第12話 日常(4)



「で、話の続きなんだけどヨ」

と源郎は切り出した。

「なんも、岡山に今すぐいけって話じゃねーンだ。突男がなんかおめえ等を呼ンでるから岡山に行けっつったんだ」

「突男が?」

「そう。突男が」

あの突男に呼ばれるとは、何の用事だろうか?依頼というぐらいだから、妖怪絡みだとは想像つくのだけど、だからと云って態々関東地方にいる俺達を呼ぶだろうか?

考えても仕方のないことは考えるだけ無駄か。

天人は今お皿に乗っている食材を最後に、鍋を味わった。

「そうだなァ。佰乃が儀式終わってから四人揃って行ってこい。其れ迄はこっちでジャンジャン働け」

「働けって云われても給料出てないんですけどぉ」

「ウッセーな。俺様がこうして手料理を振る舞ってあげてるだろうが。其れで我慢しろ。いや、我慢しろって云うと俺様の飯が不味いみたいに聞こえるか。兎に角、どっちにしろ岡山に行く経費は東ん家が出してくれるから、安心しろ」

何を安心しろだよ。御前の金じゃねーじゃん。

でも、まあ、と天人は相槌を打つ。

「久しぶりの旅行だと思って行けばいいんだよな?だったら、佰乃の儀式が終わる迄頑張れる。次の靁封町の妖怪退治は何?」

「ああ、えーと」と云うと源郎は立ち上がり、後ろに積まれた段ボールの中から紙をあさってきた。差し出された紙を、ハルは素直に受け取る。

「なになに………カラスの目撃情報。先日、靁封町西地区で七羽のカラスが町で人を襲う所を目撃された。………是なんて読むの?」

ハルは文字を指さして天人に見せる。「涅色」と書いてあった。

「涅色だな」

「涅色って?」

「黒色の事だ。少し褐色が混じってるけど、黒に近い」

俺は一眼源郎を睨む。

「何で態々こんな難しい漢字で書いてるんだよ。普通に「黒」って書けばいいだろ」

「だって、俺様目覚めたのつい最近だもン。現代の言葉とか知らんし」

「その割にはパソコンで打ち出してるけどな」

「…………」

パソコンで打っても、「黒」の方が書きやすいだろと思う。

ハルが続きを読む。

「涅色のカラス七羽は女性ばかりを襲っている……って、此れ唯の変態カラスじゃん」

「いや、其れ以前に妖怪なわけ?普通にカラスって事も有り得るよね?カラスが集団で行動してることなんて珍しいわけでも無いしさ」

「でも、七羽とも、人を襲うのはおかしいだろう?」

と源郎は云う。

「おかしいだろうって……御前確信があって云ってるわけじゃ無いのか?」

「確信はある」

「何だよ」

「勘だ」

「ふざけんな」

近くにあった段ボールのガムテープカスを源郎の頭目掛けて投げる。

「あたっ」

カツンと当たった。

「でもあーくんの云ってることは一理あるけど、源郎が云ってることも一理あるね。調査してみる価値はあるんじゃ無い?」

「そうだ。テメエは黙って従え」

「………なんか腑に落ちないけど」





+++


鍋の片付けを手伝わされ、靁封神社の外に出た時にはすっかり冷え込んでいた。月は空に登っている。青暗く澄んだ空が冬の到来を知らせた。

月の明かりが綺麗に反射する空を見上げて、四人は階段を一歩ずつ下がる。

「天人………」

ふいに佰乃は天人に声をかけた。天人は振り向く。暗くて顔の表情は鮮明で無いが、佰乃が何か言いづらそうにしている事は判った。

「どした?」

「………私が居無い間、ハルの事を頼んでもいい?」

「頼む?」

佰乃は先に階段を降りていくハルの背中を見る。ハルと並行して舞子も歩いていた。ハルと舞子は決して仲が良いわけでは無いが、前程仲が悪そうにも見え無い。舞子の笑顔の横顔が時折見えた。

「頼むって何を?……義足の事とか?」

「違うの………。あ、いや、其れもあるけど………」

天人は首を傾げる。

「言いづらい事なのか?」

「………あの……ハルから、目を離さ無いで欲しい」

「其れって、どういう……――」

「彼奴、好きあらば自分の身を挺してでも何かを成し遂げようと思ってるでしょ?自分が犠牲にもなって良いって思ってる。そんな考え方、有って良い訳無いのに、妖力の影響か、自殺願望も強いの……」

「…………」

「私ね、最近怖くなる………。ふとハルが居なくなっちゃうんじゃ無いかって……。私達の側から何も云わずに去ってしまうんじゃ無いか。ずっと其の事ばかり考えてる……」

ハルの陶器の様な肌色が。其の光に当たると透ける茶髪が。右ズボンの下に覗く銀色の義足(ガラクタ)が。いつかは手の届か無い場所に行ってしまいそうで。

佰乃は其の三白眼で天人を見つめた。

「今回の間だけで良いの。お願い。ハルを一人にし無いで」

「何莫迦なこと言ってんだよ」と云って、自分の手の平で思いっきり佰乃の頭に触れた。

そんな事、云われなくても。

「判ってる。俺や舞子はいつも御前達のことを見てるよ。御前達はもう二人だけじゃ無いんだ。俺達がいる。そんな事云われずとも当然だ。当然、ハルを勝手に一人にはし無い」

其れから、佰乃は鼻水を啜って「有難う」と小さく呟いた。そして誤魔化すように「泣いてないから、ただ少し寒いだけだから」と言い訳もしてみる。

天人にとってはなんだか、心が穏やかになるようなこの日常に、したっている気分だった。



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