第9話 復活(3)
一
夜が開けて、人々は目を覚ます。
新聞配達の人は誰よりも早く動き出すだろう。
平凡な毎日が人によっては、捉え方によって、些細なベクトル変化によってかわるのだ。今日こそは上司に報告しよう、とか、今日こそはあいつに落とし前をつけてやろうとか、今日こそは遅刻しないようにしようとか。
一日が二十四時間であることは、この世界で生きている限り覆せない常識だ。
限られた時間軸の中でああしようこうしようとか、人間の脳みそはまぁ働く働く。己が元凶になるかもしれない無自覚と隣り合わせで物事は進んでいくのだ。
人間は、愚かで、クソで、最高に面白い。
文明の開花だかなんだか知らねえが、この時代に目覚めてしまったものは仕方がねえ。付き合ってやるよ、遊びに。
そして己の愚かさに気がつくがいい。
目の前で戸が横に開く。
初めて見る顔ぶれと、微かに面影のあるあいつの顔と、記憶の中の残像が揺れた。
「よォ、きてやったぜ、陰陽師」
+++
居間に通されてからソファーに座る俺をジロジロと見てくる。
「あー、なんツウーか、俺様は見せモンじゃねーんだよ。ふっざけんな。こっちはさっさと要件済ませて終わらせてエーんだ。話のきっかけぐらい作っとけよ、ッたく」
「……目的はなんだ、灸尾」
目の前に座っていじっと睨んでくるジジイが言った。
(こいつが、今の頭か?でも、だいぶ弱ってるぜ?…それに昨日は、あっちの男二人が来た…)
と、ここまで考えて、考えるのをやめた。こういうのは現役時代の癖だ。人間への未練はしっかり始末したはずなんだけどなァ、とか思いつつ会話に戻る。そして小さく心の声が漏れた。
「灸尾……かァ。源郎とは読んでくれねエーんだな」
「?」
「ま、いいや。目的っつったっけ?そんなこと俺様に聞かれても、知らねエーよ。そもそもそっちのガキが勝手に俺様のモン喰っちまった訳だし」
そういうとジジイの目元が細くなった。
「われわれが?先に喰った?」
あれ?こりゃもしかしてちゃんと状況説明してねえーな。
灸尾は、横に立つ男をチラ見してから鼻で笑うように言った。
「そうだぜ。いやぁ、俺様も初めてだったよ。自分の魂勝手に掴まれて投げられて喰われるなんて。ま、初めても試みだったからしょうがねえんだけどさ」
一言一句昨日の通りに話したらさらにジジイの顔が曇った。
杖を持つ手はふるふる震え、見るからに怒りを抑えているようだった。はて?その怒りは一体誰に向けているのだろうか?
灸尾は話を続ける。
「つーわけで、俺様の妖力はお前らンとこガキに契約されちゃったっけ訳、わかる?」
『契約』
簡単にいうと半妖になること。
陰陽道の世界では、妖怪を退治するために霊力や妖力を必要とする場合もある。
その時に人間と霊体、もしくは人間と妖怪の間で交わされるのが『契約』というわけだ。陰陽師の中には鬼道を使って妖怪や呪霊を退治を行うものが多いため半妖は御三家か、ある意味異例な人がなる場合が多い。
半妖は妖怪と戦う際、契約者の力を借りる。その代わり対価として何かを差し出す。
対価は基本、寿命が多い。寿命の他には、自分の体の一部を上げていたり、たくさんの対価の払い方はある。言い出したらキリがない。
つまり、灸尾の魂――妖力を喰べてしまった四人は今現在半妖となり、契約し対価を払わなければならない。
「聞きたいのは、『対価』のことだろォ?俺様もヨォ、考えたんだ。何がいいかなぁって」
「貴様……ッ‼︎」
早速身構えるジジイを俺は止める。
「いや⁇待って待って、俺様今無力、一般人。手ェ出すとかやめてよ?」
「……早く言え、灸尾」
「ンじゃ、遠慮なく。まあ、俺様が復活しちゃったわけでこの町にも妖怪や呪霊は増えていくだろうよ。やつらには俺様の力が強すぎたからなア。でも今の俺様じゃ抑えきれないッつー訳。そこでだ。俺様の力を喰っちまったガキたちはどぉうせ近い未来、賞金クビになる。だったらいっそのこと強くなってもらって、この町にくる邪魔者たちを退治してその後に俺様に力を返してもらうってことが一番だなって考えたわけ。人の町を勝手に知らん奴に奪われるなんてこれ以上ない吐き気だからな」
灸尾は舌を見せて、片眉を上げた。
「結論から言うと、俺様の力を分けてやるからこの町を守ってもらうってんだ」
「………守る?」
「…ああ」
ジジイは立ち上がると、さっきまで閉じそうだった目を見開いて灸尾を見下ろすような姿勢でいった。
「調子に乗るなよ、この裏切り者めが‼︎この町は先代がずっと守ってきたんだッ‼︎貴様のようなものに命令されずとも我々は己の力で町を守っていく‼︎裏切り者の力なんて借りんッ‼︎」
あー、ちょっと、ちょっと?唾、めっちゃ飛んでるんですけど。別にそう思っているならそのまんまでもいいけどよ、なんかやられっぱなしっつーのも俺様っぽくないよなァ。
灸尾は目で宙を仰いだあと、
「ああ、わりィわりィ。なんか勘違いさせちまったみたいなだ」
灸尾は片足でテーブルを真っ二つに割った。
「“やってもらう”じゃねえ。“やれ”」
「そっちに拒否権はない。答えはイエスのみだ。俺様もそれしか受け入れねェ。感謝しろ、最強が力を貸してやるっつってんだ。ああ、忘れるなよ。ガキの命はいつでも俺様の手の中だ。少しでも下手な真似をすれば殺す、ぶっ飛ばす」
+++
「あー、くっせぇ空気だったな」
灸尾は東家を出て、靁封神社に向かって歩いていた。
力の残っていない彼は傍から見ればただの人間である。
すれ違う者も誰も興味は示さないだろう。眩しい太陽の光が頭上を照らす。
こんな身体じゃなければ、歩くこともないし、光も浴びないのによ、ったく、人間ってのは………。
にしても、
「真実っつーのは中々伝わらないもんだなァ……。んま、はなっからんなもん求めてねーけどよ」
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