第4話 始まり(3)
二
放課後、というか午前中授業で終わりなので、お昼頃。
藤崎、神ノ条、それに東は実験室に残って掃除をしていた。
神ノ条と一緒に行動してよかった記憶などひとつもない。
世に言う「トラブルメーカー」なのだ。小学校の時になんとなく今日は一人で帰るのが怖いからと言われ一緒に帰ったもののカラスの大群に追われたり。中学校の時、学校に忘れ物をしたからと言って一緒に夜に取りにいったら運悪く強盗が入っているのを目撃してそのあと面倒なことになったりと………。
兎に角、神ノ条のトラブルメーカーは測り切れないほどキャパが大きい。
そしてなぜか、トラブルの処理仕事は藤崎天人がやるものだ、というレッテルがいつの間にか貼られていた。小さい頃から一緒にいる幼馴染だ。地元民は知っている。
七月の下旬。おまけに放課後に三人でこの教室は冷房がついていない。しつこい上にじめじめとした空気で服が鬱陶しかった。
「じゃ、私帰るから」
散らかった破片は完璧に片付けた。佰乃は自分のバッグを持ってドアに向かって歩いた。その際軽く手を振ったがガン無視された。
つーか……もしかして俺まで嫌われてる?こいつとつるんでるからか?
なんて考えていると、舞子は佰乃に話しかけた。
「ねね、東さんって…」
「佰乃でいいわよ。貴方が嫌だったら良いけど」
「じゃあ、佰乃ちゃん。私のお爺ちゃんはこの町の町長なんだけどね、こないだ佰乃ちゃんのお兄さんが家に来たの。それで、聞いちゃったんだけど、靁封神社と立入禁止区域にするって本当?ほら、あそこって佰乃ちゃんのおうちが管理してる区域でしょ。ちょっと気になって……」
なんだ、そんなことか、と天人は思った。
『靁封神社』はこの町の象徴とも言われる神社である。町のど真ん中に山がありそのてっぺんに建てられている。山を中心として平野に広がるこの町はどこからでも山を見ることができている。
山の名前はない代わりに山を一直線で最短で登るための坂には「元気坂」と名前がつけられている。由来は定かではないが、数百段にもわたる階段を上り切るのには相当な体力がいるからだと云われている。
しかし、山は山。登るのには苦労するが運が良ければ雲の上にいるような景色も見ることができる。なので年に一回くらいは登ってもいいかなと思うほどの人気ぶりだ。
そして、その頂上には休みどころやお食事どころがあるわけでも、コンサート会場があるわけでもなくぼろっちい神社が建っている。子供の頃は、よく舞子と遊びに行ったものだ。
燻んだ紅色の鳥居を越えれば、真正面に拝殿が現れる。参道はそれほど長くない。数十メートル歩いて拝殿にたどり着き、両脇には険しい顔をした狛犬が並べられている。拝殿の後ろには神聖な場所である本殿があるのだが、ぱっと見そこも決して広くはない。樹齢何年かわからない神木は、鳥居をくぐってすぐ右手のところにポツンとある。
そんな場所に頻繁に訪れていたことを、懐かしく思い出す
しかし、中学の後半から部活や受験や何やらで忙しくなった天人は久しく訪れていない。靁封神社の存在は年々薄れつつある。
佰乃は肩をすくめた。
「さあ?私は知らないけど」
「で、でも、佰乃ちゃんって東一家でしょ?なんか、話とか……」
それでも情報を求めようとする舞子に対して佰乃は冷たくあしらう。
「悪いけど、情報を求めているなら私は無駄だよ。まだ御役目継いでないしね」
お、おやくめ……?
聞き慣れない言葉に天人と舞子は首を捻った。
「御役目って、なんかあるのか?」
「まあ、一応陰陽師の血筋として生まれてきたわけだし」
「陰陽師……」
その言葉は、古くからこの町に馴染んでいるものである。
この町の言い伝えとしてこんなものがある。
昔、今よりも小さかったこの町で妖怪が暴れた。その妖怪を退治するために一人の陰陽師が犠牲になりそれと同時にこの街には永久平和が保証された。
言い伝えもあってか、この土地には陰陽師が必ず住んでいる。天人たちが六歳になるまでは如何にもあやしそうなおじいちゃんがいたのだが、その人が隠居するということで東一家が引っ越してきたのだ。天人と舞子は佰乃のことをその頃から認知していた。
といっても、どこからどこまでが本当の話か実のところわかっていない。
正直、学生の半分以上はそんな子供話と鼻で笑うぐらいだ。陰陽師とか妖怪とか鬼とか、不思議な力とか、そんなものあるわけがないと。誰もが子供の頃に抱いていた夢物語は、大人になる過程で最も簡単に消せるものであるのだ。
南高校でも陰陽道やら中国歴史やら、オカルト系の授業はたくさんあるけれど、一番出席率が低いものである。講師は東佰乃の父、東征爾だ。
天人は興味があるわけではないが、妖怪とか目に見えない実態を真っ向から否定する気にも慣れないので毎回出席はしていた。僅か八人のクラスだが、内容自体は案外面白いものである。
「まあ、そりゃ簡単に家の情報なんて言えねーよな」
「なんだ、あんた話が通じるじゃん」
「藤崎天人だ。そこのトラブルメーカーと違ってある程度の常識はあるもんでね」
「そう」
会話を切りたいのか、佰乃はそれだけ言って再び天人たちに背を向けた。
天人は、面倒だと思いつつ、佰乃の背中に言葉を振りかける。
「靁封神社はいつから立入禁止区域になるんだ?自分の神様ぐらい最後に合わせてやったって良いだろ?」
「……神様、ねぇ……」
「?」
「明日には、封鎖するわ。行くなら今日ってところね」
廊下をコツコツと歩く音が後になって聞こえ、やがて消えた。
「ンなんだよ、最初から言えっつんだ………」
三
「ま、待って……。ちょっと、待ってってば」
だるい足を一生懸命動かして階段を登る。
舞子の先を登る天人は振り返す様子もない。
「無視しないでよォー!最低ィー!」
お互い黙々と階段を登る。
登り始めた時はまだ夕日があったのに、今や三分の二沈んでいる。代わりに綺麗な暁色の空とお月様が顔をのぞかせていた。
最後は意地だ。
舞子と天人はなんとか登りきり、やっと靁封神社の敷地に足を踏み入れた。
流石に男の子でもこの階段はきついはずだ。なのに天人は汗一つない。冬ならまだしも、真夏だというのに。
舞子は汗を拭った。
「なんで、天人はそんな涼し気なの⁇人じゃないの?妖怪?物の怪?幽霊?」
「人間だっつーの」
天人に軽くババチョップされ、頭を抱える。
全く、俺は一日に何回突っ込めばいいんだよと天人は言いながら一歩先を歩いた。
舞子も天人の隣を歩く。
夕暮れなので夏だろうが風当たりが強く、流れた汗が冷えてきた。両脇に立つ木々もふさふさと葉っぱを揺らす。綺麗な緑だ。
「にしても、お前よくここに来てたよな。いつも疲れたとかいって結局は登ってたんじゃんか。あれか?なんか特別な思いれでもあるのか?」
舞子は鈍く答えた。
「思いれっていうか…うーん。まあ、使命?っていうのかな。私のお爺ちゃんって町長じゃん?そのうちきっと私に継がれるわけだけど」
この町には町長の選挙なんてものは存在しない。
代々神ノ条家が継いできたものなのだ。住民からは不平不満を聞いたこともないし、問題も起きてない。問題というならば、犯罪が一回も起きたことがないくらいだ。
『犯罪率0%』それがこの町の代名詞である。
舞子はカバンからお財布を取り出す。
「家には男の子が生まれなかったし、長女は私だから、そのうち私が継ぐことになる。そしたらこの町を守らなくちゃならないでしょ?犯罪率0%っていうのは努力の賜物だもの。だったら、この町の…――靁封町の神様には挨拶しておかないと」
「ふーん……」
なんだかなあ………。
藤崎天人はごく一般人だ。
シングルマザーの母と姉の三人暮らしで、自分の行きたいように生きている。そしてこれからもそうするつもりである。そこそこの大学に入って、そこそこの企業に就職して、普通の生活をするつもりだ。だからこそ、使命とか、さっき学校で佰乃が言ってた「御役目」とやら、つぐとかそういう類のものとは無縁なわけで。彼にはわからない。
でも、友達としてなら、会話は十分にできる。
「別に嫌だったら、いいんじゃね?そういうの放棄しても。妹もいんだろ?」
舞子には一つ歳の離れた妹がいる。
舞子は黙ってお金を賽銭箱に投げた。
それからしばらく手を合わせたまま、静寂が流れる。
「よし。帰ろっか」
天人はさっき無視されたことを気にする様子もなく、踵を返す。
「暗くなる前に帰らないと両親が心配するだろうしな」
「あーくんと一緒だから大丈夫」
天人は額に手を当てて、
「だから、その“あーくん”呼びやめろっつってんだろ…」
深くため息をついた。
「今更そんなこと言わないでよ、あーくん」
「はぁ?舞子、お前なぁ」
舞子は聞く耳を持たない。
へへーんと笑って鞄を遠心力にまかせ振り回す。
そんな……鞄を振り回すなんてどこの学生もやりそうな…どこにでもありふれた行動が最悪の事態を招くまで三秒前。
二……………………。一…………………――。
バキンッ!
鈍い音を立てて、何かが壊れた音、そして一瞬にして爆風に巻き込まれた。
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