第3話 東家(3)



食事会は十七時から始まった。

十七時前から徐々に家にやってくるお客さんが増えてきて、見たことある面々の顔ぶれだった。

「やあ、こんにちは。征爾さん」

町長である神ノ条喜一葉さんがきた時、舞子ちゃんもきた。

いつもは学生服を着、妖怪退治の時は動きやすいようにズボンとか履いているけれど、今日はきちんとした――俗に云うお嬢様の様な格好をしていた。可愛い落ち着いた緑色のハイウエストスカートに、襟のある白いシャツ。カーデガンを手に持って、小さなカバンも持っていた。

私にはない、爽やかなお嬢様な雰囲気。

町長の娘となれば、それなりに大変なんだろうなと思った。風の噂では、町の見回りを小さい頃からやっていたとか。お互い、後継といった似たような境遇だけれども、背負っているものは違うんだな。

喜一葉さんは、お父さんとお話をしながら皆がいる大居間へ移動して行った。

「くのんちゃん、おめでとう」

舞子ちゃんが微笑んで云う。

私は、少し照れながら返事を返す。

「有難う。今でも実感は無いけど、一応この町の陰陽師になったんだよね。迷惑をかけないようにこれからも頑張るわ」

「迷惑かけないようにって。くのんちゃんはくのんちゃんの好きな様にやっていけばいいと思うよ」

佰乃と舞子は廊下を歩き、大居間へ向かう。

角を曲がって、いい匂いがしてきた。厨房だ。厨房には今日の食事会の食事を調理してくれるお手伝いさん達がいた。

声をかけようと、一歩踏み出す。


「ねえ、今日、町長さんのとこの孫さんもきてるんでしょ?」

如何やら会話の途中の様だ。私は入り口で足を止めた。

「そうね。でも義理息子さんは来てないようね」

「それって、やっぱりあの噂は本当なのかしら?」

「あの噂?」

口の止まらないお手伝いさん達だと思った。

なんだか、このままここにいたら良く無い話を聞いてしまいそうなので雉子を返す。しかし、舞子ちゃんは唇をかみしめてその場にたちすくんでいた。

また、お手伝いさん達の会話の続きが耳に入ってくる。

「ほら。跡継ぎの話。噂によると義理息子の央兎さんじゃ無くて、孫の舞子ちゃんだって噂よ。何よりも、息子さんはこの町育ちじゃ無くて外部の人間だから町長にはさせたく無いんだとか。それが本当だったら、舞子ちゃんは可哀想よね。自分の道が決められてる様なものなんだから」

お湯がジュージューと吹き出す音がした。

「あ、やばい!」

ガタガタと台所で忙しない音がしてようやく会話が止まった。

聞いてしまった佰乃はなんとも言えない複雑な気持ちになる。こういう時に如何すればいいか、私は知らない。友達に、気遣える様な言葉を私は知らない。ずっと人との関わりを避けてきたから、今この状況で彼女になんて声をかけてあげればいいのか。

舞子ちゃんは、私の手を取った。

「舞子ちゃん……」

「二人でバックれようか?」

私は頷いて、二人で廊下を突き進んだ。

大居間を避けて歩いて、軈て私達は人気のない中庭の縁側に座り込んだ。

もうすっかり冬になった。決して暖かくはない。衣服をすり抜ける風が冷たかった。十七時過ぎだけれど、あたりは暗く、すんだ空に星達が点々と浮かぶ。

縁側に座って、何を話せばいいかわからなかった私は自分から口は開けなかった。

舞子ちゃんは足をぷらぷらさせて、星を見上げた。


「ねえ、くのんちゃん。くのんちゃんは、この町が好き?」

「何?唐突に……。突男を思い出すじゃん」

「あははは。突男。懐かしいね、其の響き」

どこかで夕方の鐘の音がした。

「この町が無かったら、くのんちゃんは何処で何してた?この町が存在して無かったら、如何してた?」

「……さあ。本家にでもいたんじゃ無い?私の家系は代々陰陽師だし、この町が無いところで、場所が変わったっていう認識かな。どこにいても、私は陰陽師の仕事をするよ。」

「そっかぁ。くのんちゃんは強いんだね」

「……舞子ちゃん?若しかして、さっきの話……」

えへへと舞子は笑う。

「気にして無いっていったら嘘になるよね。そうだよ。私は多分おじいちゃんの跡を継ぐ。パパは継がずに、私の世代に降りてくるんだ。しかも近い未来ね」

私は舞子ちゃんの顔を見る。整った顔立ちがそこにある。

「ねぇ、私思うの。最近すごく考えるの。もしもこの町が無かったら、私たちは出会わなかった。こんなことにもならなかった。妖怪なんて、そんな存在を関わることもなかった。私はそうでありたかった。これから先辛い思いをするのならば、こんな運命、あってほしく無かった」

「舞子ちゃん……何云って……――」

「ごめんなさい。本当に最低なことを云うのはわかってる。わかってるけど、でも今しか云う時はないの。二人で話せる時なんて、滅多にないから……」

舞子ちゃん……。

舞子は今にも壊れてしまいそうな、儚い笑顔を私に向けて云った。



くのんちゃん達と出会って、私は辛い……。

舞子ちゃんからは、なんだか、そう云っているように聞こえた。



舞子ちゃんが先に大居間に戻って行って、私は一人縁側に座っていた。

さっきまではそこまで寒く感じなかった風も今はすごく寒い。鳥肌が立つ。

人賑わう声が、居間の方から聞こえてくる。きっと時間的にお酒が入って酔っ払い出す大人が増える。私も戻らないと。

佰乃は重たい腰を上げて、床に足をついた。




ねえ、舞子ちゃん。

貴方は何を知ってるの?

貴方の未来には、何が見えてるの――――?


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