第10話 日常(2)

とやまぁ、いろいろありまして今の状況に戻ります。

今はその源郎との契約内容である「この町を守ること」を遂行していた。色々と要約すると靁封町に現れる妖怪を退治すると言うシンプルな内容である。

俺達が源郎の妖力を喰っちまったからしょうがないのだけど。せめて無力になってしまった源郎の為というか、罪滅ぼしというか。

依頼を受けてやっているのは、いろんな意味が含まれているので深くは考えた事無い。そんなこんなで夏からあっという間に四ヶ月ちょっと経った。


ただ一つだけ、今説明した中で足りなかったことは、ハルに受け継がれた力が『脚力』ではなく、『自殺』だったところだ。


「こっちが今戦闘してる事ぐらい判るだろう。とっとと神社戻りなよ。俺は源郎を守ってやれる程強く無いよ」

「おま………。もうちょっとオブラートな言い方とかあるだろうが。俺様傷ついたぜ………。どうせ俺様は無力な人間だよ。うう………」

泣き真似をする源郎を見て、天人はうんざりした。

日に日に源郎が人間っぽくなっていく。それは突男曰く、妖怪の魂が体から抜けたからだろうって云うけれど。これは流石に、テレビの見過ぎでは?


「わかったわかった。俺が悪かったよ。守ってやれないとか言わないから、少し静かにしておいてくれ。敵に此処がバレたら、山の被害が広範囲に渡るだろう。唯でさえ、ハルの野郎が好き勝手暴れ回ってるつーのに」

また、ズキリと鋭い痛みが走った。

源郎は腰に手を当てて言う。


「嗚呼、ハルの奴か。彼奴まだそんなことしてんのか。ここはガツンと突男に云ってもらわねーとなァ。って、突男の奴帰ったンだった」

「…………」

「おい、天人」

「……………何だよ」

「お前、限界じゃネーかよ」

天人は黙った。

正直今の自分に会話をする余力など無かった。

兎に角、早く戦闘を終えてもらって、早く布団に潜って眠りたい。あのフカフカでもなく堅くもない、自分の体が馴染んだマットレスに飛び込みたい。しかしそんな切実な思いは通じるわけも無く、悲しくも分解される。

「お前も懲りねェな。ハルと一緒じゃねェかよ。限界なら限界って云え。この糞根性」

源郎は深く息を吐いた。

みんなして俺の事、「くそ」って呼ぶじゃん。俺も一応傷つくんだけども。

「みんなの前で倒れるようなヘマはしないよ。というか、そんな事したらハルになんて言われるか……」

想像もしたく無い。きっとひどい言われ様だろう。

「くそ」よりももっとひどい低級言語で俺を虐めてくるに違いない。

「でもまあ」と源郎は言う。

「御前等、ちゃんと会話する様になったンなら、こっちは一安心だ。前は会話すら拒んでいたからな」

「俺はちゃんとコミュニケーションを取ろうとしてたよ。悪いのはハルだよ。俺と舞子の事をとことん嫌いやがって。かと思いきや、普通に接する様になるし、何なんだよ」

「まあまあ、いいんじゃね?」

「そうだけど………」

ハルは相変わらず、佰乃の傍に居るけど、前よりは少なからず俺たちの存在を認めていてくれてる様だ。


天人と源郎が呑気に会話をしていた時、


「゛うおおおおおおおおおおお!」

凄まじい勢いの雄叫びがした。しかも、明らかにこっちに向かってきている勢いだ。地面もどこからか響いて揺れている。

マズイ。

今妖怪に攻められたら―――。

天人は周辺を警戒しつつチラリと源郎を見た。源郎本人はキョトンとして辺りを見渡している。きっと、何処かで妖怪が暴れているんだろうなーぐらいしか考えていない。

しかし俺は源郎を守れる程、もう体力は無い。元々体は頑丈な方だけど運動神経は平均以下だ。

そうこう考えている間に、いきなり木と木の間から……いや、木を跳ね除けて二メートル以上はあるんじゃ無いかと思われる妖怪が現れた。

ゴツゴツしたガタイに顔面からは角と牙が生えている。モサモサとした剛毛が腕に生え、足元は長い爪を備えていた。鬼の形相とはまさにこの事。

右腕には、傷がつけられた痕が一筋についていた。

ポタポタと、鈍い流れで土に落ちていく血液の色を見るところ、黄色なので妖怪の階級としては三級だ。


「う、おおおおお!」


妖怪は源郎と天人の目の前で再び雄叫びを上げた。

これで三級と確定した。人間と意思疎通ができない時点で準二級以上では無いのだ。と云った所で、三級だろうが準二級だろうが、強いことには変わりない。妖怪のフィジカルを見てからも、此の儘では源郎も天人もポックリ死んでしまうことが予想された。

そして実際零点数秒後の殺られてしまう未来を天人自身も視た。

やばいっ、どうにかしなきゃ。

と天人が思うのと、妖怪が拳を振り上げるのが同時だった。

間に合わないと、目を瞑った瞬間―――――。


「逃げんなっつってんだろおガァ嗚呼嗚呼ッ‼︎」


ハルの怒号と、爆風が瞬時に巻き起こり、天人を取り囲んでいた結界は破れた。

天人は自分にぶっ飛んできた源郎の体をキャッチし、咄嗟に岩の影に隠れた。

「大丈夫か⁈源郎」

「ああ。でも、俺様の代わりに攻撃を受けたのはハルだゼ」

だぜ、じゃねえんだよと思いつつ、天人は辺り一面を取り囲む様に舞った砂埃の中、目を凝らす。透過して視える景色は、木々が倒れまくり、妖怪の姿を瞬時に見つけることができた。

妖怪の体は何ともなっていない。彼奴は砂埃を嫌がるだけで、平然と立っている。そんな奴の目の矛先は俺たちのいる岩場では無く、自分が拳を当てたであろう人物が倒れている方面だった。

もう少し目の神経に集中を寄せ、数メートル離れた景色を視る。

木々がクッションとなり、地面の上に座り込むハル。やっぱりあの怒号はハルだった。色素が薄く、程よく伸びた髪の毛はハルの表情にカーテンをする。髪の毛の隙間からは相変わらず突き通るほどの美肌が漏れていた。

いつも着ているパーカーは所々擦り傷が出来ていて、散々暴れ回って敵を倒していたのがわかる。此処にくる前に云った台詞からして、この妖怪と対戦中だったのだろうか。

源郎を庇う為に咄嗟に自分の体を身代わりにして、攻撃を受けたハルは数メートル先まで吹っ飛ばされた。攻撃を避け切れなかったのは、彼の破壊された脇腹を視ればわかる。左脇腹が抉れて、肉の破片がぶっ飛んだ形跡に落ちていた。思わず目を逸らしたくなる様な、生々しい血。

それでも、ハルは死ななかった。

そういう妖力であるから。

ハルは左手で自分の脇腹に触れると、脇腹はみるみる内に更生されていく。まるで、逆再生を見ているかの様に、元通りの脇腹が誕生する。

ハルの『自殺』は、手で触れたところが分解と更生を繰り返す。


そんな様子を源郎に伝えると、源郎は云った。

「全く。彼奴も相変わらず無茶な戦い方するなァ。あれか?てめえ等揃って莫迦なのか?どうしようも無い阿呆なんだナ?」


「いや……」と天人は引き気味に返事する。

「流石に、俺はハルほどじゃないよ。彼処まで脳の神経ぶっ飛んでねーから。もし俺がハルと同じ妖力を御前から貰ってたとしても、あんな事は出来ねぇ……」

あんな捨て身な闘い方……。絶対真似できない。


「嗚呼、嗚呼、ああ!もう!最悪。最悪なんですけどぉ!」


ハルは妖怪に向かって叫んだ。その声からわかる。

此奴、相当不機嫌だ。

俺が初めて、彼奴から言われた不機嫌な声とは違う。また違った不機嫌さ。

感情のコントロールが自分でも出来ない様な。

本能がままに動く口調。

「こっちもさぁ、痛いんだよねぇ。痛いの。わかる?ねえ!」

ハルが一歩ずつ前に歩き出す度に、妖怪は一歩ずつ後ろに下がる。さっきまでの雄叫びはどうしたとつっこみたくなる様なへっぴり腰で、妖怪は後退する。

「ねぇ、聞いてんの?聞いてないの?どっち。どっちなわけ」

ハル………無駄だよ。其奴、言葉喋れねーもん。

二人の様子を見る源郎と天人は、段々妖怪が可哀想に見えてきてしまっていた。

彼奴のあの目と、あの口調。表情全体。

「なんか、あれだな、源郎……」

「何だ?」

「俺達、場違いかもな……」

「ああ、そうだろうよ」

二人で額に脂汗をかき、ごくんと唾を飲み込んだ。

ハルは最高の笑みを浮かべ妖怪に襲いかかった。ぐわんと伸びた右腕がその妖怪の終わりを告げる。


「まぁ…………どっちでもいいんだけどねぇッ!」


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