第2話 東家(2)
二
「くのんちゃん!」
教室を出る前に、舞子に呼び止められ私は足を止めた。今日はこのまま儀式に行かなければならないので、あまり時間に余裕は無い。
舞子の緩やかなウェーブがかった髪の毛が舞った。
私は比較的、美形な顔立ちだと思うけど、舞子ちゃんは「可愛い」をそのまま字に起こしたような子だ。キラキラと光る綺麗な水晶が顔に二つ並んでいる。キュッと引き締まった口元は笑うと、大きな笑顔になる。身長は私より小さいから(私は大体百六十センチ中盤だ)、百五十センチ後半ぐらいだろう。スタイルが良いので、あまり小柄に見えないけど、触れてみると華奢だ。私はそれなりに鍛えているので、軽々と持ち上げられるような体重じゃ無いと思う………多分。いや、思いたい。プライドと云う程のプライドはないけれど、鍛えているのにも関わらず軽々と持ち上げられては少し努力が報われない感じがするので嫌だ。
誰だってそうだろう?努力と否定されるとこも、自分の存在を否定される事も嫌う。周りと優劣をつけて自分の強みを際立たせる。人間なんて所詮そんな生き物だ。私も同様に、そんな生き物なのだ。
「今日…だっけ?儀式」
「そうだけど、何で知ってるの?」
「ほら、あれ。儀式が終わった後って町内会で食事をするじゃ無い?聞いてない?」
聞いてない。
あのクソ父め。私が嫌がると知って云ってなかったな。私は大勢が嫌いなんだ。
「其れに私も呼ばれてるから話は聞いてたの。食事、くのんちゃんも出席するでしょう?」
「……したく無いけど、せざるを得なくなりそうね……」
「あははは。でも大丈夫だよ。私もいるから。いざとなったら二人で抜け出そう。どうせ後半は酔っ払いだらけの食事会になっちゃうだろうからね」
「もう一層の事、お酒を全部水に変えておくっていうのもいいかもしれないわね」
私のつまらない冗談に舞子ちゃんは満面の笑みで答えてくれた。
眩しすぎる其の笑顔が、私の閉ざされた心の扉を少しずつ開けていく。
私も少し笑い返した。
儀式が澱みなく進んだ。
始めに、白い袴に着替え、初心の姿に戻る。こうすることで邪気を払い、清純な心で力を受け取れると云う。
お父さん達が用意した数式の中に入り、私は完全に陰陽師になることができた。
一人の立派な陰陽師に。
力を受け持ち、後は東家の家紋が入った羽織、和装コート、外套、札など、陰陽師として必要なものをもらう。何一つ、なくしてはならない大事なものたち。私はわずかながら愛着を噛み締めた。
そして次に、式神渡しだ。
東家は思業式神を使役している為、儀式を行う際、式神を一つだけ受け継ぐと云う伝統がある。佰乃の兄、六幻は父から一つ受け継ぎ、今では他の式神も備えている。其のほかの式神は陰陽師の活動を行なっていく上で自分で生成するか、妖怪を使役するのだ。そして、今回。
佰乃の場合、初めての式神を六幻から受け継ぐことになっていた。
しかし、佰乃には既に式神がついている。
「お父さん」
儀式が終わり、あとは式神渡しと食事会だけどなった時、空の色はまだ明るかった。滞りなく進んだお陰で、夕方前には終わりそうだ。
佰乃に呼び止められた父は足を止めて振り返った。
いつもはセットしていない前髪も、今日は綺麗にあげている。それでも綺麗な顔は変わらなかった。そろそろ五十近くなるのに、父の顔は若い時と何ら変わらない。術で若くしているのもそうだけど、きっと術が解けてもこの童顔なままなんだろうと思う。
「如何した?…も、若しかして、どこか具合が悪かったりするのかい?そ、そりゃ大変だ!直ぐに三亞三さんを呼ばないとッ………ゴフッ」
父の脛を思いっきり蹴ったら、案の定痛み苦しんだ。脛を抱えて座り込む。
「勝手に一人で話を進めないで、お父さん。そう云う用事じゃないから」
「じゃあ、何だい?」
スクッと立ち上がる父の目を見て云う。
「私……、式神渡し、いらない……」
「いらないって、何で?これは一応、伝統なんだけど」
「知ってる。でも、いらないの。欲しくないの……。詳しくは云えないけど…私……」
ああもう。
如何してこう云う時に限ってしたったらずになるのよ、私!莫迦じゃないの!早くどうにか伝えないと、お父さんが心配するじゃない。心配させたいわけじゃないのに。
「私、別に今式神が欲しいわけじゃないし、それに式神は自分で生成したいから……」
お父さんはじっと黙った。私はお父さんの静かなる威圧に、冷や汗をかく。
バレたかな?
私が今嘘ついてること、気づかれたかな?
すると、お父さんはパッと明るい笑顔で云った。
「そうか。だったら無理する必要もないな!云ってくれて有難う、佰乃。云いづらかっただろう?」
まあそれなりに。
佰乃は頷いた。
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