第6話 始まり(5)

          六




「ねえ、佰乃ォー」

「なに?」

「佰乃がどうしても行きたいっていうなら止めないけどさ、やっぱりやめよーよ。なんか嫌な予感しかしないンだけど」

「ここまで登ってきて何言ってるのよ」

階段は登り切った。ここまで消費した体力を棒に振るなんてバカだ。

それに、

「嫌な予感がするならそれは大当たりよ」

これは私が安易に言ってしまった失態だ。普段ならあんなふうに他人に親切を振り撒くことなんてしないのに。何やってるのよ自分、と悔やんでも悔やみきれない思いを心に隠す。

「ドMですかァー、佰乃はァ」

「五月蝿い、黙ってついてきたんなら最後まで口挟まないで」

佰乃は無理矢理ハルを引っ張る。文句を言っているくせに――それを聞いて不機嫌になるのに―ーその繋いだ手を離せないのは本能だろうか?

いかなる時も不安な時は一人でいたくないという…――。

そしてここまできて気がついた。

おかしい、空気の流れがおかしい。

まるで余った空気がこの辺を彷徨っているかのようだ。おかげで空気の密度に違和感を感じた。

「……しまったッ‼︎」

「えぇー、なに?」

佰乃は左手をハルと繋いだまま走って神社の門をくぐる。

「い、痛い痛い痛いっ‼︎佰乃、手離してッ‼︎」

後ろでハルがギャーギャー騒いでいるが、そんなのお構いなしだ。体に多少の重圧はかかるものの、そこまで害はもたらさない。そういう作りになっている。

「くっ!」

歯を食いしばるほどの重圧が終わった。

すると、目の前にはさっきまで何もなかったはずなのに、制服を着た男女と下から吹き上がる砂埃の中心に、

「……灸尾……」

嘗て、この町を――いや、この世界までも破滅させようとした奴が復活してしまった。砂埃のせいで姿は影しか見えないのだが、彼の全身から伝わってくる妖力でわかる。そこにいるのは間違いなく灸尾だ。

刹那、ガクンと体が後ろによろける。何かに引っ張られるかのように。

灸尾に先手を打たれたか⁉︎と思ったが違った。繋いでいた左手の先が崩れ落ちたのだ。つまり、ハルが地面に倒れ込んでいた。

「は、ハルッ⁉︎」

佰乃は慌ててハルの体を起こしてみた。しかし閉じた瞼は開かない。

(どうしたのよ⁉︎急に)

分からない、何が起きているのか分からない。初めての状況に佰乃は下唇を噛んだ。

「おいっ、お前東じゃねーか!」

聞こえた声は真新しい――聞き覚えのある声だった。そして声の下方には制服を着た男女。そいつの顔にも見覚えがあった。というか、お昼に会ったばかりだ。

「藤崎、天人………」

じゃあ、今彼の腕の中で気を失っている女の子は……。

「お前っ、どうしてここにいるんだよ!」

多少の距離があるためどうしても声を張り上げる形になってしまう。佰乃は天人からの問に答える前に言った。

「それはあと!とりあえずその子の目を覚ましてッ‼︎この空間内で気を失っているのは危ない」

「危ない……ってどういう……」

(ハルのことは私が守れても流石にそんな遠くにいられたら守りきれない。だからと言ってここまできてもらうのは危険すぎる。今無闇に動くのはリスクがでかい……時間がない!)

と、あれこれ考えていたらハルの指先がピクリと動いた。

「ハル?ハル、わかる?」

声をかけると、ハルはパッと目を開き、ガバッと上半身を起こした。そして呑気に言う。

「いやぁ、参った。佰乃がハルのことを無視して走って行くんだもん。手首もげるかと思った」

そう言って右手首をひらひらと振って見せる。確かにクッキリと佰乃の指跡がついていて、血の固まった跡が残っていた。

「ンで、どういう状況?これ?え、誰あいつ⁇」

とりあえず答えた。

「同じクラスの藤崎天人。お昼にちょっと会ったの」

「へー……。え、てかじゃ、あれは?」

そう言ってハルが、指さしたのは、



「クッククククククククク、クッハハハハハハハハハ‼︎‼︎」


盛大に笑う男の声だけがこの空間に響く。


「封印呪術に対妖怪結界だってかア?くっくく、笑わせるんじゃねーよッ‼︎そんなものが俺様に効くわけ無いだろぉうがぁッ‼︎」

煙の中からゆっくり現れた等身大の男。

二つの眼と、額にもう一つ。一つの口と首にもう一つの口。後ろ側からゆらゆらと左右に揺れる十本の尾。


こうして、灸尾は完全復活を遂げてしまった。

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