃがむ。

「取り敢えずまあ、落ち着けテメェら。佰乃はまだ生きてるし、この町内にもいる」

「そんなことわかんの⁈」

「嗚呼。だって、御前らの半妖の力は俺の魂の一部だからな。消えたら直ぐにわかるし、遠ざかれば遠ざかるほど、何処にいるのかわからなくなる。今は未だ気配を感じとれるし、問題ねーよ」

「其れ早く云ってよねぇ⁉︎」

舞子は肩の力を抜き、その場に座り込んだ。

ハルを力一杯投げた天人は肩をぐりぐり周し、首を左右に振る。

源郎はハルの背中に手を置いて、

「佰乃が未だ近くにいるってのは、御前も分かってたんだろ?」と優しく問いかけた。

ハルは黙ったまま頷いた。

「じゃあ、兎に角作戦会議だ。陰陽師の野郎達よりも先にテメェらのやり方で佰乃を救ってやれ」

「俺の意見としては、七羽のカラスがあの童話通りだとしたら、その妹の『姫』を探すのが手っ取り早いと思うんだ」

「……何其れ?」と舞子は首を傾げた。

そうだった。この話はハルと俺しか共有してなかったんだ―――。

甘人は『七羽のカラス』の物語を一通り説明する。

其れを現代に置き換えて考えるとするならば、要はその『姫』を見つければいいだけ。そして其奴が人間であろうと、生きてあろうと、死んであろうと、天人には関係ない。

視れるのだから。

舞子は源郎から真っ白い印刷用紙を受け取り、先ず端にカラスの情報を書き、中心に靁封町西地区の大まかな地図を描いた。

な酔いなく、流暢に線を引いていく手元を見て天人は云う。

「御前、よくそんなに地形まで覚えてるな。すごいよ」

「まあ、伊達に町の見回りしているわけじゃないしね。ちゃんとこの街の地図は頭の中にインプット済みだよ」

次期町長という言葉が彼女の意識を高くするのか………。

地図が描き終わり、天人はカラスの情報を音読する。

「えーと、陰陽師たちの情報によると、カラスの特徴としては変形できるって事。……変形できるって、つまり中流階級の妖怪って考えでいいのか?」

天人は源郎の顔をチラリと見る。源郎は素直に頷く。

「まあ、だろうな。唯、未だ最終的な姿は見えてこない。もしかしたら人間に変形もできるかもしれないし、言葉も人間の言葉を話してこちらと意思疎通ができるかもしれない。そうなれば、中流って決めつけるのはよくないかもな」

源郎と舞子と天人で着々と話を続ける。

ハルは床に寝転がり、三人に背を向けるようにして瞼を閉じた。

多分、このまま話し合いに参加しても、また訳のわからない事を云ってしまうだろう……。

睡眠が頭を支配してくる。

今日は色々と疲れた……。今は寝て、目を覚ました時に話を聞こう………。

堕ちていくようにハルは意識を手放していった。


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