第13話 依頼(1)
三
学校は今絶賛テスト期間である。二学期制の南高校では、前期と後期に其々テストが二回ずつある。テストの回数は少ないけれど、一回のテスト範囲がとても広いので、南高校に通う学生としては、二学期制を好ま無い。
しかし、かと云って三学期制の学校が楽かと問われるとそこもまた少し違う。三学期制の学校はテストのスパンが早いため範囲は狭いけれど、逆に云われてみれば、スパンが短すぎる上に、常に「テスト」というものを頭の隅に置かなければなら無い。教師とて、そう発言せざるを得無い。
此処で二学期制が良いか、三学期制が良いか討論した所で。
テスト期間が故に、天人達は放課後に余る時間が沢山あった。其の時間全てを妖怪退治に費やすわけにもいか無いけれど、費やさ無いわけにもいか無いのは云われずもがな、意識済みだ。
「天人」
天人に声をかけた人物が肩にバッグを下げてやってくる。
身長は、天人と同じくらいの平均的な身長。一七〇台後半である。スポーツ刈りの様に横を刈り上げ、程よく目にかかる前髪は漆黒の色をしている。夏休みに日焼けした肌色は段々と落ちて、通常並みの肌色をしていた。
「これから帰るのか?お昼一緒に食べないか?俺、此間、良い店見つけたんだよ」
俺はバッグに筆箱と教材を放り込む。
この男、須賀海都は無類のカフェ好きである。
カフェに限ることでがないが、良い食事処を見つけるとことあるごとに俺を連れて行こうとする。見た目からして、運動神経も勉強もできる完璧男だが、どの部活にも所属せず、本人曰く「俺、集団行動苦手だからさ」とか云ってる。御前が苦手なのは、違う所だろう、と突っ込みたい気持ちも山々だが、小学校から一緒にいるので敢えて口には出さなかった。
其の上カフェ好きなんて。
男達を敵に回すのも甚だしい。
女子の注目の的は常に海都だ。
クラスの中心的人物。言い換えれば問題児。
天人は首を横に振って答える。
「ごめん。今日はちょっと用事があって行けない。また今度誘ってくれよ」
用事があるのは本当だけれど、今月はお財布が寂しい。
「用事か。用事があるなら仕方無いな。黎人にも合わせてやりたかったんだけど」
海都の口から出たある人物の言葉に耳が傾く。
「黎人………って、確か御前の弟の……」
「そう。こないだ迄、危篤状態だったんだけどな、今は容体が安定してて。目は覚ましてないけど、山場は超えたみたい」
黎人か……。
天人は夏のことを思い出す。つい三ヶ月ほど前の話だ。
あの時結局、The Hero Of Children(ハーメルンの笛吹男)を祓えなかった後、黎人が一人どっかに消えてったんだ。The Hero Of Children(ハーメルンの笛吹男)自身は、寄生する相手が消えたことによって、弱って自然に姿を消したけど。
正直完全に祓っていないし、源郎曰く妖怪の魂の存在は消えきっていないので好きあらば回復するだろうとは云っていた。取り敢えず、此処のところ大丈夫そうなので様子見となっている。陰陽師達が先にThe Hero Of Children(ハーメルンの笛吹男)と出くわしたら、即祓われるか封印されるかの二択だろうと云うことは目に見えている。
黎人は危篤状態が戻ったと云うことはやはり自分の力で戻れる方法を探しているのだろう。「思い出したかったこと」自体の目的は達成されたわけだし、黎人が目を覚ますのも時間の問題か。
天人は安心した。
「良かった。早く黎人と生身で話がしたいな」
「生身?」海都が首を傾げる。
「御前、黎人と喋ったことあったか?」
「あ、い、いや、そういうわけじゃなくて………。兎に角、状態が良くなった様で良かったよ!じゃあな!」
天人はバッグを乱暴に掴んで、逃げる様に手を振った。
教室から勢いよく飛び出し危うく人にぶつかる所になる。
「す、すいませ……――て、ハル?」
天人よりも少し背の高い、伸ばしっぱなしの茶髪が目に入り、ハルだと判った。服装はいつもみたいなフード付きのパーカーでは無くて、学ランを着ていた。この学校の制服だ。初めてみた。
「何で、御前学校にいるんだよ……」
「いちゃダメ?一応、ハルもこの学校の学生なんだけど」
「い、いやダメじゃねーけど………。なんか用事でもあったのか?」
抑、滅多に学校に姿を表さないハルが学校の敷地内にいる事が珍しかった。
ハルは制服のズボンに、その黒手袋がついた手を入れて不満げに云う。
「佰乃が儀式の準備やら何たらで家でも忙しそうだったから、学校に来れば会えるかなぁって思ったんだけど……そっか。今日ってテスト期間かって、今わかった感じぃ。もう帰っちゃったぽいね」
ハルは教室の中を覗いて佰乃が居ないことを確認した。
「そっかって………御前、テストとかどうしてるんだよ」
取り敢えず、立ち話もあれだからと、俺とハルは廊下を歩く。多分、此の儘だと図書室に行くことになると思う。
天人の目的は図書室に行くことでもあるので、好都合だ。
天人はハルの歩調に合わせて歩いた。ハルの右足についている義足は滑らかに動く。尤も、ズボンの上からだと、義足とはわからない。
「テストぉ……は……どうしてるんだろう?……多分、征爾さんがどうにかしてくれてると思う」
「おいおい………」
天人は肩を落とした。
「それ、人生に一回は云ってみたいよ」
「天人はテストが嫌い?」
「嫌いってわけでもないけど、好きってほどでもないな」
「そっかそか。でもでも、天人が思ってるよりも、一人で家にいるのって退屈なんだよ?それにほら。ハル全然勉強できないからさ、頭の良い天人とかが羨ましくなることもある」
「嘘だろ………」俺は思わず口元を抑えた。
ハルが不思議そうに天人を見る。
「なにが?」
「御前から……羨ましいなんて言葉を聞けるなんて……、俺……俺、今凄く感動してる…」
「はは。何それ」と云ってハルは前を向いて歩く。
廊下の突き当たりを左に曲がり、一つ階段を降りて、渡り廊下を歩けば、図書館だ。
俺が感動してるのも束の間、図書館へ着いた。
南高校にある図書室は、靁封町の中で最も本の揃えがある大規模な図書館である。かなり昔から創設されているらしく、校舎よりも古いそうだ。木造なので、図書室に入った途端木の匂いと、古くなった本達の紙の匂いが鼻の奥をくすぐる。本好きとしてはたまらない空間である。自分の読みたい本は山ほど備えてある。
中の構造は複雑だけれども、そこがまた良い感じとなっていて、中世ヨーロッパの雰囲気を思い出させる。
入り口に駅の改札の様なものがあって、そこに自分の学生証をあてる。そういえば、ハルの場合学生書がないかもと思って振り返ってみると、ハルも自分の学生証を当てて普通に入って来れていた。
テストは受けないのに学生証があるとは、本気で羨ましくなってきた。
天人はこの莫迦でかい図書室の案内地図を見た。
妖怪関係の本棚は、二階の右奥、西の方にある本棚のエリアだ。
「ハル。俺はちょっと妖怪の事について調べるけど、御前はどうする?帰るか?」
「妖怪って、源郎が云ってた七羽のカラスの事?」
「そう」
すると、ハルは思いもよらない事を云った。
「それなら、こっちのエリアから探した方が良さそうだけどねぇ」
そう云ってハルが真横に指さしたところは、童話の本が並べられているエリアだった。
天人は首を傾げる。
「どうして、童話の本なんか調べるんだよ」
「あれ?天人知らない?」
「なにが」
ハルはポケットから手を出して、黒い手袋をはめた手で天人の手を掴んだ。ハルに惹かれる様に、歩く。
「お、おい」
「此処座ってて」とハルは云ったので、天人は取り敢えず机の前にある椅子に座った。此処からは、左側にあるデカいガラスから昼間の太陽が差し込んでいた。光の筋が当たって空中に浮遊する埃が、どこかこの図書室の趣深さを演出していた。
それから、ハルは手に一冊の本を持ってやってきた。ハルは其の本を机の上に置く。
表紙には「七羽のカラス」と書かれていた。そして、「グリム童話」とも書いてある。どうやら童話の本らしいけど、どうして其の本を?
ハルは天人の隣に座った。ハルの綺麗な横顔に一瞬見惚れる。
「今回、源郎から“七羽のカラス”って聞いてさァ、この童話を思い出したんだよね。知らない?『七羽のカラス』」
「聞いた事も無いな………。有名なのか?」
「んー、有名……では無いかなぁ。結構マイナーだからねェ」
天人は暑さ、五センチ程しかない本をひっくり返して、裏表紙を見る。案の定裏表紙にはあらすじが簡潔に書かれていた。
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