第11話 日常(3)
前からそうだ。
ハルは俺の予想する未来にうつらない。
しかも、在ろう事か、俺の予想する未来を覆してくる。
そりゃあ、初めは戸惑ったけど、例外もあるんだなと思って素直に受け取ることにした。時には、ハルが未来にうつらないことが今回の様に救いになったりもするわけだし。
しかし、
天人は自分が知らない間に、それに頼っていた事になる。
どんなに便利か。
未来を変えてくれる人物がいることが。
そしてどれほどの絶望に堕とされるか。
未来を変えてくれる人物が、いなくなってしまうことが……。
二
先程の妖怪退治を終えた四人は源郎と共に、靁封神社に居た。
「ぅおーい、てめえ等。ご飯できたゾォ」
神社の縁側でゆっくりと星を眺めていた天人達は源郎から集合の声がかかって神社の中へ上がった。天人は内側の居間へ入り、全体を見回す。
出会ったばかりの夏は………、いや。出会ったばかりと云うか、源郎の封印が解けてしまって時、彼がまだ“灸尾”と呼ばれていた時、此処の社には何も無かった。無理もない。ずっと封印されていた上に、誰も立ち入ることの無い神聖な場所だ。
しかし、まぁ………。
部屋の角には敷き詰め、重ねられた幾つもの段ボール。空なのか、中身が入っているのかはさておき。手前には新しそうな家電やら、ゲーム機やら、やらやら。見るたびに増えている段ボールはいつかこの空間を埋め尽くしてしまうのではと少し心配する。
そして今は、夏には無かった炬燵が部屋の真ん中を堂々と占領していた。
源郎は昼間積んでいた山菜入り鍋を天人達に振る舞った。炬燵の中央に鍋を置いて、三人はいそいそと炬燵に潜り込む。天人も一足遅れて足を突っ込んだ。
…………ぬくい………。
「つーか、素朴な疑問なんだけど、源郎が物を買ってる時の資金って何処から入ってきてる訳?銀行口座とか……貯金とか、あるわけ無いよな?」
源郎は箸で白菜を取り口いっぱいに含ませた。
「んぐ……んもぐもぐ……ごもごも………」
「いや、何っつてるか分かんねーよ」
食べてる時に喋るな。つーか質問したタイミングでわざとらしく食うな。
そこで源郎の代わりに質問に答えたのは、佰乃だった。
「其れなら、東家から資金が出てるわよ」
「何故⁈」
予想外の一言だ。
「何故って……まあ、一応、私達の対価って『源郎の命に従うこと』でしょう。それを手伝う手段の一つとして、金銭的補助をしてるの。あの人たち陰陽師はまだ源郎のことを恐れてるから、逆らったら殺されるとでも思ってるんでしょうね。源郎はこんなにも無力なのに」
佰乃は一口大根を噛んだ。最後の一言は余計だったと思うのは俺だけだろうか?
当本人は飄々として鍋を食べ進めているし。
でもよく考えれば、源郎に遠慮する必要なんてないもんな、と天人はふと思った。
「ひゃ、ひゃくの………。テメェまでそんな、酷いことを云うのか…………。みんなして…………俺様を傷つけて楽しいのかよ………うう」
「あーあーあ。源郎が泣いちゃったじゃあん。どうしてくれんのぉ、天人お」
「俺⁈いやいやいや、今のは佰乃だろ!何で俺のせいなんだよ!」
急に俺を責め立ててきたハルに反論する。
「俺一言も言ってねーぞ⁈」
「チームの乱れは全員の責任っていつも云ってるじゃん。あれは何?口だけの約束?ハル、そういうの大っ嫌いなんだけどぉ」
「理不尽すぎるだろ、御前………」
源郎の隣に座るハルが、最早悪魔にしか見えない。悪魔だ、此奴。
「喧嘩しないでよ、二人共。折角のご飯の時間ぐらい大人しく食べれないの」
ずっと黙って食事をとっていた舞子にピシリと云われて、天人とハルは何も返せなかった。ぐうの根も出ないとはまさにこのこと。
会話が途切れて、鍋の中身がすごいスピードで無くなっていく。
昼間に「自炊が面倒くさい」とか云っていた源郎だが、心配するまでも無く鍋はめちゃくちゃ美味しい。
源郎は傍にあったポン酢を取り皿に注ぐ。
「そういえば、新しい依頼だ。御前等、岡山行ってこい」
「岡山ぁ⁈」
突然平然とした顔でとんでもないことを云ってくるので、天人は思わず体を前に乗り出した。卓上が少しずれる。
「ちょっと、あーくんやめてよ。鍋落ちちゃうじゃん」
「あ、ああ。御免。というか、何で岡山?急にそんなこと云い出すなよ、源郎」
「なんだ。文句でもあるのか?依頼とはいつどこから突然やってくるかわからないものだぜ」
「それはそうだけど……」
天人もポン酢を受け取り、皿に注いだ。ハルにも入れてと云われ、ハルの皿にも注いであげる。
「抑、俺たちの管轄は靁封町内だろ?何で、態々、新幹線を乗ってまで行く様な所に行かなくちゃいけないんだよ」
佰乃もその三白眼で源郎を見た。
「そうよ。それに私、御役目の儀式の準備が始まるから、あまりこっちに顔出せなくなるんだけど」
「え、佰乃こっちに来れなくなっちゃうのぉ?」
「うん。昨日お父さんから云われて、今日皆に云おうと思ってた所。多分、冬休み前迄には終わると思うけど」
鍋の具材が減ってきたので、源郎は器から鍋に山菜を追加した。
佰乃の云う『御役目』の『儀式』とは、陰陽師が一人前の陰陽師になるために必要な通過点だそうだ。『儀式』を終えれば、佰乃は正式に東家の陰陽師として認められ、単独で妖怪退治を行う事や、地方の妖怪退治に借り出されることがある。
そして『御役目』と云うのが、東家の血を引く者の使命でもあった。
陰陽師として、御三家と呼ばれる名家の内に含まれる東家は、代々『御役目』というものを引き継ぎ、時として『御役目』を行い、時として『御役目』を行わずしてこの世を去る者もいる。
『御役目』の話は東家に限る事では無く、どの名家にも存在しうるのだそうだが、その詳細は各家内で丁重に守られており、明かされていない。
………まあ、そこから察するに、御三家とか呼ばれているけど、仲はあまり良くないんだろうなと察しがつく。
「『儀式』って、何するの?」
「まあ、私も詳しくは知らないけど、東家の紋章が入った外套をもらったり、今までの目眩し程度の札じゃなくて、ちゃんとした札をもらったり…………あとは、まあそうだね……陰陽師として一人前なる様にって意味を込めて、それなりの呪力を与えてもらったり色々と」
「呪力かぁ……。私達は半妖になっちゃったから、そういう儀式がなくてもそれなりに妖怪退治出来てるけど、本来成らなくてはならないものなんだよね?」
舞子はコップに入った水を飲んだ。美味しい鍋の味を喉に流し込む。鍋からはいつの間にか黙々と湯気が立っていた。天人の座る所からは源郎の顔が見えない位に。
「そうね。不必要な力よ。云ってなかったけど、其々の名家にも、其々得意な戦い方っていうのが有って、東家の場合、思業式神と封印呪術を得意として、妖怪退治っていうよりも、妖怪を封印することに徹底してる。でも、西の名家は悪業罰示式神とか半妖とか使って、妖怪退治をするの。西の名家の方がこの街の陰陽師よりも圧倒的に暴虐的よ」
苦い顔をして云う佰乃。
「はーくんよりも?はーくんよりも頭おかしい奴がいっぱいいるわけ?」
舞子の問いに、直ぐに頷いた。
「ハルみたいなのが沢山いる」
天人の隣で、ごくんと唾を飲み込むハルの音が聞こえた。
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