第5話 始まり(4)
四
「只今………ってどうしたの⁇」
東佰乃は一般生徒より少し遅れて帰宅した。
家に入るなり母の
三亞三は佰乃を見ると、
「あら、おかえりなさい‼︎ちょっと、予想よりも計画が早く進みそうなのよ。早くて今日だわ」
「………え?」
計画が、早まる?
目の前が暗くなっていく。
母は続けて言った。
「封印呪術が随分とずれているらしくて、予定の日だと間に合わないの。今から準備して靁封神社に向かうわ。佰乃は家にいてね。何かあった時に誰かいないと大変だから」
「……うん、わかった」
何を、驚いているんだ、自分は。
近い未来こうなることぐらいわかっていたことだろう。少なくともこの町に引っ越してきた時から、理解はしていた。
佰乃は鞄を握りしめ二階の自室へと向かう。
「あぁ、それと」
三亞三は言った。
「…ーー最後に言いたいことがあったら言いなさい。奥の部屋にいるわ」
佰乃は乱暴に部屋のドアを閉めた。
わからない感情が胸の内を泳ぎ足の力が抜けた。
「う、うううう……」
声にならない。
嗚咽がもれた。
これは、東として生まれた時からの定めである。東の名を名乗る以上乗り越えなくてはいけないものなんだって。わかってるけど……でも……。
本当は泣きたいのはママの方なのに、あんなに精一杯動いて、計画の準備をしている。一生懸命、感情を噛み殺してまで、見えないものを守ろうとしているのだ。
私はできるだろうか?
果たして、大人になった時、私は母みたいに、姉みたいに動けるだろうか?
ふとカレンダーを見た。
カレンダーには八月三十一日に赤いバッテンが書いてある。本来ならば、あの日に計画が行われるはずである。母はうまく言っていたけど、封印呪術がずれているならば早く治すほうが良いに決まっている。そうなると父と、最悪の場合兄も失うことになる。
佰乃はカレンダーに腕を伸ばし破いた。
思いの丈、やぶきまくった。
「何よ‼︎何が、計画よ‼︎何のための計画だってのよ‼︎それは誰かを犠牲にしなくちゃいけないものなわけ⁇私たちから大切なものを奪って、それが、それのどこが守れたって言えるのよ!」
ビリビリにカレンダーを破き、一月の数字だけが目に入った。
私たちは一体、何を守っているのよ………。
『計画』
正直言って、この世界に鬼・妖怪や幽霊は存在する。
そして、それを一般の人が認めていようが認めてまいが陰陽道の人間にとっては関係ない。オカルトだとか、宗教だとか、馬鹿にされようが知ったことではない。ただ黙々と自分に課せられた仕事をこなしていく、そんなもんだ。
その中でも計画は大きな存在を放つもの。
大昔に、大妖怪、“
己の身と共に封印することによって成功する。そしてそれは、東の血を継いでいるものしかできない限られたものなのである。
今の東家の当主は佰乃の父、征爾である。
もう力が微量しかない劣った爺やは、既に隠居の身。今回の計画は征爾を中心に行われる。
そして、さらに今の佰乃を追い詰めるかのように昼間の会話が頭の中にフラッシュバックしてきた。
“今日なら行っても大丈夫”
確かに自分はそう言った。
あのいっときの気持ちがこうして最悪になろうとしている事態を招いた。
「……ッち」
落とし前は自分でつける。
最悪、私が計画に参加してもいい。
東家の人間ならその資格はあるはずだ。最も、御役目を継いでいない為ただの無駄死にになかもしれない。それでも、今はそんなこと考えられっか。
家族に気がつかれないよう静かに部屋を出た。すると、
「ハルもついてくー」
と言って隣の部屋からハルが勢いよく抱きついてきた。
「ハル……。でも今日は、検診の日じゃ……」
「そんなのバックれるに決まってるジャン。てかこの様子だとだぁれもハルのことに構ってる暇はないヨ。それにハルは東家のことよぉく分からんけど、佰乃が危ないことしそうだってのは理解できたヨ?」
(ハル…………)
私たちは血が繋がっていない。
ハルは七歳のときに養子として東家に入ってきた。だから御役目のことは愚か、陰陽道のこともよくわからない。
それなのにハルは佰乃だけを絶対的に信頼し、絶対にそばを離れない。時には暑苦しいのだが、どうしてこういう時に限って心強いと思ってしまうのだろうか……。
「……分かった。でも、私の邪魔はしないでね。これは私の責任だから」
「頑張ってみる」
佰乃とハルは裏庭からこっそりと家を出た。
五
「行ってくる。あとのことは頼んだよ」
「貴方………どうか、どうか自分の命だけは最後まで大切にしてください」
三亞三の願いに、征爾ははにかんでみせた。
「それはちょっと、守れないかもなぁ、私の命は生まれた時からこのためだけにあったもんだから」
「そんなこと言わないで、私は貴方と出会えて、こんなにも良い子供達に恵まれて幸せでした」
「佰乃のやつ、結局最後まで来なかったなぁ」
と東家の長男六幻(ろくげん)は二階を見た。
征爾は笑って返す。
「仕方がない。本当のことを言ったら、あいつは止めただろうしな」
「パパも意地悪ね。本当は『計画』が今日なのにずっと黙っておくなんて。別に佰乃に見方をするつもりはないけど、酷いわ」
と姉の破月は言う。
目元は赤く腫れ、泣いた痕跡が見られる。
「そういうお前は、知っていたのにも関わらず泣いたじゃないか」
「泣くわよ!泣くことの何が悪いってのよ!このばか兄貴!帰ってこないと今度こそ色々暴露してやるんだから」
「それは困るかな」と六幻は頭の後ろをかいた。
六幻は二十二歳、破月は十八歳と年が近く仲が良い。
「心配すんな。お父さんのバックアップはしっかりやってくる」
すると破月は顔を上げて言う。
「やっぱり、佰乃呼んでくる。ンで思いっきり泣かせたる!私だけが家族の前で涙を見せるなんて恥だわ‼︎」
周りのものが止める暇もなく勢いよく階段を駆け上がっていった。征爾が、微笑まそうにその光景を眺めていると、居間の奥から黒い着物を羽織った老人がゆっくり歩いてきた。
「先代……」
老人はか細い指を伸ばして征爾の襟をただした。
「…時が経つのは……儚いほどに早いものだな……。お前が、もうそんな歳になったとは……私も、長生きした」
「行ってきます……」
「お前のその心得、立派だ。行ってくるが良い……。そして、必ず守るのだぞ。この町を…皆を」
その様子を見つつ、三亞三は一生懸命涙を堪えていた。
堪えているのに、指の隙間から落ちる水滴は止まらない。
六幻もまた、自分の鼓動が驚くほど早いことに気がついた。
と、二階からバタバタと音がして、次に破月は切羽詰まった顔を階段から見せた。
「大変‼︎佰乃がどこにもいないッ!ハル坊もッ‼︎」
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